第3話 意味のある殺人教唆 1
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不測の事態に陥った場合、まず大切なのは深呼吸と思考の切り替えだ。冷静に状況を把握し、次に打破へと向けてベクトルを向かわせれば良い。深堀するならば、その置かれた状況は絶望的であればあるほどに良い。
喚いて、
藻掻いて、
なんとかしようとしなくなるからだ。
最初から諦めがあればこそ。
クールにもなれる場合もあるってもんだ。
これは大遅刻した日の朝が解りやすいだろう。間に合うか間に合わないかの瀬戸際より、完全に間に合わない場合のほうが頭がクリアな事も珍しくない。関係各所に速やかに遅れる旨を伝え、なんならコーヒーなんかも呑んだりする余裕すら産まれる。
置かれた状況は。
絶望的であればあるほどに良い。
『それって解決の手段を完全他人任せに出来るからでしょう?会社に遅刻しそうなら上司に連絡すれば解決しますし、学校に遅れそうなら先生が解決してくれます。タイムカードを部下が捺してくれるような人情味のある企業もあるかもしれません。代筆で出席してくれる優しい友人もいるかもしれません。ですが、当人は何もしないじゃないですか』
「何もしないのではなく、何も出来ない。遅刻を議論点にする場合、当事者は制限時間の枠内に存在する。もし、その制限時間を超過してしまえばストーリーに係る権利を失ってしまうんだ。だから制限時間そのものをなんとかしたり双子の入れ代わりトリックをして貰ったりする。虜囚である自分が動けない場合は共犯者に助けて貰うのが定石だ」
『それ通用するの、信頼関係が構築されてる場合に限られますよ?知らない他人に生殺与奪権を譲渡するのって結構なストレスになるもんですけど?』
「故に共犯者は親しい人物に限定される」
___とある、古びた港だった。
灯台が照らす光は真夜中の墨汁みたいな海よりも、人の営みが終わった世界の姿を鮮明に映し出す。昔のパラパラ漫画のように、光は世界をコマ送りにしていた。潮風よりも強くガス臭を感じるので、近くにコンビナートでもあるのかもしれない。確かに釣り人や恋人で賑わうというより、大型トラックやタンクローリーが忙しそうに走り回るのが確認出来た。
コンクリの世界。
灯台の灯り以上にネオンが煌めくような。
灯台の灯り以上にヘッドライトが目立つような。
それは人の営みが終わった時間にこそ、人の営みが行われていることの確かな証であったし。
それは社会を支える方々がこうして真夜中でも働いているからこそ、ボクはこうして生きているに違いないを再確認するには充分過ぎた光景だった。
『インフラ事業は生命線ですから、そりゃ大切なお仕事ですよ。ミスターは知っていますか?“社会は一個生命体である”とする学説なんですけどね?』
「燃料インフラはカロリー。物流は血管。医療は免疫系で。通信が神経。警察が白血球で、国民が鉄分。とか、そんなんだろ。何年か前の社会学の学術書にあったな」
『はい、正解ですねえ。流石はミスター。その学説に沿って、我々の依頼は作られています。“社会が生命体ならば、何処を壊死させても社会は死にます”からね。物流を寸断させたら血管破裂ですし、医療崩壊させたら免疫不全。通信を破壊すりゃ神経症ってな具合に。何処を破壊しても社会は死にます。無論、サブシステムが動くので厳密には死ぬわけではないですが』
「だから、こんな港湾都市に?水運は確かに重要な物流だけど」
『インフラへの攻撃が目的ではないんですがね。目標でもありません。ですが、追っている犯人が見つからないのならば炙り出す必要がありまして』
今の世じゃ天気の挨拶みたいな事件。
その加害者だった。
裁判になるも、何故か不起訴。
相手が海外住まいの外国人なら裁く法律が無い為だと理解も出来るが___。
「こういうのはCIAとかNSAに頼むべきなんじゃ?ボクは普通の大学生なんだけど?」
『普通じゃないでしょう。さ、そのまま港に潜入してくださいな。タレコミが本当なら大きな客船が視える筈です』
貿易港に客船。
言われてみれば不自然だ。
まあ。
“ある意味で”商品を扱うのだろうが。
「船全体が売春宿って。金持ちは何を考えるのか……」
『悪い事を考えるんだと思いますよ。だから魔女が動いたんですから』
「今や官民問わず、大人気のVtuberコンテンツだもんな。世の中、何が流行るか解らん」
『アハハ。名探偵の集まりなんですから、人気が出るのは予測出来たんですよ。ホームズとか何年前の名探偵だよって話でしょ?金田一耕助だって何回同じ村に行くんだよってレベルでドラマ化されますし』
魔女に狙われたら、逃げられない。
そう。
世間に印象付けをしたいらしい。
「それで、ボクは何をしたら良いんだ?」
『そりゃ悪者全員、殺してくださいな?」
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