第48話 パーになっちゃえ(侮った者の末路)
「う、ぐ?」
ユリシスは膝をつき、頭を抱える。
「なんなのだ、この……嫌な気分、は?」
「どんな気分?」
「ひぃっ!?」
クラリスの声に、ユリシスは顔を歪めた。尻もちまでついてしまっている。
「こ、こ、これは恐、怖? な、な、なぜ、お、お前などに……?」
「知りたい? 知りたいよねぇ? じゃあ、なんて言えばいいか、分かる?」
クラリスが一歩踏み込む。びくりっ、とユリシスは後ずさる。正体不明の恐怖に、がたがたと震えている。
「あ、う、し、知りたい、です……教えて、ください」
「はい、よくできました~」
クラリスはにんまりと笑う。ぞくぞくっ、と背筋になにか気持ちいい感覚が走る。
「へぇ~、ふぅ~ん、相手に一方的に恐怖を与える気持ちってこんななんだぁ。悪いことだと思うのに……変なの。癖になっちゃいそう」
ユリシスは疑問と恐怖をないまぜにした、どこか滑稽な様子でクラリスの回答を待っている。見下ろして、答えてあげる。
「あのね、わたし、トラウマがあるの。収容所でピグナルドにいじめられてたの。自分でやっつけて、ずいぶんマシになったけど、まだ時々、ふと思い出して嫌な気分になるし、悪夢だって見るの。ウィル様に聞いたらね、そういうトラウマって、脳の構造とか機能とかに悪い変化を与えて……もう元に戻らないんだって。悪夢も嫌な記憶も、きっと完全には消えないって」
「そ、それが、私の変調に、なんの関係が……?」
「ちゃんと関係してるよ。私ね、それで思いついたんだ。恐怖や苦痛が、脳を変質させてずっと居座るんなら……逆に、相手の脳を変えちゃえば、恐怖や苦痛を与え続けることができるんじゃないかって」
「つ、つ、つまり……お前は、わ、私の脳を……」
「うん、いじっちゃった」
名付けて『
この魔法の開発には、ウィルの協力があった。
彼は脳改造もおこなえるほど、脳に詳しい。どこをどういじくれば恐怖や苦痛を与えることができるかなど、簡単に答えてくれた。
あとは、実際に魔法で変質させてしまえばいい。
とはいえ難しかった。
対象は生命体だ。ただの物質である大地のように簡単には動かせない。そもそも生命体を自由に操れてしまえば、脳を変質させる以前に簡単に敵を倒せてしまう。そんな魔法がこれまで開発されていないということは、実現困難な問題があるに違いなかった。
その問題には、クラリスも行き着いた。
使用する魔力に対し、効果が薄いのだ。Sランク級の魔力の質をもってしても、相手の指一本を自由にするのがやっとなのではなかろうか。これなら普通の攻撃魔法で倒してしまったほうがずっと早い。研究する意味がない。
だが脳細胞なら。
クラリスの質の悪い魔力でも、少しくらいは変えられる。ずっと魔法をかけ続ければ、ゆっくりとだが、確実に変化をもたらすことができる。
時間がかかるから実践的ではない。
しかし時間をかけられるなら、まともには勝てない相手にも確実に勝てる。
「あなたには殴り合いじゃ勝てないし、魔法の勝負だと魔力量で負けちゃうから、この手を使ったんだよ。あなたが、余裕でお喋りしてくれてる間にね。良かった、あなたがわたしのこと舐めててくれて」
最初に狂わせたのは感覚。それでユリシスは、攻撃を外すようになった。
そして気分を悪くさせ、恐怖を感じるようにしてやったのだ。
「だ、だが、それなら……私は、まだ戦える、ということだな。この恐怖も、嫌な気分も……すべてお前の仕業。心さえ強く持てば……お前ごとき……!」
その通り。ユリシスの戦闘力は、いささかも衰えていない。彼が全力で向かってきたら、クラリスはひとたまりもない。
それほどの勇気があれば、だが。
「――わっ!」
クラリスは脈絡もなく大きな声を出した。
「わあぁっ!?」
ユリシスは顔を庇うように両手を上げ、身を縮こませた。股間からなにか液体が染み出してくる。
「わあ、おもらし! 大人の男の人が、怖くておもらししちゃったんだぁ。あはは、かーわいい~。Bランクの騎士様も、もう本当にザコになっちゃったね。やーい、ざぁ~こ」
「くっ、う、ぐぅうっ」
羞恥心からか屈辱からか、ユリシスは真っ赤になって涙をこぼし始める。
「よく分かった? わたしたちFランク民はね、いつもあなたたちに、そういう恐怖や屈辱を味わわされて来たんだよ。ねえ、どう思う?」
ユリシスは必死に首を振り乱す。
「わ、わかった……。悪かった。私の、負けだ……。も、もうやめてくれぇ……っ!」
「なんで? 本当は、嬉しいくせに」
ユリシスは意味が分からないとばかりに見上げてくる。クラリスは、ふふん、と笑顔を返す。
「女の子にいじめられて、おもらし見られて、嬉しいんだよね? ね?」
首を横に振るのみのユリシスだが、本人は気づいているだろうか? その顔に恐怖の色はもうなく、上気した、どこか恍惚とした表情が滲んでいることに。
苦痛や羞恥や屈辱が、喜びに感じるように脳をいじくってやったのだ。
クラリスはユリシスを軽く蹴っ飛ばす。床に転がった彼の顔を踏みにじると、ユリシスは興奮気味に息を荒げた。やっぱり、とっても嬉しそう。
さらに、げしげしと股間を蹴ってあげると、はっ、はっ、と犬みたいに悦んだ声を上げて体を跳ねさせる。なんだか面白い。
「あはは。かわいそうだから、あなたは殺さないでおいてあげる。その代わり――」
そっと、ユリシスの耳元で囁く。
「――パーになっちゃえ」
◇
「えへへっ! ぼく、おしっこ漏らしておねえちゃんに褒められちゃったぁ。嬉しいなぁ、えへへへっ」
正気を失ったユリシスは、ひとり、森の奥へと消えていった。
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※
次回、ダミアンと直接対決するのは
『第49話 Sランクが、Fランク相手に手傷を……?』
ご期待いただけておりましたら、
ぜひ表紙ページ( https://kakuyomu.jp/works/16818093089420586441 )から
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