第18話 魔物に育てられた少女
「待て! 人違いではないか!?」
おれは周囲のダイアウルフを警戒しながら、赤髪の少女に問いかける。
ダイアウルフは、獰猛で素早い。身体能力の高くないおれとクラリスには不利な相手だ。勝てなくはないが、こちらも相応の被害を被ることになるだろう。争いは避けておきたい。
「お前の家族を傷つけたのは、こんな格好をしていたか? 違うんじゃないのか?」
すると赤髪の少女は、鋭く睨んでくる。
おれたちの服装は、元のボロ服を動物の毛皮で補強した物になっている。もうFランク民には見えないだろう。一般の村人や町人とも違う。山で暮らす猟師が一番近いだろうか。
「……確かに違う。でも、あいつらの仲間じゃないってことにはならない!」
「なぜそう思う?」
「あたしたちの家に入ろうとした! ママにトドメを刺す気だろ!」
「ここには魔石を探しに来ただけだ。勝手に入ろうとしたのは詫びよう。お前たちの家とは知らなかったんだ」
「嘘だ。人間の言うことなんか、信じられるもんか」
「お前だって人間だろう」
「あたしは――」
グルルル……。
少女が言い返そうとしたとき、洞窟の奥から低い唸り声が聞こえた。他より大きなダイアウルフがゆっくりと現れる。
傷だらけだ。特に喉の傷は深い。よくまだ生きていられるものだと関心するほどだ。薬草を貼り付けているようだが、効果は薄いだろう。
少女は
「――ママ! だめ、休んでなきゃ……!」
「あれが、ママ……?」
クラリスは目を見張る。
「……お前、そのダイアウルフに育てられたのか?」
「悪いか!? 人間の親はあたしを捨てたんだ!」
「捨てられたのはおれたちもだが、お前は収容所には行かなかったのか?」
「なんだそれ?」
おれとクラリスは顔を見合わせる。複雑な事情があるようだ。
興味はあるが、まずは敵ではないと示しておきたい。
少女は何度もママウルフを撫でて、声をかける。そのうちにママウルフも落ち着いてきたようだ。こちらを警戒しつつ、しゃがみ込む。
「お前、ママを助けたいか?」
「当たり前だ。だから近づくやつは殺す」
「それだけじゃ助からん。その傷を放置すれば、すぐ死んでしまう」
「…………」
それは本人も分かっていたのだろう。黙りこくって、ただこちらを睨む。
「診せてみろ。どうにかできるかもしれん」
クラリスは治療魔法の研究を進めている。まだ未完成だが、薬草の効果と合わせれば、治してやれるかもしれない。
そう一歩踏み込むが――。
「来るな!」
その声と共に、ダイアウルフの群れが包囲を狭める。にわかに緊張感が漂う。
「お前なんか信用できるか」
「なら、どうしたら信用してくれる?」
「家族を襲ったやつらを、みんなやっつけたら信じてやる」
「ほう。どんなやつらだった?」
少女から聞いた限り、襲撃者は人数はそこそこだが、装備は高級ではなかったようだ。ダイアウルフの群れと、集団で武装して渡り合える強さなら、C~Dランクの者たちだろう。おそらく近くの町の自警団。
町を守るため、
しかしダイアウルフは、獰猛ではあるが、無闇に他者を襲ったりはしない。縄張りを犯しても、まずは威嚇して追い出そうとするくらいだ。わざわざ危険を犯して討伐に出なくても、町の安全にそう影響はないはずだ。
「……この辺りに、他にダイアウルフの群れはいるのか?」
「いない」
少女の答えに、しかしママウルフは首を横に振った。
「あっ、そうだ。最近、ゴブリンと一緒に来たやつらがいるんだ」
「ゴブリン……? そうか。やつらは最近この地に来たのか」
「あいつらあたしを捕まえようとしたんだ。ママたちがやっつけてくれて、それからは見てないけど、うん、あいつらダイアウルフに乗ってるやつもいた」
「なるほど。よく分かった。お前たちは、とばっちりを受けたんだ」
「とばっちり?」
「ゴブリンどもが近くの町を襲ってるんだろう。たぶん女がさらわれてる。それで討伐隊が出たわけだが、ゴブリンはダイアウルフを使役しているようだからな。お前たちの群れは、ゴブリンの仲間だと思われて襲われたんだ」
「お前、あたしたちを襲ったやつらを庇いたいだけじゃないのか」
「違う。お前たちのために言ってる。討伐隊を倒したところで、原因のゴブリンが残ってる限り、次はさらに強い討伐隊が来て、お前たちごと潰しにかかる。ママも助からない」
「嘘だ。お前の言うことはでたらめだ!」
「バカ! ママを死なせたいのか!?」
おれの大声に反応して、周囲のダイアウルフたちは吠え返してきた。だが少女だけは、深刻に息を呑んだ。
「おれたちがゴブリンをなんとかする。討伐隊とも話をつけてやる。それができたら信用しろ。お前のママを、助けさせろ」
「…………」
少女は黙って考え、やがて再び口を開いた。
「ミラ、だ」
「ミラ?」
「あたしの名前。いつもこの近くにいる。終わったら呼べ」
そしてダイアウルフたちに指示を出し、包囲を解いてくれた。
「ではまた会おう、ミラ」
おれたちはその場から立ち去った。
しばらくしてクラリスが、なぜか上機嫌に声をかけてきた。
「ウィル様、やっぱり優しい」
「べつに親切で助けるわけじゃない。楽に魔石を手に入れるためだ」
「ダイアウルフの群れをやっつけるより、ゴブリン退治と討伐隊の説得のほうが楽なの?」
「……ゴブリンを潰せば、秘密基地の安全にも繋がる」
「ふぅん、そういうことにしておいてあげる」
クラリスは終始ニコニコ笑顔だった。
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※
次回、ミラとの約束を果たすため、ゴブリンの巣を壊滅させることにしたウィル。自信がなく無茶だと口にする仲間たちに対し、ウィルが口にした言葉は……?
『第19話 ゴブリン殲滅作戦』
ご期待いただけておりましたら、
ぜひ表紙ページ( https://kakuyomu.jp/works/16818093089420586441 )から
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