第4話 スキル『慧眼の賢者』

「やりおったな、バカめ! ただでは済まさんぞ!」


 ピグナルドは立ち上がり、威圧的におれを見下ろす。


「どう済まさないんだ?」


「不意打ちで数人倒した程度でいい気になるな。上位に楯突くとどうなるか、見せしめにしてくれる! そこの貴様ら、そっちのもだ! 全員注目しろ! これより公開処刑をおこなう!」


 近くで作業中、あるいは作業場へ向かおうとしていた他のFランク民に声を上げ、視線を集める。ゲンやエレンも足を止める。


 おれは小さく鼻で笑う。


「どちらの処刑になるか見ものだな。相手になってやる。かかってこい」


 するとピグナルドは、なにがおかしいのか噴き出した。


「なぜ私が相手をすると思う? 最下級民の卑しい血で汚れるのは、同じ最下級民だけで十分だ。クラリス! おい、クラリス!」


 呼びかけると、群衆の中から女の子が駆け出してきた。


「た、ただいま参りました」


「遅い! 役目をわきまえろ! こういうときは呼ばれる前からそばにいろ!」


 怒鳴られて、クラリスは怯え、萎縮してしまう。


「も、申し訳ありません」


 頭を下げるクラリスだが、ピグナルドは彼女の背中を乱暴に押した。まるで自分の盾にするように。


 よろめいて二、三歩前に出たクラリスは、おれと対峙する形になる。


 全体的に薄汚れている様子や、雑に切られた短髪は他のFランク女性と同様だ。だが整った顔立ちが、他と一線を画する。身なりを整えたなら、よほどの美少女となるだろう。


 クラリスは不安げに、おれとピグナルドを交互に見やる。ピグナルドはニタリと笑った。


「さあクラリス、いつもと同じだ。たっぷり痛めつけてやれ」


 クラリスはおれを見つめ、顔を曇らせながらも頷く。


「……はい」


「最後には派手に――そうだな、手足をむしり取り、腹に穴でも開けて惨たらしく殺せ。見せしめだからな」


 クラリスは息を呑む。


「そ、そんなこと……」


「お前も同じ目に遭いたいか?」


「ひぅっ、い、いえ」


「ならさっさとやれ!」


 クラリスは怯えた目でおれを見つめ、小さく「ごめんなさい」と口を動かした。


 それから両手をこちらに向け、魔法を発動させた。


 地面が生き物のようにうねり、隆起しておれの両足に絡みつく。


「ほう……」


 一般的な魔法じゃない。かなりアレンジされた高度な魔法だ。


 魔力の質は悪いようだが、これができるだけ大したものだ。


 Fランク民は教育も受けられない。この魔法は彼女がFランク民になる10歳までに学んだことか、あるいは、独学で習得したか。どちらにせよ、素晴らしい才能だ。なのに能力値にもスキルにも反映されなかったのだろう。それで彼女をFランクと判じるなど、ひどく不当だ。


 クラリスは、身動きの取れなくなったおれに指を向けて狙いを定める。そしてギュッと目を瞑って、攻撃魔法を発動させた。


 圧縮した魔力を、銃弾のように発射する魔法だ。威力も銃弾と同じ程度と考えていい。これも高度な技術だ。おれにはできない。


 ついさっきまでなら。


 クラリスが魔法を撃つ瞬間、おれも同じ魔法を撃ち、命中前に相殺させた。


 クラリスにはなにが起きたのか分からなかったらしい。あるいは魔法に失敗したと思ったか。同じ魔法を何度も発動させる。


 そのたびに、おれは相殺する。


 ピグナルドがしびれを切らす。


「何をしている! さっさと撃て! 穴だらけのボロ雑巾にしてしまえ!」


「う、撃って、います。撃ってるのに、なんで……?」


 その間におれは、おれの足を拘束する魔法の解析を完了させていた。


 おれのスキル能力だ。その名は『慧眼の賢者ワイズマン』。


 5年前の能力値判定で、おれのスキル欄には、解読不能の3つのスキルがあった。


 今なら、あれがなんと書いてあったか分かる。あれは日本語だった。


 おそらくおれが前世で開花させていた才能や能力が引き継がれていたのだ。しかしあの儀式では誰もスキルだと判別できず、おれはFランクにされた。


 今なら、使いこなせる。


 その3つのスキルのひとつが、前世でおれが使っていたコードネームを冠する『慧眼の賢者ワイズマン』だ。


 目にしたものを解析し、それが技術なら自分の物にできる。天才的頭脳のなせる業だ。


 おれは魔力を操作して、足の拘束を解除する。


「なぜ解除した、クラリス!」


「わ、わたしじゃない……わたしはなにも……!」


「ではやつが解除したというのか!? 無能な最下級民にできるわけがなかろうが!」


「で、ですが……」


「言い訳する暇があるならさっさとひねり潰せ! 全力でだ! さもなくばお前も……」


「は、はい……」


 クラリスは再び魔力を練り上げる。


 おれの『慧眼の賢者ワイズマン』は、その魔力の動きをしっかりと捉えていた。複雑ではあるが、先ほど地面を変形させた魔法と基本は同じものだ。すぐ対処できる。


「――大地潮流アールデシュトローム!」


 クラリスが叫び、大魔法が発動する。


 先ほどとは比べ物にならない規模で地面が隆起し、渦巻きながらおれを押し潰そうとする。


 しかし、捉えた魔力の動きを反転させてやれば、やがて元通りの静かで平らな地面に戻る。


「バカな……。本当にやつが、これを……? クラリス、次だ! 次の魔法を!」


 ピグナルドは怒鳴るが、クラリスは応えられない。ふらつき、膝をついてしまう。


「ごめん、なさい……魔力が切れて……」


「くそ、これだからFランクは! どけ!」


 ピグナルドは乱暴にクラリスの腹を蹴り上げた。受け身も取れず、クラリスは転がった。


「えぐっ、あぐ」


 お腹を押さえながら、クラリスはその場で嘔吐してしまう。


「地面を汚すな!」


 ピグナルドはさらにクラリスの顔を蹴ろうとする。


 その寸前、隆起した地面がその足を絡め取った。クラリスの魔法を、おれが使ったのだ。


「それ以上の狼藉は控えてもらおうか」




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