第2話 最下級民に人権はない
ぼくはなにか準備を整える間もなく、Fランク民が収容される施設のひとつへ送り込まれました。
着ていた服も、持っていた物もすべて取り上げられて、ボロ布のような衣服を着させられました。Fランク民は、あらゆる物を所持する権利がないのです。ボロ服さえ、ぼくの物ではなく借り物だというのです。
ウィリアム・クロフォード・ゴールドリーフという名前も、ただのウィルと改名させられました。Fランク民には家名を名乗ることも許されないのです。
そして髪も刈り上げられて丸坊主です。Fランク民の男性はみんなそうです。女性はショートカットにされる程度ですが、女性を優遇しているわけではありません。ただ単に、遠目で男女の区別をつけやすくするためなのだそうです。
お昼ごはんは、ありません。Fランク民の食事は、朝と夕のみ。定められた量を与えられます。より多くを求めることも、与えられた分を残すことも許されません。
そしてろくな説明もないまま、労働に駆り出されました。
ぼくに与えられたのは、鉱山での採掘作業でした。小さな穴を通って、鉱石を積んだ荷車を運ぶだけの単純なものでしたが、とても大変です。荷車は重いし、道は狭くて四つん這いで進むしかありません。それに暑くて息苦しくて、しかも暗くてほとんどなにも見えないのです。
運ぶのが遅れると、監督官に怒鳴られました。Bランクの下級貴族か、Cランクの上級庶民がぼくたちの作業を監督しているのです。
けれど怒鳴られたところで、体力が回復するわけでもありません。むしろ萎縮して、ますます作業が遅れてしまいます。
何度も怒鳴られるうちに、ついに監督官は激怒して、ぼくの顔面を殴りつけました。初めての苦痛と衝撃でした。
ほんの半日前にはお城で王子と呼ばれ、立派な服を着させてもらい、美味しいご飯を好きなだけ食べ、みんなも優しくしてくれていました。なのにどうして今こんなことになっているのでしょうか?
いよいよ涙が溢れてきて止まりません。
「泣くな、鬱陶しい! 貴様が以前はどこの誰だったか知らんが、Fランクとなったからには関係ない! 最下級民である貴様らには人権などないのだ! 泣くことも笑うことも許さん!」
ぼくはさらに何度も殴られ、蹴られ、いつしか気を失っていました。
気がついたときには、真っ暗闇でした。どうやら収容所の宿舎のようです。
泣き声が聞こえてきました。
「お父さん……お母さん……」
「ぅうう、帰りたいよぉ……」
「助けて……こんなのやだ、いやだよぉ……」
ぼくと同じように、収容所に来たばかりの子たちのようです。
それらの声で、ぼくはいよいよ実感してしまいました。
ぼくは本当に、人権もない最下級民になってしまったのです。これまでのすべてを失ってしまったのです。
この悪夢のような現実は、決して覚めることはないのです。
なのに、なぜだかぼくは、絶望に落ちきることはありませんでした。
いつかどこかで、なにかが変わるんじゃないか、と漠然と思えていたのです。
まるで心の中にもうひとり、決して屈しない強いぼくがいるみたいに。
ただの現実逃避だったのかもしれません。
ですが5年後、実際に変化の日はやってきたのです。
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