第44話 ご指名


『俺とは話もできないって?』


 腰掛け、机の上で手を組んで、細めていた目を開ける社長……四月一日わたぬきのマムシように鋭利で、八方睨みの双眸が赤木を捉える。


「めっ、めっそうもございませんです、はいっ!」


 直立不動で上擦った返事を返す赤木。ヘビに睨まれたカエルを再現したかの様子に、青山が吹き出しそうになるのを拳で抑える。


 隊員達も、電光石火に雪崩を打ってカウンターやテーブルなどの物陰に隠れてしまう。


『荷物の整理は済ませたかい? 同僚の手を煩わせるのも、業者に頼むのももったいないから、出番までに自分で済ませといてくれよ』


 もう命を散らすことが前提になったような口振りに、


「お、お言葉ですが社長!」


 赤木が異議を唱える。今からもの申す言葉を考えると、無意識にツバが特大の音と共に飲み下された。


「おっ……私に死ぬ気はありません!」


 言い切った。

 だが後ろめたいのは変わらず、赤木は四月一日と目を合わせることが出来ずに上を向いていた。


『はっ。責任の取り方さえ知らないのかい? 君は正義の味方なのか? それとも正義の味方ごっこがしたいだけなのか?』


「前者です!」


『じゃあ、潔く去りなさい。俺の情けは弱い奴にだけ向けられる。弱いことを否定する奴に割けるリソースなんて持ちたくもない。身内になら尚更だ。それに、責任を負えなくなった者は誰に言われるでもなく退場するのが普通の社会の不文律おきてだろ?』


「は、はぁ……」


『正義の味方をやりたいから強くありたい。

 力が欲しい。

 なのに言われたことも出来ない。

 約束も守れない。

 けど、正義のためには強くないといけないから力だけは取り上げないでなんて、弥生さんが作ったジュースみたいに甘いこと、俺が許すと思うかい?  そもそも、そんな奴に正義の味方をする資格があると思う? 無いよね? ないよ。あるわけ無い』


 一理あるどころか、赤木にとっては痛すぎる四月一日の言葉に、赤木は目に見えてしぼんでいく。


『今回の仕事を最期に君にはここを去ってもらう。力を取り上げられた正義の味方なんて、ただの独りよがりのこじらせ屋だ。うちにそんな人材は要らない。どうしても正義の味方やりたいなら、お巡りさんにでもなってよ。じゃ、さようなら』


 お払い箱を宣言された。

 赤木の頭に最初に浮かんだのは隊員達の身の処し方。


 真面目な話、有能であることには変わりない彼等を、赤木もろとも極寒逝きの処分ということにはしないだろう。


 しかし、彼等のような脳以外が全身義体のサイボーグは〝普通〟には生きられない。


 彼等を守るための法や国際的な条約が存在しても、普通ということを錦の御旗とし、義体への羨望と嫉妬と畏怖、様々なコンプレックスを持った不特定多数からの非難は蔓延ったまま消えようとしない。

 その点は2b8罹患者と同じだった。


 だからこそ、隊員達の処分は〝処理〟という形に変わる可能性は捨てきれない。


 赤木にとっては憎たらしくとも大事な仲間であり家族。そんな隊員達を直家に気付かれないように瞳だけを素早く動かして見渡してから、赤木は唾を飲み込む。

 部下達だけは、このままの体と心を持ったまま社に置いて欲しい。そう提言するために。


『……って、いつもなら言いたいところなんだけどね』


 否定される。知ったことか拒絶される。そんな答えを予想して口を開きかけた時、四月一日が赤木にとって思いも寄らぬ事を口にする。


『どうも魁の奴、瑠璃乃のことを優先するあまり、被害の見通しを甘く見積もってるようなんだ。変換前数値が9以上であるにも関わらず、俺への連絡は濁したままだ』


「9以上っ⁉」


 脅威の度合いの大きさに、赤木はまた素っ頓狂な顔で素っ頓狂な声を上げた。


『それを手紙で伝えてきた。今時直筆の手紙だよ? 後ろめたい時のあいつの常套手段だから不安しかない』


 自分達の上の上の呆れと苛立ちを察したのか何なのか、隊員達の肩が一斉に跳ねた。


『弥生さんの方も、どうにもハッキリしない様子だったらしいし、まずいことが起こるって知らせてるようなもんだ』


 眉を寄せ、嘆息を一つ吐き出してから四月一日は続ける。


『で、その間抜け面で想像する通り、昨日と同じような被害を出す恐れもある。それなのに瑠璃乃一人に任せるつもりらしい』


「お言葉ですが、お嬢ちゃん……瑠璃乃さんが対処するのなら問題無いんじゃないでしょうか?」


『君の頭はザルなのか? そのお嬢ちゃんに任せても、昨日みたいにポンコツ天才と君んとこがヘマする可能性があるのが問題なんだ』


「うっ……」


『それに新しいペネトレーターっていう不確定要素がどう作用するか予想もできない』


「……それはきっと、あの二人なら大丈夫って信じて――」


『――そいうのは、あの頭の良いバカの分で十分だ。理想を語るなら結果を示してからにしてもらおうか?』


 赤木の言葉を遮って四月一日の眼が鋭く細められた。

 式條の気持ちと自分の気持ちは同じだと伝えようとしただけで怒られた赤木は言葉に詰まる。


 少しの沈黙の後、四月一日は椅子の上にふんぞり返って鼻息を天井に向かって吐き出した。


『……かと言って応援を寄越そうとしたら、魁にボイコットされかねないし、周辺への二次被害を考えるなら、全く支援しない訳にもいかない。頭がオサル並の君にも分かるだろう?』


 話から推測するに式條の行動にはきっと理由がある。

 ただ、社長の言い分も正しい。

 どちらか一方を立てることも出来ない。

 ここでとりあえずでも社長の顔色を窺った発言でもしようものなら、それはそれで蔑まれる。

 赤木が答えに窮していると、


『赤木君』

「はいっ!」


 四月一日が鋭い声で赤木を呼ぶ。赤木は直立不動を更に堅くさせて応じる。


『最後の情けだ。空に散る前に、地面の上でもう一花咲かせる気はあるかい?』


「え……?」


『予想されるエイオンベートを上手く収めることが出来たなら、今までの失態を不問にしようじゃないか』


「……機会をいただけるということでしょうか?」


 呆けたように口を空き、返事をするまで時間を要した赤木の問いに、


『三度目の正直。それが真実なら、それまでの嘘は嘘じゃなくなる。ただの夢想家ではなく、正しい理想を吐き続ける正義の味方でいるためのファイナルアンサー……』


 四月一日は方頬を上げてニヤッと笑うと、秘書の七尾が彼の目下に滑り込ませた書類に目を遣って、さらさらとサインを記す。


『〝とっておき〟の使用を、君の判断に任せる』


 赤木、青山共に目が見開かれる。


「……あれを使えと?」


『使わないのに越したことは無いが、もしかしてが十分に考えられる事案だ。魁に全部を任せてたら被害が大きくなりかねないからね。やれるかい?』


 問われ、瞬時に隊員達と自身の身の処し方に思いを巡らし、赤木は自分の中の覚悟を素早く固めて、


「気張らせて頂きますっ‼」


 大声で言い切った。そんな彼見据えて、四月一日は片側の口角を吊り上げる。


『良い答えだ。……ただ、嘘つきのままで終わるなら、分かっているね?』


「粉骨砕身で気張って参りますっ‼」


『はははっ。砕かれて困るのは装備の方だけだよ? それと一つでも壊したらフンドシパティシエになってもらうのは変わらないからね? では健闘を……』


 激励とも脅しとも取れる台詞を残して通信が終了する。


 社長の後ろで秘書の七尾が深々と申し訳なさそうに頭を下げていたのも映っていた。

 ただ、彼女に気の利いたウィンクやジェスチャーを返す余裕が赤木には無かった。

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