第43話 ドでかい花火を打ち上げて
人々がジオフロントと呼ぶ広大な地下空間は、単純に大きな空間が地下に空いている訳ではなかった。
ハルジオン本社ビルや様々な施設が建造され、ひとつの都市としても機能するジオフロント内の施設群は、透明で巨大な両凸レンズのような構造物、スフィアと呼ばれる建造物に内包されている。
半径で5キロを超える円形にくり抜かれたように存在する超大な
地下空間の壁面部からスフィアに向かって上下左右四本に伸びるシャフトがある。
上に真っ直ぐ伸びる極太のメインエレベーターに加えて、その子供のように幾つも伸びるの普通サイズのシャフトは地上へ繋がるエレベーターだ。
左右に伸びるシャフトは、日本各地の要所とジオフロントを結ぶ、リニアの線路。
そして、地下空間の底に根ざしているのが、他のシャフトと太さはあまり変わらないというのにスフィアを支えるという大役を与えられた支柱だった。
こんな細っこいもので5キロメートルに及ぶ建造物を支えていると知らされれば、心許なさを覚える。
スフィアは、ガラスのレンズのような質感だが、自然を模した景観保護のため、中から外の景色、無骨な岩肌を望むことはできない。
それを活かし、対特殊自然災害部隊の輸送機や重機の格納庫、ハンガー、待機室が整備された彼等の基地は、スフィアの外部に設けられていた。
だから、スフィアを下から仰ぎ見る部隊の基地は、スフィアの中からは目に出来ない。
ただでさえ、世論に真実が知られれば限りなく黒に近くなってしまうグレーゾーンの特殊自然災害への対処という名目の、その実のエイオンベートとの戦闘行為。それを気取られないよう、人々にいらぬ不安を与えぬようにと、ひっそり誰にも知られずに、くり抜かれた地下空間とスフィアの狭間にて忍ぶように存在する基地。
それが彼等のホームだった。
整備と運用を効率優先で行う基地自体は、いかにも基地といった雰囲気で機械的で重々しい。
軍用機とは違う印象を見る者に与えるハルジオンの擁する輸送機や重機には似つかわしくない造りだった。
その一角に、場違いでもあるが不思議と辺りに馴染んでいるコテージが設営されていた。高原のスキー場などにある山小屋風のベースそのものに近い。ただ、いつでも迅速に対応できるように正面の壁は取り払われている。
その中で、赤木隊長が木製の机に両肘を置いて手を組み、下を向いてひたすら溜め息を吐き出していた。
落ち込んでいるのは明らかでも、隊員達は遠巻きにチラチラ様子を窺うしかない。
励ますべきか。皆その気があっても躊躇われて、お互いがお互いをせっついていると、長身で細身の体にハルジオン社の制服を着こなした男前が颯爽と待機室に踏み入ってきた。
彼は赤木の右隣で止まると、
「相席よろしいでしょうか?」
まるで女性にそうするように尋ねる。コロンの爽やかな香りを纏った、胡散臭いほどの二枚目を地で行く、赤木の同僚の青山だった。
声と雰囲気ですぐに彼だと察した赤木は、
「気持ちわりいなあ……まぁいいけど」
「では、失礼」
許可を得た青山は、赤木の向かいに腰掛ける。長い脚を組み、赤木に話しかける訳でもなく、持っていたタブレット型端末に目を通していた。
何しに来たんだと思いながら、友人が来ても沈んだ気持ちは盛り上がってこない。むしろ端末を操作する様だけでも絵になる青山の色男ぶりに、赤木は若干イラッとした。
ただ、彼は彼なりに自分を励ましに来たのでは? と淡い期待を持って苛つきを抑えると、現在精一杯出せる気力を声に載せて問う。
「……何しに来たんだよ?」
「同僚の無様を笑いに」
一瞥もせずに端末を操作しながら即答された。青山の態度に赤木のこめかみに青筋が浮かぶ。
「怒るぞ?」
「真に受けるなよ。俺んとこにも待機が掛かったんだよ」
「へ~、おまえの所にもか。場所は?」
「長野との県境だ。活断層由来だとさ」
「規模は?」
「変換前数値で五だそうだ」
「けっこうキツそうだな」
「普通はな。だから担当は里山ペアにお願いしてある」
「梅ちゃん達か。なら安心だな」
「俺はな。けど、お前は……喪主、俺がやってやってもいいぞ?」
「縁起でもないこと言うな! 規模が規模ったってな、俺の担当は、お嬢ちゃんと永遠ペアだぞ? 生きて帰るさ間違い無く!」
「お嬢様の足手纏いにだけはなるなよ?」
「ならねぇよ! ……たぶん」
「情けねえなぁ。で、そんな無敵のお嬢様が居ながら、何でお前は、そんないつもの顔に輪を掛けて冴えない顔してんだよ、鬱陶しい」
鬱陶しいとは何事だと文句を言いたくもなったが、今の赤木は憂慮の方が勝っていた。
「式條さんから連絡受けて、出張るまで、とりあえず待機してるけどさ……」
「ああ」
「俺が行ってもいいのかと思ってな……」
「いいも何も、またお前をご指名だろ?」
「ああ。でも社長からの〝お呼ばれ〟が一向に無くて……」
「呼ばれてないなら結構じゃないか」
「呼ばれないから怖いんだよ。どんな悪だくっ……処分が待ってるかと思うと不安で不安で……」
「お咎め無しならいいだろうが」
「それで済んだらどんなに楽か……はぁ~~」
青山なりの気遣いなのだろうと思いつつも、やはり気が滅入って滅入って仕方ない赤木は床に息を叩きつけてから顔を上げる。
青山は、目の反復横跳びがあれば金メダルだなと赤木に思わせるほどの動体視力でモニターを満遍なく見回している。
「……ところでお前、今何やってんだよ?」
気遣う振りして今までのものは生返事だったのかと多少苛立ちつつ、赤木が尋ねる。
「何って、新隊長を選んでるんだよ」
青山が確認作業を止めないまま即答した。
「へぇ~………………は?」
素っ頓狂な声が赤木の口から遅れて出た。
「特異な才能とか技能が無いにしても、仮にも隊長になるなら俺がしっかり目を通しとかなきゃ後々困るからな。……にしても特殊技能無しとすると、ゴリマッチョしかいないなぁ……これなら隊員達を昇格させた方が良いかもな」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔の赤木を尻目に、青山のチェック作業は止まらない。
「新隊長って……どこの?」
答えは分かりきってはいるものの赤木がほぼ反射的に尋ねる。
「お前んとこの」
「俺んとこって……じゃあ俺は?」
「これを最後に首切りだってさ」
「えっ……でもさっきお前……お咎め無しって……」
「咎める時間が無駄の無駄だってよ」
「えっ……でも作戦には出るんだけど……え?」
「不始末はチャラにしてやるから最後はせめて、どでかい花火を打ち上げてこいってさ」
変わらぬ様子で淡々と通告してくる同僚から天井へと目を移し、赤木がゆっくりと事態を咀嚼していく。自分の置かれた状況を飲み込むと、作業に余念の無い青山に再び視線を戻し、
「……花火って散るよな?」
「人生最期の晴れ舞台が空の上なんて上出来じゃねえか? 弔辞は簡単なもんでいいよな?」
一度も目を合わせず非情な通告を宣う友人に呆れつつ赤木は悟った。
社長は、もう決めてしまったのだ。
できない部下の進退を。
「……お前、はじめからそれ言いにここに来たのか?」
「休憩のついでにな」
「ふざけんなよっ⁉」
机を叩いて立ち上がり、怒鳴りつける赤木に、青山は眉間にシワを寄せて仰け反る素振りを見せるものの、端末から目を逸らさない。
「話は聞いてやってただろ?」
「そういう問題じゃねえ!」
「じゃあ慰めて欲しいのか?」
「それはそれで気持ち悪いけどな! けどな⁉」
「じゃあ俺がどこで何しようが問題ないじゃねぇか。……ふむ。女隊長ってのも絵になるな」
「「「青山さん! 自分等は美人のお姉さんが良いであります!」」」
女性の上司が来てくれる。込み上げるモノに弾き飛ばされるように潜んでいた隊員等が出てきて、挙手をして訴える。
「お前等は黙ってろ!」と赤木が叱りつけていると、
「おお、その通りだな」青山は隊員等にウィンクと共に親指を立てて見せた。
隊員等が色めきだつ。
「……お、お前ら……揃いも揃って……」
強い怒りを残したまま、赤木が押し黙る。顔を真っ赤に。体はプルプル震えている。
さすがに悪のりが過ぎたかなと、隊員達が顔を見合わせ示し合わせ、反省と励ましを送ることにした。
「冗談でありますよ、隊長!」
「死なせるつもりは毛頭ありません!」
「隊長にもらった命です!」
「自分達は隊長の分身みたいなものですから!」
偽りなど全く無い清々しい笑顔で隊員達が言いきった。
目頭が熱くなる。彼等の言葉に嘘は無い。そう信じ合える仲間だ。家族だ。赤木は少しでも部下を疑ってしまったことを後悔していた。
「お前ら……」
「お! 彼女なんてどうだ? 北欧育ちの米海軍士官学校主席卒のエリート。現場経験こそ少ないものの、実力は出が示してくれる。しかもかなりの美人さんだ。仕事は虎みたいにビシッと決めるけど、プライベートでは猫のよう……ってイイよな」
「「「自分等は隊長がどこに旅立っても、〝ここ〟で活躍を祈ってまっすっ!!!」」」
「お前等ホントにぶん殴るぞっ⁉」
俺の感動を返せ。赤木は青筋が切れそうな勢いで怒鳴った。
「おい、赤木」と怒りの拳を振り上げて隊員達を睨み付けている赤木に青山が呼びかける。
「うるせぇな! まだ何かあんのかよ⁉」
頭に血が上って真っ赤っかな赤木が怒鳴って返すと、
「話がある」
真面目な顔で青山が答える。
「もう、お前なんかと話す気は無い! 帰れ帰れ!」
もとはと言えばお前が、とウンザリしていた赤木は意に介さないで、シッシッと手を振る。
「いや、俺じゃなくてさ……」
そう言って青山が端末の立体モニターを赤木に見えるように裏返すと、画面を見た赤木が青冷める。
和やかに笑っているように見えても、決して笑顔では無い顔の社長。極身近の人間にしか見せない素の、性根の歪み気味な
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