第40話 目線が人より上にあるんだから、下を向いてるくらいが丁度いい
「自然体で上手くやれる自信が無い……」
弱気を吐き出し、気落ちして悲しげに俯いた博士を見て、世話が焼けるといった様子で弥生が息を吐く。
そしてゆっくりと歩み寄ると、
「来てください?」
「え?」
博士が顔を上げると弥生が目の前に立っていた。
そして柔らかく頬笑み、同じように柔らかく手を開いて胸に博士を誘った。
「……ははっ。よしてくれ。恥ずかしいじゃないか」
「来てください?」
「……ごめんよ。気を遣わせてしまったね」
「き~て~く~だ~さ~い〜?」
再三の要請に応えようとせず、博士は頭を振ってから項垂れてしまう。
すると突然、彼の額が柔らかい感触に覆われる。
優しげだが強く抱き寄せられたことをすぐに察すると、博士は弥生の表情を求めて頭を悶えさせた。
「あははっ! もう、くすぐったいから動かないで?」
静止を求められたので動きを止めると、計らずも弥生の胸に顔全体を埋めるような形で収まってしまった。
鼻腔を満たす甘い香り。徐々に伝わってくる温もり。
博士は弥生に包まれ、心に安らぎを取り戻していった。
「……ごめんよ?」
「……構えちゃったら、博士も永遠くんも息苦しくなっちゃうわ。良い大人だとか、良いお手本でいようなんて気負わなくていいのよ? 永遠くんが瑠璃乃ちゃんに対等を望んだように、博士も永遠くんと瑠璃乃ちゃんと対等でいたいのよね?」
「……ああ」
「あの子達の気持ちに応えたいのよね?」
「ああ」
「じゃあ、良い格好しようとしないで正直に、ありのままの自分でいないと、それこそ永遠くん達に失礼よ?」
優しげに諭される。
自分より明らかに年下の女性に慰められているというのに、博士は全く引け目を感じなかった。
胸に抱かれ、頭を優しく撫でられる心地良さに、気持ちが上向いてきたのを自覚した博士は、
「すまない。もう大丈夫だ。……対等ではいたいが、永遠君にこんな情けないところは見せたくないな」
そう言って頬を綻ばせる。
それを見た弥生はいつも以上に穏やかに頬笑んだ。
「案外、自分と同じぐらい後ろ向きで気が弱くて情けなくて下ばっかり見てて親近感が沸くな~って思われるかもしれませんよ?」
「……前を向いているつもりだが、そんなに私は下ばかり見てるかい?」
「それなりに。でも博士は目線が人より上にあるんだから、下を向いてるくらいが丁度良いんですよ♪」
「ははっ、まいったな……」
そう言って後頭部を掻く博士は弥生と笑い合った後、気力も充分に立ち上がった。目には冴え冴えとした色が戻っている。
「……瑠璃乃の〝夢〟叶えたいな……」
願いが叶うように、博士が願いを口にする。
「そうですね……」
弥生は優しげに同意する。
さて、何はなくとも取りかからなくてはならない事がある。
博士はこれからの事、第一にしないといけないことを考えると猫背になって重くなった気持ちを無意識に表した。
「……明恒への連絡は後でもいいだろうか? 被害について怒られるのは確定しているから、せめて一服して気持ちの準備をしたいなと……」
「ふふっ。しょうがないなぁ。じゃあジュースを温めますから、ゆっくり飲んで充電してくださいね」
「それと、やはり博士の役作りはこのままでもいいだろうか? 勘付かれているにしろ何にしろ、馬脚を現す機会は出来れば自分で選びたい」
「もう、仕方ないですね~。ふふふっ」
「じゃあ赤木君への出動要請も後で――」
「それはすぐにお願いしますね♪」
博士の言葉を遮って、とても鋭く弥生が微笑む。
「規模が規模で場所が場所。真っ先にしてあげてください。してからじゃないとジュースも無しですからね?」
考えていることを看破され、それは受け付けないとでも言うように、笑っているのに、甘えるなと叱られたように感じる笑顔。
博士は黙って電話した。
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