第32話 隙のある大人には強気に出てしまう罪悪感
「すっ、すまない! 最初に話すべきだった! 本当にすまない! この通りだっ‼」
博士は機敏な動きで躊躇無く頭を畳につけて謝った。
「それって瑠璃乃に何の落ち度が無くても、博士達がやっちゃったことへの責任は全部僕のせいになるってことですか⁉」
「……おっしゃる通りだ」
「そういえば思い出しましたよ! あの時、博士は瑠璃乃のことばっかりで他のことは忘れてたとかなんとか言ってましたよね⁉」
「お、おっしゃる通りだ……」
「赤木さんも博士のド忘れに凄い慌てて怒鳴って焦ってたし、本当なら使わないでよかったものを急に使ったりしたってことじゃないんですか⁉」
「おっ……おっしゃる通り……だ……」
「7億が50円になるって、いったいどれだけの失敗なんですか⁉ そんな格好した博士のくせにどれだけドジなんですか⁉」
自分でも驚くくらいポンポンと、目の前で身を縮こませる大人に対しての非難が口から出てくる。何せお金が掛かっている。
一生関わることのなかったはずの額の大金だ。
しかもそれは報酬といってもほぼ債務。
永遠は博士を責めるのを筋違いだとは思わなかった。
「急に余計に使ったからそれって……。あの膜ってそんなにお金掛かるんですか?」
「ああ。……防護膜は特殊加工したオクミカワ電池をエネルギー源として動作する。展開範囲と展開速度の数値が大きければ大きいほど消費電力が上がっていく今回の場合必要とされた電力は膜一枚につき約一億キロワットそれを同時100枚以上並列稼働させたんだ太陽光を変換効率を理論限界を超えて電力に変換できるように特殊加工されたオクミカワといえどあまりに心許ない一時は最悪の事態も想定して局所的に1000億キロワットを超えるエネルギーで展開させたために――」
「すみません。分かり易くお願いできますか?」
目を逸らして気まずそうに難解な説明をする博士に、永遠はまるで自分の悪い面を見ているようで胸がモヤッとして、少しトゲのある語気で要求してしまう。
「つ、つまり、用意していた電池も全て使い切ってしまい……その……なんだ……電池全てが過負荷によって壊れてしまってな……」
今にも縮まりすぎて消えてしまいそうな小刻みに揺れるか細い体で声を絞り出す博士に、これ以上の釈明させるのは酷だと感じ、永遠は怒りを抑え込むように深く息をする。
「……だから50円なんですか?」
努めて優しげに尋ねる永遠に、博士は少し調子を取り戻すと顔を上げる。
「ああ。作戦で発生した収入と支出を支援システムが瞬時に弾き出して反映させた報酬額だ。それは間違いないぞ! ははっ!」
何を自慢気にといった様子で、永遠は冷たい瞳を博士に向けた。
「すまない! 本当にすまない! だからそんな目を向けないでくれぇ!」
「それよりも僕の借金? 負債? ですけど、このままで返せるんですか?」
「それは安心してくれ! 今日も社長に掛け合ってきたところだ。頑張ってエイオンベートに打ち勝っていけば一年程で解決できるよう調節するとの約束をとりつけたぞ!」
「……あんな怖い奴ら相手に毎回難なく勝てますか?」
「それは心配ない。君も知っているだろう? 瑠璃乃の力を」
「でも今回みたいに〝博士〟の〝想定外〟の〝出費ばっかり〟になったりしませんよね?」
そのつもりはなかったが皮肉に聞こえてしまう問いを永遠が博士にぶつける。
「だっ、大丈夫だ! 今後は常に倦まず弛まず万全の用意を持って事に当たることを約束する!」
「またウマカ棒一本も買えないような報酬ってことは無いですよね?」
「……ちっ、塵も積もれば山となる。君には私達が、何より瑠璃乃が付いている。誇れる最高峰を一緒に築いていこうじゃないか! はははははっ!」
誤魔化して高らかに笑うこと自体が、誤魔化しきれない悪い可能性の存在の証左であることを雄弁に物語る。永遠は博士に猛烈な心許なさを抱いた。
だが、追求は避けようとも考えた。永遠は口をへの字に曲げながら承諾の意味も兼ねた溜息を吐き出す。
これ以上この頼りない大人に意地悪するような追求は気が咎めるし、何だか博士相手だからこそ調子に乗ってしまっている自分を格好悪く感じたからでもあった。
それに昨日出会ったばかりの人間に、昨日までひきこもっていた生粋の人見知りが内容はともかく心を開いて会話をしている。
それが少し嬉しくもあり、博士達に感謝を感じているのも事実で、永遠は目の前の若干頼りない大人のことを堪忍してから、一番の謎であり、自分にとって一番興味のあることを尋ねる事を選んだ。
「……それはそれとして……瑠璃乃のこと……なんですけど……」
高らかに笑っていた博士から笑みが消える。
「……状況を推察するに……見たんだな?」
「いえいえぜんぜんっ⁉」
率直な問いに咄嗟に否定してしまう永遠だった。
「見てないのか?」
「いや~それはその……」
「綺麗な肌だったでしょう?」
「それはもう、デヘヘ」
弥生の誘導尋問に呆気なく引っかかり、鼻の下を伸ばして締まりの無い顔つきになった永遠を博士は見逃さなかった。
「見たんじゃないか!」
「すみませぇんっ!」
立場が一瞬で逆転した。責め立てられる側に回った永遠は素早く畳にひれ伏した。
「大事な娘さん? の大事な体を見てしまって申し訳ありませんでした! でも、あくまで事故であって故意ではないんです! それに胸は少し見ちゃったけど、一番大切なところは見えなかったというか何というか……とにかく申し訳ありませんでしたっ‼」
お嬢さんを傷物にしてしまってすみませんと父親に頭を下げにきた恋人のように、永遠の土下座は深くなっていく。
「……いや、遅かれ早かれこういう時が来ると分かっていたのに、瑠璃乃が傷付くのを恐れて、君に真実を伝える覚悟を怠っていた私も悪い。むしろ謝るのはこっちの方だ。申し訳なかった」
瑠璃乃についての重要事項を伝えていなかった自分にも非があると博士が正座のまま、背筋を伸ばして頭を下げる。
「いやいや、そんな! 頭を上げてください! こっちが畏まっちゃいますって……」
「いや、それでは私の気が済まない。すまなかった……」
どんな理由があろうと、我が子のように愛する娘の柔肌を見た男に陳謝する。その行為自体にとても誠意を感じた永遠は、どんな理由があろうと瑠璃乃の体の事情を告げられなかったことで博士を責めるのは筋違いだと感じた。
「……だが! 理由がどうあれ、あの子の生まれたままの姿を見る結果を招いた君を許す許さないは別の話だからなっ‼」
(ええぇ~~~~~~~~~~~⁉)
真顔で大人げなく言い放つ博士の後頭部を弥生が割と強めに平手で叩く。博士はつんのめって畳に頭突きをかましてしまう。
「ごめんなさい、永遠くん。この人ちょっとバカ親……じゃなくて親バカだから許してあげて。ね?」
伏せたままの博士の上体起こしを介助してやりながら、困り笑顔で永遠に許しを請う弥生に、永遠は苦い愛想笑いで返すしかできない。
そんななか、尋ねてもいいものだろうか? 永遠は迷った。
だが、どういう存在であれ自分を支えてくれる存在には変わりない瑠璃乃の事を知りたくて、赤くなった額を弥生にハンカチで冷やされつつ介抱される博士向かって、永遠は問う事を選ぶ。
「……あの、よかったら教えてもらえませんか? あの子の……瑠璃乃……さんのこと」
永遠の問いに、博士と弥生は一呼吸置いてから居住まいを正す。
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