第27話 アンティークと呼ばれても
「古谷さ~ん、おなか空きました~、のど渇きました~、ポンジュース飲みた~~い」
「あと少しだ、我慢しろ!
はぁ、はぁ、はぁ……」
地方新聞の古株記者の古谷と、新人カメラマンの新垣は長い長い階段を上っていた。
ハルジオン入社式も見届けないまま、その足で部下である新垣を連れて取材活動のために、山を登っていた。
最初は地域最大のショッピングモール隣の対神風用地に赴いた。残り香でもあるかと。
だが、用地の敷居をまたぐかまたがないかというタイミングで、古谷のもとに地元のツテからの情報が届いた。
〝山の上に来とる〟(地元農家岩井さん提供)。
それを聞いた途端、古谷は踵を返し、そもそもが乗り気ではない新垣の首根っこを掴まえ、押っ取り刀で目的地を目指して現在、登山に勤しんでいた。
「ちっ、タイミングが悪いな、ったく。はぁはぁ……エスカレーターが……はぁ……点検作業なんてよ……」
目的地である対神風用地が存在する小高い山の山頂付近へは、普通なら用地に隣接する神社への参拝者用エスカレーターで簡単に移動できるはずだった。
だが、二人がやってきた時には間が悪く点検中の看板が。
記者の直感からか気が急いた古谷は、エスカレーターの脇に伸びる、遠い昔から存在する山道を登ること選んだ。
舗装などは最低限で石段も所々しかなく、とにかく険しい。
文化財と景観の保護と言えば聞こえは良いが、現代人には不便でしかない古来の姿をとどめた登山道を、健康的とはとても言えない体の古谷が息が切らし、汗を大量に滲ませて、重い足取りで登っていく。
対して、文句を言いながらも付いてくる新垣は、肩に大きなショルダーバッグ、首から古めかしいフィルムを用いる一眼レフカメラを下げているというのに涼しい顔をしている。
「はぁ、はぁ、はぁ……肺が痛ぇ……」
「煙が出なくなっても体に悪いのは変わらないんだから、タバコ止めたらどうですか?」
「タバコが無い人生なんて……ピクルス抜きのハンバーガー並に味気ないってもんだ」
「さすがご年配! 漬物大好きなんですね!」
「うるせえ、例えだ、たとえ! はぁ、はぁ……」
「抜いてみても、あたしは美味しいと思いますけどね~~」
「ふふっ……これだからお子ちゃまは……」
「これだからご年配は」
「あ?」
張り合ってくる部下に上下関係を知らしめるため、古谷が振り返って睨みを利かせる。
さすがに不味いと思った新垣は、諸手を挙げて口を閉ざした。
「ちっ。無駄な体力使っちまった……。しかし長いなこの階段。こういう時に年を感じるぜ……はぁ、はぁ」
「そうですよね。古谷さん、ジジイですもんね」
「ジジイでも年配でもねぇよ! まだ50代だ!」
「自分で言ったんじゃないですか~。それに若い人がみんな体力あるわけじゃないですからね? あたしが特別なだけですから」
何故か自慢げな新垣は、ついに古谷を通り越してから振り返り、自信ありげに、その理由を尋ねられるのを期待して胸を張ったまま後ろ歩きで待ち構える。
うっとうしいと思いつつ、部下とのコミュニケーションを継続する。
「……しょうがねぇから訊いてやるけど……はぁ、はぁ……なんかやってたのか?」
「よくぞ訊いてくれました! あたし、小さい頃から、そろばんやってて体力には自信があるんです!」
「意味分かんねぇよ! どうやってそろばんで体力つけるんだよ⁉」
「なんてったって準二級ですからね! 準二級! ふふん!」
訳の分からない理由で鼻を鳴らす新人の自信の出所が理解できない古谷は、
「……はぁ……はぁ……もういいや……めんどくせぇ……」
理解するのを諦め、会話になっていない会話を強制終了させて黙々と足を持ち上げることにすると、ほどなくして階段の終点が見えてきた。
古谷は思った。
普通なら、他人と一緒なら退屈せずに長時間の退屈な長旅も楽しめる。
だが、新垣といると気分が疲労し、近所への散歩だけでもシルクロード横断ぐらいに永いものに感じてしまう。
コミュニケーションをとらずに登ったのなら、もっと早く着いたろうに。
一人ならもっと気楽だったろうにと。
だから、ふと古谷の口から舌打ちが零れてしまった。
「え? 準二級に嫉妬ですか?」
「ちげぇよ!」
本当に疲れる。
編集部に戻ったら上司に菓子折と地酒でも持って、新人教育係の辞退を願い出ようかと本気で考えていると、自分の視界のあちらこちらに人が居るのに気付いた。
階段は登り切った。終点だ。頂上だ。なのに何故?
用地をぐるりと囲むような林道の日陰で、ベンチに腰掛けて休憩するご老人達。
犬との散歩の最中に井戸端会議に講じる奥様方。
自転車を押す地元高校の制服を着た女生徒などなど。
古谷は首を捻った。
ここに来るにはエスカレーターしか手段は無い。
自分たちが乗ろうとしたものと対になっているものが山の反対側にもあるが、それも同じように点検中だと書いてあったはずだ。
なのに何故、人がいるのか。
特にご老人。アシストスーツの補助で登ってきたのだろうか。
いや、スーツの着用許可証である腕章は見当たらない。スーツ無しの登山は厳しそうな年齢の方々であるというのに。
「おい。何でこんなに人がいる?」
「え? そりゃあ登ってきたからじゃないですか?」
「どうやって?」
「どうって、エスカレーターで来たに決まってるじゃないですか」
「は? 点検中なのに、どうやって来るんだよ?」
「点検なんてとっくの昔に終わってますよ?」
「は?」
「だって工事のおじさんの看板に書いてあったじゃないですか。終了まで1分って」
「表示⁉ 点検中の立て看板以外、そんなもん無かったぞ⁉」
「え~、おかしいな~……あ! そっか、古谷さんコンタクトつけてないから見えなかったのか!」
新垣は額を大げさに勢いよくペチンと叩くと、それを見た古谷をまた苛つかせるように参ったなぁという顔で彼を横目で見遣った。
青筋がたったのを自覚できるくらい不愉快になりながらも、古谷は怒鳴るのを堪える。
今回のような指摘を受けたのは一度きりではないからだった。
人間の生体組織に限りなく近い材質で作られており、長時間の運用でも生理機能、代謝を妨げることなく、アレルギー反応も全く起こさない情報端末、スマートコンタクト。
視界を遮ることなく、様々な有益な情報を視野に示してくれるスマホに次ぐ現代の必需品。
先進国の人口の約半数が装着し、現在最も普及しているウェアラブル端末だ。
道案内から、見たモノをネットを参照してのガイド機能など広汎用性の例は枚挙に暇がない。
一般人はもちろん、報道関係者なら必携の代物だが、古谷は身につけるつもりはなかった。
それを頑なに拒否し続けることの弊害を嫌と言うほど味わっても、我を通すことが時代に合ってないと自覚しても尚、拒否し続けている。
「もう老眼なんだし、眼鏡型でも着ければいいのに……」
「老眼じゃねぇよ! 俺は自分の目に映ったことしか信じねぇんだよ! それにあれは真実を見えにくくする……っつうかお前、見えてたなら何で俺に言わなかった⁉」
「だって古谷さん、古くさい隠れ熱血記者のうえに隠れドMなのかもしれないから、脚で記事書きたいのかな~って思って配慮したんですって。気遣いの新垣と呼んで欲しいですね、ふふん!」
「古くねぇし隠れてねぇしドMじゃねぇよ! ……くそっ」
怒鳴りつけられて耳を覆う新垣を置いておいて、もはや無視して、古谷は対神風用地入り口へと急ぐ。
幸い、新人に文句を垂れながらも脚を進めた甲斐あって、目的地はすぐそこだった。
用地を囲う林道に壁のように生える竹林を迂回して、目と鼻の先に位置する対神風対処用地の入り口の前まで来ると、立ち入り禁止のお願いという立て看板が入り口を塞いでいた。
仕方ないので、そこから身を乗り出すようにして用地を見渡すと、すぐにお目当てのものが目に入った。
「お、あれだあれ。あの使い古したキャンピングカーに白衣の男。それと冴えない少年……は、何だか具合が悪そうだな。気でも失ってんのか?」
「ぷぷ~っ。古谷さん古くさ~い。あれはトラベルトレーラーって言うんですよ?」
わざとらしく目を引き絞って嘲笑してくる新垣に対し、古谷は今日一イラっとした。
「どっちでもいいんだよそんなもん! ……それよりお前、あれ見て何を思う?」
「キャンピングカーですか? ……ぷぷっ」
古谷に青筋が立つ。どうもこいつには社会人としての心得を教えてやらねばならないようだ。
「……ひとつ教えといてやる。
新人が使えるのか使えないのか……その見極めは教育係がする。
つまり俺だな。
地方新聞とは言ってもカメラには困らない。
そもそも報道なら無人機でも済む。
芸術性を求められても労働代替アンドロイドのリモートセンシングで募集かけりゃ人手には困らねえ。
便利な世の中だ。
それにな。俺はコネ入社の輩に配慮するつもりもねえ。使えなかったら遠慮無く切る所存だ。
……言いたいことは分かるよな?」
古谷はあくまで新人教育の一環として、こめかみの青筋を脈動させて新垣に問うた。
「さ、さ~てっ、がんばるぞぉ~〜ぃ!」
生殺与奪を握られていると悟った新垣は、凍り付いた背筋を伸ばして勤労に努めることを誓った。
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