第24話 最強の一角は空色の瞳から流れることのない涙を零す


「まずい……」


 遥か上空、宇宙まで見透せる規格外の双眼鏡を覗きながらエイオンベートを見ていた博士が憂慮の声を漏らした。


「もうマズイことになってますけどね」


 博士と同じように双眼鏡を覗いていた赤木は、そのままの姿勢で少しの当てつけを込めて皮肉っぽく言った。


「ほっ、本当にごめんよ? ……いや、そうじゃなくてだね、エイオンベートの大輪の中央が輝いてるのだろう? あれがまずい」


「お嬢ちゃんが危ないんですか?」


「そ、そんなっ⁉」


 永遠は双眼鏡を覗くのをそっちのけで瑠璃乃の身を案じて取り乱す。


 宇宙という行ったことのない場所、冷たい危険な空の彼方に一人で行かせてしまった後ろめたさが罪悪感を加速させていたのもある。


「いや、瑠璃乃自身には何の問題ないだろう。だが、今回発生したエイオンベートの身体構成は先に発生したコロナ質量放出CMEに由来する。よって、おそらく少なく見積もっても内包するエネルギーは原子爆弾1000万個分に相当すると思われる」


 永遠と赤木は分かっているフリをしてとりあえず頷いてみた。


「そして攻撃方法も、そのエネルギーを活かす方法をとるはずだ。みたところエルイオンの粒子収束振動と思われるあの輝きは8億7000万ギガジュール以上の威力を持つビームとして用いられるのだろう」


 聞き慣れない単位と思わしき言葉が出てきたが、永遠と赤木は話の腰を折らないよう、いかにも分かってますよといった顔で頷くのを止めないでいた。

 赤木にいたっては、さも事の重大さを理解している風なシリアスな顔さえしている。


「もし、瑠璃乃がビームを避けた場合、2400億キロワットにも及ぶ光は地球大気を容易く貫き地表に到達する。エルイオン由来の粒子を用いた収束砲だ。大気中のあらゆる粒子との相互作用も磁場や重力の影響さえも回避し、減衰することなく降り注ぐだろう。こうなるとCME状態より驚異の度合いは桁違い高くなる」


 あ、これは無理だ。永遠と赤木の二人は微笑むように顔を見合わせ、理解するのを諦める方向で同意した。


「「……つまり?」」


 二人のキョトンといった様子に、自分がまた難解な説明をしてしまったと自覚した博士は後悔した。だから現状がどれだけ危ないのかを二人に出来るだけ簡潔に分かりやすく伝えようと試みた。


「光線、すごく、強い。でも瑠璃乃、ぜんぜん、だいじょうぶ。けど地球、とてもとても、危ない」


 二人に分かりやすくを努めた結果、博士は何故かカタコトになっていた。


「危ないって、今度はここにビームが飛んでくるんですか⁉」


「ああ」


 赤木が危機を覚えて上を見ると、しっかりと膜の存在を再認識できた。

 だがしかし、この薄い万能の盾は所詮ヒトが作ったもの。


 〝次元が違う存在〟の威力に対してはどこまで耐えられるか定かではない。


 防護膜を突き破って降り注いだ光が全てを焼く地獄の光景が赤木に過る。

 頭を抱えずにはいられない。


 そんな彼とは対照的に、ことの重大さより、パートナーの無事に安堵した永遠は胸を撫で下ろしていた。


「安心してくれ。……弥生君?」

 いましがたの手前、博士は赤木の心労を増やさないため、素早く対処策を提示した。


「はい。分かりました」

 弥生は和やかに返してから目を瞑った。





 一番大きく、強力な攻撃が来る。

 そう察した瑠璃乃はナグハートをいつでも振るえるようにリラックスして握る。


 が、迎え撃つために真剣な面持ちで構えていた瑠璃乃の顔に少し歪みが生まれた。


――オマエ――バカ―― 


 先程のエイオンベートからの一斉攻撃でのダメージは全く無い。

 本体からの攻撃はまだ届いてもいない。

 だが彼女は不明瞭の声を浴びると何よりダメージを受け、煩悶はんもんの相を浮かべた。


「……ごめんね……」


 エイオンベートに向かって呟くと同時に、輪から光の一本槍が瑠璃乃に放たれる。


 光速に匹敵する光線。

 人間には事後に対応できる事象ではない。

 だが、瑠璃乃にとっては充分に対処可能だった。


 避けて踏み込み、反撃する。


 そんな戦略を立てた瑠璃乃の思考へ、


『瑠璃乃ちゃん、その光線を避けちゃダメ』


弥生の声が突然、介入した。


『そうしたら永遠くん達にも当たっちゃうの。だからどうにかして受け止めて』


 それは大変だと、瑠璃乃はナグハートを握っていた手を付きだし、持ち手ではない方の手でみねの部分をしっかりと押さえて、真正面から受け止めるように構えた。


 その瞬間、光線は激しい閃光を放ち、ナグハートを直撃する。


 光線はナグハートに当たって威力を弱めることも、逸らされて拡散することもなく、ただ桃色の木刀を焼き続ける。


 周囲の空間の黒色も光に満たされ、そこに一つの星が現れたようだった。


 桃色の木刀は、光線を受けて接触部がマグマのような異なる色に輝く。


 光線の持つエネルギーを逃がすまいと照射され続ける限り、光の槍をむさぼり尽くすつもりで一身に受け止めている。


 時間にして30秒程度の後、エイオンベートのレーザーに曝されたナグハートは溶接されたばかりのように真っ赤に輝き、尋常ならざる熱を帯びていた。


 しかし、結果として瑠璃乃とナグハートは地上を焼き尽くす光線を完全に受け止めきることに成功したのだった。


 心なしか桃色が濃くなっているように変化した自分の武器を、瑠璃乃は掌を何度か返して確認し、フーフーと息を吹きかけ、冷ます。


 次第にナグハートが通常の薄桃色に戻ると、彼女はナグハートをポンポンと優しく叩き、おつかれさまと語りかけてから、エイオンベートに向き直る。


 すると、大輪はもう次の攻撃を放つため、先程と同じように大輪とコーンが激しく赤熱しながら回転を始めていた。


 しかも一体ではない。


 いつの間にか大輪とコーンが増殖していた。


 それは、瑠璃乃を取り囲むように配置され、全方位から彼女に狙いを定める。


 させてなるものかと、瑠璃乃は木刀ナグハートを上段に構える。そして、全てのエイオンベートを斬るように、刀剣を用いた演舞さながらにダイナミックかつアクロバティックな動きで縦横無尽に、あらゆる方向に向けて木刀を振り下ろす。


 木刀ナグハートの軌跡が淡い光となって宇宙に走り、それぞれが幾重にも重なって瑠璃乃とエイオンベートを内包する巨大な桃色の球を描き出す。


 やがて全てを断ち斬ると、木刀の切っ先が下を向く。


 同じくして、全てのエイオンベートの回転が止まった。


 次第に軌跡の光が線香花火の終わり火のように緩やかに消えてゆく。


 大輪の真ん中にあった輝きも消え失せる。


 少し間を置いて、エイオンベートが、まるで断末魔のような高音を響かせながら真っ二つに上下にずれていく。


 エイオンベートから発せられる音が響く中、宇宙空間に瑠璃乃が入れた切れ目が走った。


 弧を描く一筋の切れ目は瞬く間に広がっていき、巨大なエイオンベートさえも上回る大円を形成する。


 大円の中に覗く虹色が揺らめく空間はエイオンベートを呑み込むように吸い寄せ、エイオンベートは濃紫の粒子として吸い込まれていく。


 やがて大輪を構成していたもの全てが呑み込まれると、丸裸になったエイオンベートのコアが曝け出される。


 これを斬ればエイオンベートは虹色の大円に吸い込まれ、万事解決する。


 早く永遠達のもとへ帰るため、瑠璃乃はコアへと近付いていく。


 すると、

 


――ナンデオマエバッカリ――

 


 直接頭に響いてくる明瞭になった声に、瑠璃乃は立ち止まってしまう。


「……ごめん……ごめんね……」


 寂しそうに、苦しそうに、切なさそうにそう呟くと、迷いを断ち斬るように木刀ナグハートを握る指に力を入れ直す。


 自分が支えるべきパートナーの目が届かないからなのか、その顔は悲しみに歪んでいた。


 瑠璃乃は一歩踏み出し、一瞬でコアに詰め寄り、一閃。


 真っ二つになったコアは端から粒子となって虹色の中に吸い込まれていく。


 全てを吸い込んだ大円は静かに閉じていき、何事も無かったように通常の宇宙の黒が戻った。


 自分の仕事を無事終えた。


 が、瑠璃乃の背中からは達成感というものが全く感じられない。


 痛みさえ感じさせるほどの悲哀を背負ったような背中に、透明に近い金の髪を無重力に漂わせながら、


「……ごめんなさい……」


 そう、呟いた。


 彼女は涙を流せない。けれど、もしそこに人が居たら皆が皆、異口同音に言っただろう。


 彼女は泣いていたと。

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