第23話 宇宙へ昇る禍津神


 強く、速く、勢いよくエイオンベートにぶつかる。

 瑠璃乃がそうイメージすると、彼女の頭上に現れた輪は大きさを変化させ、人がひとり余裕をもって通り抜けられそうなサイズへ広がる。


 大きくなった輪は一つ、二つと上下に分裂するように増えていき、計10個あまりの輪が上下に段々重ねに連なった。


 やがて上下に連なった輪が、段違いに時計回り、反時計回りと交互に向きを変えた回転を始める。


 回転の速度が凄まじいためなのか、輪の縁から桃色の粒子と火花が飛び散るように漏れ出る。


 その様を見上げ、瑠璃乃は一度、頷いた。


 直後、降ってくるエイオンベートに火が着き、燃え盛る天蓋へと姿を変えた。


 それを用地内の人間が目撃した途端、虹色の天井が揺れた。

 見えない圧に上から叩かれ、虹のグラデーションが波打ち、掻き乱される。


 天井がヘコみ、落ちてきそうな錯覚を覚え、永遠は咄嗟に両手で身を庇ってしまう。


 が、天井は落ちてこない。

 赤木の張り巡らせた防護膜が存分に機能した証だった。


 まだ証を立てる必要がある。どうか耐えてくれと赤木が願う。


 エイオンベートとの接触まで数瞬しなかない。


 瑠璃乃は上に進む意思を示す。


 意思に応じ、輪が瑠璃乃を吸い上げ、弾き出すように彼女を上に向かって射出した。


 その勢いは猛烈で、エイオンベートの落下速度を大きく上回る速さで瑠璃乃が飛翔する。


 瑠璃乃とエイオンベート、二つのコンタクトは人間が知覚できないほどの直後だった。


 手を滑らし、マイクを床に落としてハウリングが起こった時のような耳をつんざく金切り音が届くより前に、用地内の人間は、空に現れた火球を目撃する。


 接触の際に生じたエネルギーは余りにも甚大であり、高温。


 瑠璃乃と衝突したエイオンベートの中心部は白熱し、その中心部から、なだらかな半球の巨体を青い炎が同心円状に駆け登り、淵に向かうにつれて灼熱の赤へと色を変える燃え盛る火の球を形作っていた。


 エイオンベートは炎を纏ってゆっくりと巨体をうねらし、激しく燃え盛り、防護膜の直下を含め、周囲を色濃い夕暮れ色に染める。


 見上げる永遠に鳥肌が浮かんだ。

 永遠にとっては、この世の終わりを見ているような、おぞましいほどの心細さを覚えずにはいられなかった。


 だが総毛立っているというのに、自分の体から汗が噴き出していることに気付く。

 穏やかだった気候が、真夏の強烈な直射日光なんてものではなく、まるでコタツの中に閉じ込められ、直上のヒーターにジリジリ焼かれて焦げ付いてしまいそうな暑さに変わっていた。


(火の球のせい⁉ 瑠璃乃はどこっ⁉)


 極限の暑さに曝される中、火球が出現して10秒ほど経ったというのに、燃え盛るエイオンベートの巨体以外が空に居ない。


 瑠璃乃の姿が見えないことに、永遠は不安を募らせる。


 最悪の事態が頭を過ぎったその時、


「――いっせーのー……」


 上空から瑠璃乃の掛け声が降りてくる。


「瑠璃乃!」


 よく通り、それでいて耳に安らぎを届けてくれる優しげな声を耳にすると、永遠の顔から安堵が滲み出てきて、パートナーの名前を不意に叫んだ。


「せっ‼」


 漲った気合いを発して、瑠璃乃はエイオンベートに逆袈裟に食い込んでいたナグハートを力一杯振り抜いた。


 桃色の木刀がエイオンベートの巨体を、たったの一振りで天高くへ押し戻す。


 巨体は燃え盛ったまま、降ってきた時以上の超高速で弾き飛ぶ。


 空が、夕暮れから昼間の色へと逆再生のように戻っていく。


 瑠璃乃は、燃え盛りながら空へ戻っていくエイオンベートを確認すると下を見て、空き地にいる皆へ手を振った。大丈夫だというサインだ。

 特に永遠へ向かっては、これ以上ないくらいに頼もしくピースサインで誇ってみせる。


 一撃で瑠璃乃の優位が確信できるような力強い攻撃。

 目の当たりにした永遠は空中に浮いている瑠璃乃に向かってガッツポーズで感謝と奮起を促した。

 表情が見えない距離にあっても、シルエットの動きだけで瑠璃乃だと感じられるのがおかしくて、永遠の緊張をほぐす。


 博士や弥生は頬笑み、赤木や隊員らは胸を撫で下ろす。


 みんなは無事だ、だいじょうぶ。それが確認できると瑠璃乃は再び上を見定める。


 そして、先程と同じようにエルイオンの輪を利用して急加速を得て、真っ赤に燃え盛りながらエイオンベートを追いかける。


「……隕石が二つ……昇ってく……」

 永遠が感じたままを漏らす。


 地球と宇宙の境目まで弾かれたエイオンベートに瞬く間に追いすがった瑠璃乃は、誰にも被害を被らせないように、もっともっと上へと巨体の下部に取り付くと、力一杯エイオンベートを突き上げる。


 天に帰る流れ星と人間に思わせるほどの速度を維持して上昇する瑠璃乃とエイオンベートは、あっという間に地球の重力を脱出する。


 地球の全景が確認できる高度に達すると、瑠璃乃はエイオンベートに掛ける力を抜いた。


 エイオンベートの巨体は瑠璃乃の圧力が無くなってもなお、高速で飛んでいくが、すぐに巨体の上面の平らな部分から至極しごく色の粒子を激しく噴射し、くるくる回りながら急制動をかけて停止する。


 炎に焼かれてすぐに宇宙へ。

 人間にとっての真夏の外からクーラーのよく効いた部屋へ入った時のような、ひんやりとした宇宙の感触という情報を瑠璃乃は心地よいと推測した。


 いい匂い。甘酸っぱいような匂い。口を開けば宇宙の味がするんじゃないかと瑠璃乃は口を開いて息を吸い込んでみたが、味を感じることはできなかった。


 美味しそうという情報は知っている。

 だが、美味しいという感覚をまるで知らない。

 実感を伴わない情報だけを自分は持っている。


 しかし、誰かと一緒に食事をするという当たり前の行為を自分はすることができない。何故できないのか自分にも分からない。


 ただ瑠璃乃の頭を過ぎるのは、自分を思い遣ってくれる優しい人達への申し訳なさ、罪悪感だった。


 食卓を囲み、美味しい食事に舌鼓を打ち、笑顔を共有することのできない自分。

 その理由を深く訊くこともなく、受け容れてくれる人々に申し訳なくて、何より最愛であるパートナーに真に共感することが出来ないことに、瑠璃乃は切なそうな目を伏せる。



――ナン――マ――ッカリ――



 ノイズまみれの不明瞭な声を瑠璃乃の耳が拾う。


 前を向くと、エイオンベートの巨体が脈打つように揺れていた。


 怒っている。

 瑠璃乃は確かにそう感じると、切なさを今度は巨体にも向けた。


 その視線で怒気を増したのか、エイオンベートが直径50㎞の巨体を降ってきた時の倍以上の速度で彼女にぶつかるように襲いかかる。


 瑠璃乃はそれを察知し、気を引き締め目付を正す。


 が、避けることなく、巨体を真正面から迎い入れる。


 接触の瞬間、ナグハートだけを残し、瑠璃乃がエイオンベートの巨体の壁に吸い込まれるように消えた。


 それはアザレアージュ……瑠璃乃の体を食べることによって更なる力を得るエイオンベートの性質が発揮されたことを意味していた。


 彼女を飲み込んだエイオンベートの全身を這うように幾重にも波が立つ。


 少しして波が消えると巨体に変化が起こった。


 50㎞の半球状だった巨体は一変。引き延ばされて平坦になった直後、深海の水圧に圧縮されたように小型化し、まるで濃い紫色の縄で編まれた直径100メートルの鍋敷きのように変質した。


 やがて幾つもの光の縄は分離して、それぞれが独立した輪となって動き出し、宇宙に濃紫に輝く大中小の輪がそれぞれ大量にうごめきだした。


 その中でも一番大きく、一番の外縁の輪が振動し、薄桃色のエルイオン粒子を吐き出すように放出する。


 吐き出されたエルイオン粒子はすぐに人の形を取り戻し、瑠璃乃を形作る。


 瑠璃乃は人間の形としての感覚を確認するかのように、風呂から出てすぐの犬のように全身を震わせると、金の髪が黒の無重力の中に輝き映える。


 瑠璃乃の再現を確認したのか、何体にも別れたエイオンベートは、まるで統率がとれているかのように一糸乱れず、それぞれの輪全てが急回転を始め、瑠璃乃目掛けて投擲武器チャクラムのように一斉に弾かれるように飛んでいく。


 エイオンベートから強い攻撃の意思を感じ取った瑠璃乃はナグハートを引き寄せる。


 瑠璃乃の手にナグハートが触れたか触れないかの瞬間、輪の全てが、全方位から彼女に突き刺さる。


 お互いは傷付けないまま、目標の瑠璃乃だけを攻撃するため密集した大量の輪は、まるで輪投げの輪が滅茶苦茶に束ねられているようだ。


 宇宙の静謐の中、輪からの攻撃に対し、瑠璃乃からは何のリアクションもない。


 宇宙は余計に静かで、エイオンベートの密集した姿は最初からそこにあったオブジェのようにも感じられる。


「……よっこいしょ~の~……」

 が、静けさを打ち破るように、


「しょっ‼」

 瑠璃乃が行動を起こした。


 桃色の木刀ナグハートを360度、全方位に向けて光速で振り抜いた。


 エイオンベートの100㎞に及ぶ巨体の端から端まで届くように長く伸ばしたナグハートを、丸を描くように振り抜き、自分に密集していた大量の輪の群れを両断した。


 ほとんどの輪は瑠璃乃の攻撃によって再生が間に合わず、濃紫の粒子となって宇宙の黒に溶けていく。

 しかしエイオンベートの心臓部、コアを宿した一番大きな外縁の輪、エイオンベートの本体だけはコアへの攻撃を免れたのか、体の再生を始める。


 再生に付随して瞬く間に巨輪の虚空の中心にカラーコーンのような部位を生み出し、再生とモデルチェンジを終えた本体は、瑠璃乃に対し激昂するように赤熱する。


 巨輪から分離したコーン部位は、巨輪の前方にスライドするように展開されると回転を始めた。


 徐々にギアを上げながら、お互いが違う方向に超高速で廻り始める。


 溶岩のように赤黒く輝く巨輪から、中心部のコーンへ向かってエネルギーが収束していく。


 害意が今、解き放たれる。



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すみません! 

好きなことを書いてしまったら、とても伝わりづらい文章になってしまいました。


頭の中のイメージを上手に文章としてアウトプットできず、文章から光景をイメージしづらい箇所が今回は特にたくさんあるかと思います。


それは読んでくださる方のせいではなく、全て私の力不足です!

ごめんなさい!


いつかもっと分かり易い文章に改稿できるように努力するので、どうか、今はこの文章でも許してくださると、お風呂上がりに湯冷め覚悟で外に出て裸で踊り出すぐらい嬉しいです!


よろしくお願い致しますm(_ _)m

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