第22話 黒子隊長奮迅す


  自身のあまりにあまりな至らなさに博士が地面に頭を擦りつけるように土下座をさらす。

 

 止めなさい子供の前でと赤木は言いたかった。永遠は先ほどから何だ何だと怪訝に顔に深い動揺を宿し始めている。


 しかし、赤木はできるだけ慌てずに博士をスルーして次を思案する。


 エイオンベートが出現してからとりあえずの策は打った。


 巨体の影響を考慮して県境まで防護膜発生器を載せた車両を何台か向かわせてもいる。


 だが、今となってはそんなルーティンのような危機回避策では全くの不十分なのが分かる。日本列島全土をカバーする規模が必要になってくるからだ。


 急がねばと、自身のインカムに軽く触れてから掌を宙にスライドさせると、いくつかのモニターが彼の視界に表れる。


 それらに素早く同時に指示を出すと、赤木は声を張り上げた。


「ソニックウェーブ緩衝波の稼働を確認! 飛空挺班、防護膜展開用意! 乗組員は直ちに向かってくれ! 行き先は津軽海峡、大和堆やまとたい、青ヶ島、屋久島、本州を北から南に横断だ! 地上班は飛空挺班の通過点を目指してカバー! 国中にクモの巣張るつもりで頼む!」


「「「了解っ!!!」」」


 赤木隊長の指示を受け、神風対処用地に待機していた特殊重機の運転手を務める隊員が、それぞれに散った。 


 サイボーグの俊足は100メートルを常人の4分の1で駆け抜ける。


 輸送機に搭載された大規模防護膜発生装置を搭載する飛空挺へ各員が乗り込むのも瞬く間に完了させる。


 二機の輸送機それぞれに備えられた上下の二層構造の貨物室の上段から、空を担う飛空挺が自らの動力のみで宙に浮き、貨物室から押し出されるように外へ滑り出る。


 各輸送機から発進した飛空挺は二機ずつ、合わせて四機は隊長の指示通り、ホバリング状態からすぐさま目的地に向けて出陣していく。


 超音速への加速の影響を周辺に与えることなく空に吸い込まれていった飛空挺を見届けると、赤木は額を手の甲で拭う。


 ひとまずはこれでいい。だが距離が距離だけに赤木は不安だった。


 冷静を努めても気がはやる。


 改めて頭上に目を凝らすと、もう今にでも落ちてきそうほどエイオンベートが近くに見える。

 まるで巨大な蓋だ。

 猶予は残っていないんじゃないかと焦りに拍車が掛かると、不意に赤木は博士の言っていた事を思い出して冷や汗を更に滲ませる。


「さっき、時間が無いとか言ってましたけど、それって?」


 赤木が迫るエイオンベートを指さして最悪の可能性を博士に問う。


「……瑠璃乃との接触まで約127秒しかない」


 博士は消え入りそうな声と消えてしまう間近のように身を縮こませてボソッと呟いた。


「はぁっ⁉」


 驚愕が赤木の口から叫ばれる。


 ヤバイヤバイマジヤバイ。語彙力が最低まで落ちるほどの窮地。


 赤木は今日いちばん気が遠くなって、頭の中がグワングワンと回り出すのを自覚しても、何とか踏みとどまった。

 そんなもの踏みつけて進むしかないのだと瞬時に腹をくくるしかない。


「ッ地上班の極超音加速を許可! エンジン全開で山々越えてカッ飛ばせっ!」


 先の赤木隊長の指示にて、すでに隣町境まで近付いていた地上班の隊員等は隊長の焦燥を汲み取り、運転席に備え付けられている強化ガラスに守られたボタンをガラスごと叩き割って押し、特殊推進装置を発生させる。


 すると、重機の前方空間が渦を巻いて歪んだ。

 運転手の目には渦巻銀河が現れたように映る歪みに吸引されるように引っ張られ、車両が音を遥かに置き去る加速をみせる。


 迫真の皆と、そういう事態を招いてしまった自分に情けなさを覚えた博士は鼻の奥がグシュっとなって痛かった。


 だが、さらにここへ来て、まだ伝えきれていないことがある。

 口ごもりたい欲求に駆られるも、博士は今更だが大人として振る舞おうと決心し、口ごもりながらも口を開いた。


「…………ちなみに出現した時から地表衝突までの猶予であって、今から周辺環境被害が発生するまでの猶予となると……」


 泣きそうになりながら、まるで助けを求めるように博士が弥生を向くと、観測作業を行っていた彼女は博士に応じて見えやすいように、どんどん減っていくカウンターを宙に表示させる。


「33秒ですね」

 弥生がにこやかに告げると、


「ッッなぁーーーーーーッ⁉」

 赤木は真っ青になりながら叫びをあげた。


 突然言い渡された残り少な過ぎる残り時間。

 もう博士を叱りつけている暇は無駄でしかない。

 赤木は絶叫をねじ伏せ、飛空挺の乗組員に早口で指示を飛ばす。


「っ特別推進装置の使用を許可! エンジン溶けてもいいから飛ばしてくれッ! 膜発生機の管理は俺がやる! 道すがら、子機をばら撒いってってくれ!」


 鬼気迫る赤木の声を耳にして、各飛空挺の乗組員は返事をするより前に、極超音速を更に超える速度への加速を可能とする機構へシフトするために、強化ガラスごとボタンを叩き割る。


 瞬間、機体後方のアフターバーナーが消え、代わりに機体前方の空間が渦を巻くように歪んだ。その大きさは地上班の重機の発生させたそれの倍以上はある。


 前方に一定の距離を保って維持され続ける渦に吸引され、飛空挺は渦に飲み込まれるように引き寄せられると、光を思わせるほどの加速を得て、飛んだ。


 その勢いに、高度1000メートルからの落下の末の終端速度での地表衝突さえ耐える義体を持つ隊員さえ歯を食いしばらざるを得ない。


 甲斐あって、日本の四方へ飛んだ飛空挺は、数瞬の間に本州をカバー出来る範囲に到達する。


 日本の上空に等間隔で子機を配置するのにも抜かりない。

 しかし、一息吐いてる暇は無い。


 本州全土を多うために超広大に展開させる必要のある防護膜。発生装置一機ずつだけでは限界がある。

 そのために各機を連結させ、補完し合って巨大な膜を発生させるために、無数の防護膜発生無人機、子機を中継させる必要があった。


 その子機が空中にばらまかれた状態にある現在。

 今からそれらの一元管理を行う赤木は春先の日中、過ごしやすい気候の日中だというのに額に汗を浮かべて緊張していた。


 失敗への不安。し損じるかもしれないプレッシャー。


 が、すぐに『できるかなじゃない。やるんだよ』と、大急ぎで覚悟を終えると、目を閉じて集中する。


 完成図は、本州に防護膜の蓋を被せること。

 現在地と各頂点に飛んだ飛空挺の大出力防護膜がだけでは足りない。

 超広範囲の防護膜を、飛空挺がばら撒いてきた子機を連結させて張り巡らす。

 それが目指すものだった。


 赤木は自分を中心に、各頂点に滞空する飛空挺へと線を走らせる。


 そのイメージは大量の子機を介し、現在地からゴールである飛空挺へと繋ぐあみだくじを引いていくようだった。


 作業は一つではない。四つを平行して行う。


 赤木の脳が作り出す像に応え、呼応した神風対処用地の防護膜装置から、光に迫る速度で膜が四方に広がっていく。


 飛空挺から撒かれた子機は自動掃除機のような形で、空中に静止したまま待機している。


 赤木は子機に起動命令を出すと、子機が赤木からの操作信号を受け、装置の中心に位置するダイナモのような部分が回転する。


 動き出した子機は用地から広がってきた防護膜に触れると、子機の縁から全方位に向け、膜を増幅、連結させる働きをみせる。


 子機から水紋のように防護膜が広がっていくと、それらは子機同士に次々に連鎖していって、水切り紋のように次々と水紋が連なっていく。


 各飛空挺から放たれた何百もの子機が同じように動作し、先行する飛空挺が機体後部から発生させている膜と空中で溶け合い、一つの巨大な膜となって美しい淡い七色に彩られた静謐な湖面のような天井を形作る。


 永遠はそれを見上げながら、緊張の中にあっても息を漏らした。空が綺麗で、まるで虹色に揺らめく天井のようだと。


 だが、感嘆は一瞬で吹き飛んでいく。


 巨体が更に肉薄してきていた。


赤木は空を見上げ、自分のイメージが現実になったことを確認すると、息を切らせ、ぼやける視界と笑う膝ながらに、託す。


「防護膜間に合った! 後は頼んだ、お嬢ちゃん!」


 間に合ったという安堵感は全く無い。

 赤木の額からは幾筋も汗が垂れている。

 歯痒く心苦しいが、自分達にやれることはここまでだと、彼は全てを瑠璃乃に託した。


「たのまれましたっ!」


 その強い想いに、瑠璃乃は両手でガッツポーズを作りながら力強く頷いて応える。


「さぁ、瑠璃乃、君の出番だ!」


「がんばって、瑠璃乃ちゃん!」


 赤木達が防護膜の展開を間に合わせてくれたことに頭を下げつつ、博士は瑠璃乃を送り出す。弥生も声援を贈る。


「うん、がんばってくるよ! 永遠、行ってくるね!」


 全身から薄桃色の光を漲らせながら瑠璃乃は、不安や心配でオドオドしている永遠に言う。


「あ、う、うん! でもあんな大きいやつ相手に大丈夫?」


 エイオンベートの巨陰は異様。大蓋が降りてくると言ってもいい。


 先日のエイオンベートとは比べようのないサイズに向かっていくパートナーを、永遠は心配せざるをえなかった。


「だいじょうぶ! わたし、とっても力持ちだから! いくら大きくても、永遠が怖く感じない場所まで押し返しちゃうよ!」


 瑠璃乃は鼻息を勢いよく吹き出し、腕まくりまでしてみせた。


 その様子を見て、永遠は恐怖に押し潰されないためのとても心強い心のネバリを貰った気がした。


 パートナーの緊張が綻んだのを確認すると、瑠璃乃が右手を開く。

 すると、手の中に彼女の武器である桃色の木刀ナグハートが現れる。


 そして、まるで頭の上の何かに引き寄せられるように宙に浮くと、音もなく上昇し始め、あっという間に上空の防護膜の外へ。


 膜を抜けた瞬間、大気の振動を感じても、瑠璃乃は瞬きをせずに上を見据える。


 速度を上げて迫るエイオンベートを前に意識を自分の頭上に集中する。


 彼女の意思に反応するように、薄桃色に輝く粒子が瑠璃乃の頭上に、縁に近付くほど桃色が濃くなる天使の輪のようなものを形作った。


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