第21話 列島蒸発
最愛に褒められた喜びは静かに瑠璃乃の内部を喜びで満タンにする。それは、蕩けた顔をはじめ、外にもすぐに溢れてくる。
瑠璃乃の体の輪郭に沿ってエルイオンが溢れ出し、瞬く間に瑠璃乃の頭の方へ、下にではなく上に逆さまに滴る雫のような形状に変化した。
逆さまの雫状に形作られるとそれは、まるで用意ドンの用意の時、ドンで爆発的に動き出すために作り出す溜めのように雫の天辺あたりからひしゃげ、一瞬で弾けるように空に向かって桃色の柱を立ち上らせた。
喜びが爆ぜたのだった。
柱は空から迫るエイオンベートさえ貫いて伸びる。
どこまで伸びているのかは、エイオンベートの巨体に隠されて永遠達には見えていないが、天を突いて立ち昇っていた。
予期しない現象に呆気にとられ、永遠は口を開いて動けないでいる。
「瑠璃乃ちゃんのエルイオン充填値、モニターできるものだと全部振り切れました。覚醒値も八〇%以上です」
柱を確認すると、様々な立体モニターで数々の数値を観測していた弥生が博士に報告する。
「よし、急速充電完了だ。これなら単独でも10分は動けそうだ。瑠璃乃、行けるか?」
博士が瑠璃乃に問いかけると、瑠璃乃の顔は蕩けたまま、少し間を置いてから、大きく目を見開いて問いに反応した。
「あ、うん! だいじょうぶだよ!」
博士に返事をする瑠璃乃は焦りのような素振りを覗かせた。
褒められたとんでもなく嬉しい。
しかし、博士達の視線、永遠からの賛辞を受け取ると、何故か無性に恥ずかしさが込み上げてきた瑠璃乃は、
「ほっ、褒められたって、うれしくてしかたなくもなんともないんだからねっ⁉」
永遠にそっぽを向きながら言い放った。
永遠は彼女の中途半端なツンデレに困り笑顔で返す。
「よし、お嬢ちゃんは大丈夫そうだ」
二人のやり取りを見守っていた赤木は柔和に頬を綻ばせる。
だが、すぐに引き締めて空を見上げる。
空を覆うであろう巨体が超高速で迫る。
衝撃・爆風・熱波・騒音などの影響をほぼ完璧に遮る防護膜を張り巡らす必要がある。
それこそ保険を付けるのなら日本を覆うぐらい広大に。
だが、そんな要請も伝達も無かったし、現に空には膜が無い。
ということは、博士が前もって時が来れば展開するタイプの防護膜発生装置を空に設置したんだろう。そのための先乗りだったんだと赤木は推測する。
「ところで博士。いくら俺でも時速100万㎞のインパクトに合わせるなんて神業できませんけど、防護膜は全自動か時限式の新しいやつですか?」
「ん? 後は二人に任せるだけだと言ったろう? 私は何の用意もしていない」
「は?」
予想だにしないプランを言ってのける博士に、赤木は口から素っ頓狂な声が漏れる。
「……いや、だってあれだけのモノが降ってくるんですよ?」
「ああ」
「……事前に膜を用意しておいてくれたんじゃないんすか?」
「ないが?」
平然と言ってのける博士に赤木は唖然となり、意識が遠くなる。
しかしすぐに思考を奪還し、自分の想像した最悪で超ベリーベリーバッドな現実がそうなりはしないと否定してもらえることを願うように博士に問い返す。
「……エイオンベート自体はお嬢ちゃんに任せとけば大丈夫でしょう。けど、あれが降ってくる影響は凄まじいと思うんですよ。頭わるいから難しいことは分かんないすけど、隕石が降ってきた時、窓とか割れますよね? だから俺はてっきり、事前に博士が県を覆うぐらい大きな防護膜を張ってくれてたとばかり思ってたんすけど……何もしてないんすか?」
「………………あ」
三秒近くを経て、顔を真っ青に変えた直後、博士の口から〝あ〟が、こぼれた。
「『あっ』って言いました⁉ 言いましたよね今
『あっ』って‼」
「ご、ごめんよ~! 瑠璃乃と永遠のことばかり考えていてぇ……防護膜をかなりの広範囲に展開しないとまずいことに……あぁ~、どどど、どうしたら~~! 時間が無い~~‼」
周辺への被害と影響を考慮することを忘れていた博士がいまさら慌てふためく。
博士と同じかそれ以上に赤木は焦っていた。
仮にも目上を怒鳴りつけるか叱りつけるか迷うほどに。
だが実行するわけにはいかないので、ぶつける事の出来ない不満を腕を上下に泳がせて解消させる。
そして大きく息を吸ってから意見する事にした。
「……エイオンベートは出現するまで外見と能力は分からないし、俺が変換前脅威度を聞いてたにも関わらず、膜をここだけに限定させたのも悪かったですよ? けど、隕石の真似する奴相手ならどんなに上手く立ち回ったって周辺被害は甚大になるでしょう⁉ あれだけの奴を撃ち返す力を出すなら尚更です! 民家だって目と鼻の先にたくさんあります! それもすっぽ抜かしてたって言うんですか⁉ 先乗りしてたのにっ!?」
「ご、ごごごっ、ごめんよ~~~~!」
全ての男性陣が引くか哀れんでしまうほどに、博士は赤木に怒鳴られ、頭を抱えながらシドロモドロになっている。
「我が子可愛さに周りが見えてないままカメラを回し続ける運動会の親ですか、あなたは‼」
「言い得て妙だ!」
鼻水まじりの声で感心する博士に、
「褒めてません!」
赤木が声を荒げると、博士はまた頭を深く抱えて謝った。
が、とにかく今は責任の所在を問答してる場合ではない。
事は急を要する。腐っても鯛。親バカでも天才。
オロオロしながらでも解決策の一つや二つは平行勘案してるだろうと当て込み、赤木はこれ以上の追求を止め、博士に問うた。
「プランは⁉」
メソメソしながら何やら素早く指を宙に滑らして数値を入力し終えた博士が答える。
「る、瑠璃乃の力で静止軌道まで撃ち返して処理……という単純な流れになると考えていたんだ。それ以外は応急処置にしかならないから……弥生くぅん……」
ベソをかきながらも博士は、急遽作成した案を掲示するよう弥生に頼む。
弥生は、瞬時にエイオンベートとエイオンベートの発生させる被害情報を視覚化して赤木のスマートコンタクトの視界に表示させた。
だが、急ごしらえだからこそ、提示されたプランは、赤木には処理しきれないほどの情報量を携えていた。
「すんません、俺でも分かるような問題点洗ってくれますか?」
「出しますね」
簡素も簡素で色彩もわずかだが、無理なく把握できる弥生の改訂図に赤木は助けられた気分だった。
そこには半分に切ったスイカのようなエイオンベートと瑠璃乃が衝突した瞬間に解放される総エネルギーが、マンガの登場人物が大きい声を出した時のような吹き出しと同じ形で表現されていた。
「頭のすぐ上で莫大すぎるエネルギーを宿した超高質量体同士が100万㎞の猛スピードでぶつかり合う……ははっ、地面にタッチしなくても直径3000㎞のクレーターが出来るだぁ? 日本が地図から抉り取られちまってるじゃねえか……」
大惨事を前に赤木の口から現実逃避の笑い声が漏れる。
無理もない。それは本当に文明の終わりを意味していたのだから。
打つ手無し。気が遠くなっていく最中、赤木は立体画面の中に、ごく一般的な形のスイッチのようなものを見つけた。
そのスイッチの上には『瑠璃乃オン:オフ』の表示がある。
ピンと来た赤木は大急ぎで、すがるようにそのスイッチをオンにすると、衝突時の爆発などが瑠璃乃の形を模したシルエットに吸い取られていくのが確認できた。
「そうか! お嬢ちゃんが身の回りの爆発とかを吸い取ってくれてるって想定なんすね⁉」
赤木は両拳を握りしめ、光明を映した瞳で体ごと博士に振り向いて尋ねる。
「ああ、そうだぁ」
涙を蓄えがらもさも当然のように答える博士に、赤木は呆れたような褒めたいような複雑な眼差しを向けて手打ちにした。
向かってくる次に大急ぎで備えるために。
衝突時に憂い無し。
問題は最中ではない。
その前と後なのだ。
このプランには、ぶつかる前後への配慮がまったく欠けてしまっている。
うっかり屋の天才に吐き付ける文句を今は飲み込む。建設的に進むしか道は無い。
スマートコンタクトの視界にある瑠璃乃スイッチをオンにしてもなお、変わらない表示もある。
視界下部の端から端に掛かる二つの曲線……地球と大気圏を表した曲線のうち、大気圏にエイオンベートが侵入してからの表示が変わっていない。
大気圏にエイオンベートが入った瞬間、地球に何かが押し寄せてくるらしい。
「これは何ですか⁉」
「え? ……ああ、押し出された高度100㎞からの大気だね。音速どころでないエイオンベートだ。彼は彼に起因して発生する衝撃波すら抜き去るけれど、下敷きになっている大気は凄まじい加速を得て、人にとってはエイオンベートとほぼ同じタイミングで押し寄せる……」
「つまり、二段攻撃みたいなもんですか?」
「……本当にすまないっ!」
自分で解説しておいて墓穴を掘って後悔のドツボにハマった博士はついに地面に額をつけた。
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