第19話 やきもち?


「……なんだかわたし、胸の真ん中がモヤモヤするの。おかしくなっちゃったのかな?」


 切なげに、瑠璃乃が永遠とわに尋ねる。その質問に永遠は面食らう。

 

 瑠璃乃と永遠が共に過ごした時間は丸一日程度でしかない。


 だが、彼女がいろいろな事に疎いのは把握できていた。


 けれど、嫉妬さえ理解できていないのには驚く。


 悲しげに目を伏せて言う瑠璃乃を前に、永遠は戸惑いよりも、彼女と同じように痛みを覚えた。


 彼女が生み出された当時の様子を永遠が知るよしもない。


 ツンデレを強制されて生み出された。


 けれど、瑠璃乃がツンデレであることを望んだ以前のパートナーと何らかの理由によって別離し、瑠璃乃は長い間眠っていた。


 そして相性の良い林本永遠と出会って目覚め、ツンデレではない新しい自分として生きていく自由を手に入れて今に至る。


 永遠が知るのはそれぐらいだ。


 瑠璃乃が過去を自発的に想起しない限り、記憶が無いことに関する話題は彼女に向けないほうがいい。永遠はそう思っていた。


 博士や弥生に尋ねれば聞かせてくれるだろう。


 瑠璃乃の過去を。


 けれど、永遠はそうすることで誰かを傷付けてしまうのが怖かった。

 積み上げた記憶を無いものとして、新しい自分を創ることを選択するほどの何か。

 それはとても大きな痛みであることは間違いないからと考えたからだ。


 それでも想像はしてしまう。


 赤木の話を聞いた限り、ツンデレ然とした性格だったようだが、今の瑠璃乃は永遠の目から見ると素直で純朴に見える。

 幼ささえ感じてしまう。


 しかし、以前のペネトレーターの影響からか、若干苦しいツンデレを演じようとする瑠璃乃を愛くるしいと思うと同時に、永遠は、おこがましいと自覚しつつも同情を抱いてしまった。

 だから、できるだけ優しげな口調で瑠璃乃に語りかける。


「おかしくなんてないよ」


 首を横に振りながら永遠が言う。 


「それはね、自分の好きな……ごほんっ! ……自分にとって嫌いじゃない人が、自分以外の人と仲良くしてると感じる、苦しいけど人間として当たり前のモヤモヤなんだよ?」


「そうなの?」


「うん。だからおかしくなんてない。ヤキモチは普通の証拠なんだよ」


「そっか、そうなんだ。よかった…………っ⁉」


 自分は正常なのだと一安心したのも束の間、瑠璃乃の顔が湯気を伴って赤熱した。

 永遠の言葉の意味をそのまま受け取るなら、自分は永遠のことが好きだということが分かってしまうからだった。


「ち、違うんだからね⁉ 永遠のことなんて大好きなわけじゃないからね⁉ わたしは普通で当たり前で、ただオモチを焼いてただけなんだからね‼」


 真っ赤な顔で、永遠にとってはひどく分かり易いテンプレートのツンデレ的態度でそっぽを向く瑠璃乃に、永遠は困ったように笑って返すのだった。


「お、二人とも仲良いな!」


 隊の準備が完了し、現場で一番の気掛かりである永遠の様子を見にきた赤木が、瑠璃乃との睦まじいやり取りを目にして笑顔で声をかける。


「な、仲良くないもん! ラブラブじゃないもん! 幸せな家庭を作って夫婦墓にいっしょに入る約束なんてするつもりないんだからね⁉」


 瑠璃乃は赤木に囃し立てられたと思い、恥ずかしくなって頬を染める。

 永遠も自分の振るまいが他人に見られていたかと思うと、照れくさすぎて顔中が熱を持つのを感じた。


(どこで仕入れた知識なんだっ、発想が飛びすぎだよ!)

「……あ、いや……あははっ……」


 永遠は、人懐っこい笑顔を向けてくる赤木に対し、苦笑いで返す。


 博士以外の大人の男性。

 昨日の件もあって、永遠にとって赤木の存在は恐怖と親しみが入り交じった複雑な印象となっていた。


(後から考えてみれば、あの時この人は僕を焚き付けるために悪役をやってたんだろうな。今は昨日の冷たい目つきしてないし、むしろフレンドリーに笑ってくれてるけど、怖かったのも事実だし。接し方が分かんないな……)


「仲が良いのが一番だ。じゃあ二人とも、準備OKってことでいいか?」


「うん! 永遠もいい?」


「え⁉ あ、うっ……うん……?」


 赤木の問いかけに、瑠璃乃は元気いっぱいに挙手を。

 彼女に引っ張られるように永遠もしぶしぶ続いた。

 しかし永遠の内心は、いよいよかと恐怖と不安と興奮とで上擦っていた。


「おしっ。エイオンベートが出るまであと少し。出たらここでお嬢ちゃんに相手してもらって、俺達はサポートって流れになる」


 話す赤木の目を直視はできないまでも、頻繁に目を逸らしつつも同時に合わせる努力をする永遠は赤木の背中の向こうに気を取られてしまっていた。

 対神風用地の四隅に配置されたダンゴ虫のような車両から伸びるロリポップキャンディーのようなものについ視線が行ってしまう。


 キャンディーは徐々に光り出し、周囲に向かって七色の膜を発生させた。


 膜は一滴の水滴が作り出す水紋のような速さで、ダンゴ虫型車両を結び、あっという間に用地全体を四方に囲う柔らかな壁を形作った。


(これ、昨日もあったけど何なんだろう?)


「気になるか?」


「え⁉ あ……はい……」


 赤木は立体用紙を表示させ、説明書らしきものを読み上げる。


「え~っと……あれは超高エネルギー周波放出空間振動流体化内包防護膜っつうもんで……まぁ、要するにエイオンベートとお嬢ちゃんが戦ったときに出る破片とか凄い風を遮るためのバリアだな。この囲いの中でならどんなに暴れても外の人達は安全だ。登録されてるもの以外、アリ一匹出入りできないから安心してくれ。んで、基本的にこの中だけで戦ってもらうって決まりになってる」


 戦う。


 この言葉を聞いた時、永遠の中で抑えられていた恐怖が立ち上がってしまった。それが自覚できる形となって身体を小刻みに震えさせる。


 大災害を対処可能な形に変換した姿、それがエイオンベート。


 エイオンベートは人の悪意をもとに生まれ、暴力を振り撒く。


 その暴力に対処するのが、アザレアージュである瑠璃乃の仕事だった。


 そして、アザレアージュの命を繋ぐ食料のようなもの、エルイオンを分泌させ、アザレアージュに分け与えために永遠のようなペネトレーターと呼ばれる人間が必要となる。


 だから自分は必要な存在だ。

 人から求められている。

 喜ばしいことに違いない。

 そうやって気持ちを前向きに努める。

 しかし、恐れ由来の胸の動悸は収まることを知らずに加速し、伴う震えを止める事ができない。


 永遠の異変を感じ取った瑠璃乃はすかさず彼の手を握った。


 素早い調脳支援が功を奏し、ほうきで掃いたように永遠の中の恐怖が小さくなって頭の外に追いやられたように錯覚する。


 だが、乱れた息はすぐには直せない。永遠は汗の滲んだまま、瑠璃乃の方を向くと、ありがとうと苦しげでも笑ってみせた。


 瑠璃乃も、はにかみながら同じように頬笑んで返す。


 落ち着きを取り戻そうと下を向き、目を瞑って胸に手を当て深く息を吸いこんでいると、急に肩に圧を感じた。


 驚いた永遠が顔を上げると、赤木が包むような手つきで永遠の左肩に触れていた。


「怖いか?」


 怯えている永遠としっかりと目を合わせ、何の駆け引きも無しにまっすぐに問いかける。


 やせ我慢で虚勢を張ってみせようかと一度は思う。

 思うも、瑠璃乃という支援があって初めてここに立っていられるという事はハルジオンの人間……赤木には周知のことであり、今更イキがっても仕方ないと、永遠は弱々しく正直に頷いた。


「……そりゃそうだよな。当たり前だ」


 永遠の返事を、赤木が全面的に肯定するように眉を寄せて笑う。


「昨日のことで分かってると思うけど、この仕事は命の危険を伴うことも多い」


 視界に入っただけで死を予感させる圧倒的な存在。エイオンベートの恐怖を身を以て知る永遠には、それが脅しや誇張でも何でもないことが身に染みていた。


 怯えているから落胆させてしまっていないか。

 そう思い込んでしまう永遠は、目を合わせて語りかけてくる赤木からスッと視線を外してしまう。


 赤木はそれでも永遠の瞳をしっかりと見据え、腰に両手を当て、少し誇らしげに胸を張ると、


「でも安心してくれ。持てる全部の力をもって、手の届く限りの全ての人を守るのが俺達の仕事なんだ。その中には当然、永遠、君も入ってる」


 強い決意。それに近いものを永遠は赤木の言葉から感じた。


 博士のように背丈が高い訳でもなく、隊員のように逞しい訳でもない。

 極めて一般的な中肉中背の男性に、とても大きな頼りがいのようなものを覚えた。


 何より、真摯さや誠実さを優しげだが芯のある口振りの端々から受け取ることができて、心地良さまで覚える。


「……エイオンベートを倒せって言われりゃ荷が重いけど、お嬢ちゃんをサポートして、誰も傷付けさせないことぐらいなら俺達にも何とかなるからさ」


 このままでは失礼にあたると、永遠は伏していた目をゆっくりと上げていく。


「だから、俺たちは君が全力でお嬢ちゃんを応援できるよう、全力で君を守る。だから永遠、お嬢ちゃんのことは頼むな!」


 赤木と向き直った瞬間、彼は、はつらつとした屈託の無い笑顔を永遠に向ける。信頼を言動すべてをもって示す笑みだった。


 その笑顔に永遠は釘付けになる。

 後ろ向きな腹の内が晴れていくようだった。


 瑠璃乃を託された。

 赤木の言葉を受けて、永遠のなかに責任感のようなものが芽生える。


(そうだ。僕には支えてくれる人達がついてくれてる。僕を当てにしてくれてるんだ。今日だけ、今だけでも頑張ってみよう!)


 そんな思いが永遠の芯を堅くする。


 同時に、昨日から抱いていた赤木への恐れは払拭され、覚悟は定まってないし、緊張で呼吸も乱れてしまっているが、彼からの信頼に応えようと、何とか気丈に汗の滲む頭を強く速く二回、縦に振ってみせる。


 パートナーが自分の支援とは違う方法でも心を強く持てた。

 瑠璃乃はそれが嬉しくて永遠の後ろで穏やかに笑う。


「おし! その意気だ」


 勇気で応えてくれた永遠に、赤木は白い歯を剥き出しにした満面の笑みで返して力強く頷くと遠くを、神風対処用地の外の山の向こうをジッと見つめた。


「……そろそろだよな。しきじょ……博士ーー! もう時間ですかーー!」


 呼びかけてくる赤木に答えようと博士が振り向きかけた時、トレーラーの隣の簡易観測スペースの機器が反応を示した。

 

「エルイオン・レジリエンス確認。柱が立ちます」


 弥生が、幕が上がったことを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る