第17話 陰日向でしか咲けなくても


「それで、出現時刻は分かりますか?」


 災害を人類が対処可能なかたちに変換した処理対象〝エイオンベート〟。

 それがいつ出現するのか赤木が式條に尋ねる。


「18時間前に発生した大規模フレアの第一波は静止軌道上のエルイオンと接触し、宇宙空間にエネルギーとして蓄えられている。遅れてきた放射線も同じだ。一番の問題であるコロナ質量放出CMEも間もなく同じようにエルイオンによってエネルギーの塊として局在するだろう」


 赤木は自分でも自覚するほど体育系で、式條と今まで仕事を共にしてきても小難しいことは最低限しか理解できていない。

 それでも自分のするべきことをしっかりと務めていれば何とかやってこられた。

 そんな根拠のない自信のようなもの、確信に支えられた赤木は、


「で、この後すぐに昇り立つ柱を吸い上げて、エイオンベートになる……ですね?」


 理屈ではなく、体験したことを実感として捉えて推測する。


「ああ。磁気嵐の強さはG5。10分程度後に、貯留されたエネルギーを解放し、とても強力なエイオンベートが現れる」


「大きい地震のよりも?」


「今回に限っては断言できるほどに」


「じゃあ、よっぽど強いアザレアージュじゃないと無理じゃないすか? ……あっ、そうか。それで式條さんが居るのか」


 今日の仕事に出向く際、なぜ式條達がいっしょなのかと疑問に思っていた赤木は納得した。


 比較的規模の小さい災害のエイオンベート化に対処する際、乙職雇用のペネトレーターとアザレアージュを一組、そしてそれを対特殊自然災害部隊が支援するというのが通例だ。


 これは万全の体勢で、業務発足当初からペネトレーターに死傷者は出ていない。


 だが、強大な威力を擁するエイオンベートに対処する際には、それに見合った力を持ったアザレアージュでないと太刀打ちできない。


「ああ。瑠璃乃のリハビリも兼ねたいんだ」


「お嬢ちゃん、昨日起きたばっかですもんね。そりゃ親代わりとしては心配になりますね。分かりました! 不肖この赤木と部隊員、全力でサポートさせていただきます!」


「「「不撓不屈、粉骨砕身で励みます!!!」」」


 瑠璃乃の力になることを誓うように赤木の部隊は全員で気勢を上げる。


「はは、ありがとう。本当に頼もしいよ。それに君たちなら頼りになるというのはもちろんだけれど、あの子、永遠の事もあってね」


林本永遠はやしもととわくんですね?」


「ああ。実は彼、昨日は3年ぶりの外出だったんだ」


「伺ってます」


 赤木は永遠の顔を思い出し、例え演技だったとして、泣くまで永遠を追い詰めてしまったことを申し訳なく感じて胸が痛んだ。


「つまり瑠璃乃を除くと、大きな不安の中で間近に接触した他人は、弥生君と君達と僕だけになる。だから今回も招集の際、少しでも彼の不安を取り除くため、出来るだけ見知った人間の方がいいと考えて君たちに集まってもらったんだ」


「なるほど。確かにその方が彼も気が楽でしょうね」


「ああ。だから僕も……いや、私は――」


 式條が着ている大げさに羽織り直し、眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げると、


「――私は今から博士になる!」


 奇妙なポーズで言い放った。


「……なるほど。取っ付き易さは出るかもしれないですね?」


 いきなり妙な行動に出た式條に呆気に取られながらも、その意味をすぐに理解した赤木がとりあえず肯定してみる。


「ああ。永遠も昨日、この役作りで心を開いてくれたしな! と言うわけで赤木君! みんな! 今から私のことは式條ではなく、博士と呼んでくれ!」


「「「サー、イエッサー・博士!!!」」」


 赤木が返事するよりも早く、式條の考えに共感するところがあるのか、隊員等が目を燦々と輝かせて叫んだ。


「お前ら、こういうのホント好きだよな」


 部下を呆れ気味に見てから、赤木はこれからの作戦でのキーパーソンとなる人物が少なくとも目の届く範囲には居ないことに気付く。


「……ところで、その永遠なんすけど……来てくれますかね?」


 昨日の永遠の怯えようを間近で見ていた赤木が探るように口にした。


 耳にした式條はゆっくりと上を見上げる。春の恵風で彼の白衣が一度大きくたなびいて再び纏われるまでの少しの沈黙の後、


「……来てくれる。僕はそう信じている」


 強い想いを乗せて、博士は答えた。


「……負債があるから?」


「それもあるけど、彼の責任感を信頼しているからかな」


「責任感?」

 

「ああ。そもそも社会との接点を取り戻し、役割を持ちたいと願い、現在の自分に負い目を感じていたのは、親御さんや目に見えない漠然とした社会という概念への負い目があったからだと思うんだ。それは彼が意識しないところで利他的に振る舞える証でもあるんだよ。常に身の回りの視線を気にして怯えていたとしても、周囲に気を配っていることでもあるからね」


「必要以上にビクビクしてて、正直こっちも接し方に困りました。自分の頑張りを自分で認めて自分で褒めて、もっと胸張ってシャキッとしろとも思ったんすけどね」


「そうだね。でも、自身の特性を認め、長所を肯定することは彼にとってとても難しいことなんだ。だから瑠璃乃と僕らに力を貸してくれる感謝として、彼に相応しい役割と適切な環境を用意したい。たとえスポットライトの当たらない立ち位置だとしても、そこで出来る限りのびのびと生きていってほしい。瑠璃乃と一緒に沢山の経験に触れてほしいんだ」


「なるほど……」


 博士の言葉を耳にして、赤木が目を細め、伏し目がちに継いでいく。


「たしかに日陰者かもしれません。けど、あの子達ペネトレーターと接していて、いつも思います。陰日向でも咲けるなら、それこそ彼等の適材適所だって。縁の下の力持ちだって自覚できるときがくれば、負い目や後ろめたさはきっと自信に繋がっていってくれますよね」


「ああ。おっしゃる通りだ。昨日、永遠は僕らの願いを聞き届け、瑠璃乃を助けてくれた。エイオンベートに立ち向かい、瑠璃乃にもう一度人生を与えてくれた。それは彼の誠実さや責任感によるところが大きい。誰の目にも触れないが、僕や瑠璃乃にとっては、まさに陰の立役者だった」


「発破かけるためにキツいこと言っちゃいましたけど、持ち直して頑張ってましたもんね」


「だろう? だからこそナイーブで、世間の目やプレッシャーに押し潰されてしまうし、自分を追い込みすぎて極端な人見知りになってしまうところもある。僕らが彼の報恩心を利用してるようで心苦しくもあるけれど、誰かの役に立ちたいと思える優しさを持てることに素直に自信を持ってもらいたいんだ。そうすればもっと楽になれると思うから……」


「そうっすね。当人にとっては目まぐるしいほど忙しくなるだろうけど、それが一番ですね。よしっ! あの子が縮こまらないでもいいように、俺たち大人が支えられるとこは支えましょうか!」


「ああ。頼めるかい?」


「もちのろんっすよ! それはそうと博士、忘れてますよ」


 決意を共にして笑い合った後、赤木が指摘する。


「ん?」


「キャラ、キャラ」


 指摘を受けて博士は慌てて白衣を翻し、ヘンチクリンなポーズですっかり忘れていたキャラクターを掴み直すのだった。


 そんな博士のボロが出過ぎる演技に不安を覚えていると、




「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~!!!」




 赤木の耳が何者かの声を拾った。まだ幼さを残すような少年の声。


 耳を澄ますと、その声がどこかで聞き覚えのある冴えない情けない叫び声だと分かった。


 それはだんだんと近付いてきて、赤木が

「あ、これ、永遠の悲鳴だ」

 と思い出した瞬間、空から地面を陥没させる衝撃を伴って、瑠璃乃が用地に降り立った。


 大事そうに瑠璃乃にお姫様のように抱きかかえられている永遠の口からは泡がはみ出ている。


「林本永遠、瑠璃乃、ただいま飛んできました!」


 永遠を抱えたまま、瑠璃乃が元気いっぱいに報告する。


「お! 来たな、お嬢ちゃん」


 泡を吹いている永遠を横目に見つつ、赤木は、まず瑠璃乃を歓迎した。


 続いて、瑠璃乃の派手な着地で発生した破片をスネに受け、のたうち回っていた博士が、のたうち回らないで済む程度まで回復した後、地面に横になったまま涙目で彼女を褒め称えて迎える。


「さ……さすが瑠璃乃だ……時間通りで、私はとても誇らしいッ!」


 褒められた瑠璃乃は満面の笑みでVサインを作る。


 日陰者が、彼等の舞台にて、舞う。

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