第二章 最強の一角は空色の瞳から流れることのない涙を零す

第16話 はじめるときはいつだって笑顔で

 巨大だが軍用機のように無骨ではなく、どこか柔らかい印象を受ける輸送機が、広大な対神風用地に音も無く空やってきて、音も無く大地に降り立った。


 着陸と共に輸送機のハッチが開き、中からいかにも頑強そうな黒の防護服、黒鉄の鎧といってもいい装備を身に纏った20名程の巨漢達が姿を現した。

 手には馬上槍試合ジョストで用いられるような巨大な銀色の槍を携えている。

 ハルジオン社、対特殊自然災害部隊の隊員達だった。


 全員が輸送機の前に展開を終えて整列すると、一番最後に隊長の赤木が顔を出した。


 一人だけ制服に袖を通したままの彼は、空の上に待機している飛空挺にも気を配りつつ、用地にベコベコのトラベルトレーラーを確認すると、先に到着して待っていた式條のもとに向かって走り出す。


「お疲れ様です! チーム赤木、到着しました!」


 気持ちの良い声で挨拶と報告をすると、隊員達も続いた。


「ごめんよ? 二日続けて呼びつけてしまって」


 式條が苦笑いしながら歓待し、詫びる。


 赤木以外の全員がサイボーグで、身長は2メートルを軽く超える巨躯を誇る隊員達。

 彼等に比べても引けを取らない背丈の式條だが、まるで大木と枯れ木ほどにたくましさに違いがあった。

 そんな人が申し訳なさそうに詫びるものだから、赤木達はどうしても恐縮してしまう。


「いえ、人と街を守る仕事ですから苦になりませんよ! なぁ、お前ら?」


「「「はいッ!!!」」」


「ははっ、頼もしいね」


 まるでよく統率された軍隊のような一糸乱れぬハツラツとした隊員らの返事に式條は頼もしさを感じた。


「あはは、すんません。俺達は一会社員で軍隊じゃない。だから普通にしようつってんのに、こいつら何回言っても直さないもんで……」


「「「だって格好良いじゃないですか!!!」」」


「あ~~はいはい。そうだなそうだなかっこいいな」


 もう態度を変えさせるのは諦めている。そんあ風に呆れつつ、赤木が自分の部下を生暖かくも優しげに一瞥していると、トラベルトレーラーから式條の助手、弥生が顔を出した。


「赤木さんにみなさん、こんにちは♪」


 穏やかな雰囲気を醸し出す見目麗しい弥生の姿に、赤木が和やかに挨拶と会釈するよりも速く、隊員たちが反応した。


「「「こんにちは!!!」」」


 それに若干イラッとしながらも、赤木は部下に負けじと改めてハツラツとした挨拶をする。


「こんちはっす!」


「はい、こんちはっす♪」


 赤木の口調を真似ながらトレーラーから弥生が降りてくる。

 彼女は、色も形も不揃いの湯飲みやマグカップを載せた銀色のお盆を持っていた。どうやら皆へお茶を持ってきたらしい。


「粗茶ですが♪」


 弥生は赤木の前で止まると、満面の笑みで大きなお盆をほんの少しだけ掲げた。


 瞬間、部隊全員の顔が引きつった。皆、この厚意で差し出される飲み物がとてつもなく高カロリーで、途方も無く甘いことを知っているからだ。


「あ、ありがとうございます……。いた、いただきますね……」


 引きつりながらも笑顔を崩さず、赤木は弥生の厚意に応えてみせると、彼女は嬉しそうにスキップしそうな軽やかな足どりで今度は隊員達に湯飲みを配っていった。


 全員に行き渡ると、赤木の合図に部隊員全員が意を決して一気に湯飲みを傾ける。

 甘いものを口にしているのに、誰もが苦虫を噛み潰したような表情を作らざるを得ない。そんな飲み物だった。

 が、弥生が穏やかに頬笑んで見ているものだから、部隊員皆は沸き起こる衝動を噛み殺し、満足そうに笑いながら粗茶を制覇した。


 誰一人むせる者も吐き出す者もいなかった。赤木は逞しい部下たちを誇りに思うのだった。


「ごちそうさまでした。弥生さん」


「「「美味しかったです!!!」」」


「ふふふ、お粗末様でした。おかわりあるから欲しい人は言ってね?」


 笑顔を申し出に皆の顔が青冷める。


 まずい。次は負傷者が出る。そう判断した赤木は、


「結構です! 腹パンパンですから! それより仕事しなきゃな、お前ら⁉」


「「「いっ、イエッサー!!!」」」


 チームワークを発揮して危機を回避しようと試みる。


「そう? じゃあ今回もいっしょにがんばりましょうね♪」


 弥生は皆の湯飲みを回収してから車内にお盆を戻し終えると、トレーラーの脇に設置してあるパラソルの下、木製の机の上に古めかしい機械類が何個か載った簡易観測設備の簡素なチェアに腰を下ろした。


 助かった。隊員達は失礼だと理性で思いながらも本能で安堵していた。


「遠慮しなくていいんだよ?」


 人心地吐いた赤木の横で、式條が涼しい顔して粗茶をグビグビ飲んでいる。


「……よく虫歯になりませんね?」


「ん?」


「いや、何でもないです。……ところで今回のエイオンベートの元は何ですか?」


 赤木の眼差しが真剣なものになる。式條はそんな彼を有り難く、頼もしく感じながら空を見上げた。


「太陽からの磁気嵐だ」


 式條に見倣って赤木も首を上げる。式條の言うとおりならオーロラが出ているのではないかと目を凝らしてみる。しかし、空は気持ちよく晴れているばかり。


「赤木君。地球が活動期や気候変動期に入ったのは知っているかい?」


「はい。だから地震や異常気象がバカみたいに多いんですよね?」


「ああ。それに伴って地球の磁場も無視できない程の増減を繰り返してるんだ」


「だから、超射程のレールガっ……電磁工作機を使う時は、本社の親機のサポートを受けるように指示が出てるんですね?」


 つい不用意に口を滑らしてしまった赤木は自分の迂闊さを悔いた。

 面倒くさいことになると。 

 だから式條との話しの腰を折らないように自分のポカを無かったことにして強引に話を続けようと試みるがーー


「失礼ながら隊長! 自分達は国から一任されていると言っても、一民間企業の社員であり、兵器など絶対に持ち合わせておりません!」


「自分達が相手にするのは怪獣ではなく、特殊自然災害である神風であり、自然災害に兵器を運用することはありえません!」


「使用するのは、あくまで瓦礫・障害物破砕用工作機器と防護膜であり、戦闘機や戦車などどでは決してないのです!」


 最初から話す順番が決まっていたかのように順々に次々と、部隊員から隊長である赤木への進言が飛び出した。


「ここに駐機している輸送機もあくまで輸送機であり、上空に待機しているものも社の業務で使用される花火を積む以外、何一つ武装の施されていない、ただの民間機であります!」


「仮にハルジオン社が兵器を運用していると報道されれば、世論や配信者、朝とお昼のワイドショーから大バッシングであります!」


「「「つまり!!!」」」


 隊員等全員が姿勢はそのままに、一糸乱れず顔だけ赤木に向けられ、


「「「隊長、迂闊であります!!!」」」


 いっせいに赤木隊長に爽やかに言い放った。


 隊長から一本取った。揚げ足を取ることに成功した隊員等は得意げだ。


「うっせーバカ! 分かってるよそんなこと! ちょっと口が滑っただけだろうが……すいません式條さん、続きをお願いします」


 なんて面倒くさい部下達なんだ。赤木は隊員等の態度に若干イラつきながら、式條に話を続けてもらうよう困り笑顔で詫びた。


「うん。実に良いチームワークだね。……活動期に入った地球は敏感だ。それだけじゃなく、今回のような嵐が直撃すれば電子機器を破壊し、大停電を引き起こすような大災害となってしまう」


 説明を聞きながら、何か疑問に思ったことがあるのか、赤木は伏し目がちにアゴに当てていた拳を外すと、


「でも、倫理条約加盟国ってオクミカワ機構の機械使ってますよね? どんな極限環境でも、たとえレンジでチンの最中でも動くってのを売りにしてたような」


「その通り。でも、守られるのはオクミカワ機構だけなんだ。前時代の機器でインフラを保っている国は大変な被害を被るだろう」


「なるほど。ハルジオンの契約国以外でも、人のピンチを見て見ぬ振りは出来ませんもんね」


「反対するかい?」


 穏やかに真意を訊いてくる式條に、赤木は頭を横に振ってから、拳で力強く胸を叩き、自分の意思を示した。


「いやいや、俺、地球を守るヒーローに憧れてたんで全力で賛成っすよ! ……けど、これ、社長には言いました?」


 自分は何の問題も迷いも無く式條に賛成だが、社長に同じ事を訊けば必ず違う答えが返ってくるはずだと赤木は確信していた。

 しかも、とても否定的に。

 場合によっては嘲笑われ、事後に請求書を突き付けられる可能性さえ感じていた。 

 だから式條を気遣ってしまう。


「差し出した手を、恩ととるか、侮辱とみなすか。情けをかけた末に銃口を向けられたその時、お前は黙って撃たれるのか? ……と前に訊かれたよ」


「……なるほど」


「でも、知ってしまった以上、撃たれることも、見て見ぬ振りもできないさ」


「そうですね。おごる訳じゃありませんけど、守れるもんは守らないと気持ち悪いですもんね」


「ありがとう、赤木君」


 式條が頬笑むと、赤木も白い歯を覗かせて笑った。

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