第15話 当て逃げしてたってなったらどうする?

 赤木の言葉に、青山の目が大きく見開かれる。

 

 だが、わずかの時間で驚きを自分の中で処理すると、


「なるほど。国を抑え込んだのは社長か。どうりで身内にも伝わってこないはずだ」


 見当をつけて呟いた後、青山は制服の内ポケットに手を伸ばして携帯端末を取り出し、いくつかの立体画像を空中に表示させた。


「……昨日11:04。国籍不明の物体が大気圏を脱出したのが探知されてる。

 それは第三宇宙速度を大きく超えて地球を飛び出して月方面へ向かった。

 ただ、それとは別に、その物体から分離してその場に留まったエルイオンの痕跡らしきものの大気圏再突入をうちのセンサーが感知していた。

 うちの衛星でも捉えきれない程の超高速……推定時速100万㎞以上だったもんだから、センサーと衛星の誤作動じゃないかと疑ったよ。

 けど隕石にしては速過ぎるし、一応エイオンベートの線も探ってたみたが……なるほどな。お嬢様が起きたっていうなら納得だ」


「ああ。その時のお嬢ちゃんは起き抜けホヤホヤ。ペネトレーターの子とも接触する前で、世界に存在が定まりきれていなかった。だからセンサーの感度もぼやけたんだろう……って式條しきじょうさんが報告してくれた。速過ぎるってのもあるけど、だから観測網にも引っ掛からなかったんだろうな」


「ってことは星の彼方へ飛んでいったのは揺りかごだよな?」


「式條さんの車の天井に大穴空いてたから、たぶんそうだな」


 赤木の肯定に、青山は眉間を軽く寄せてから鼻から一つ息を大きく吐いた。


「それが、うちの全地球測位網に補則されたみたいでな」


「機密でもあるまいし。観ても観られても減るもんじゃなし。別にいいじゃねえか」


「それだけならな。けど、当て逃げしてたってなったらどうする?」


「当て逃げっ!?」


 不穏な言葉に赤木が声を張り上げてしまう。


「……壊したのか?」


「ああ。擦った程度じゃないらしい」


 青山の言い方に赤木が眉をひそめる。


「HBTSS衛星コンステレーションのうちの一つをしっかり凹ませてる」


「コンステって、うちが新しい観測網出したから、すぐにお払い箱になったやつだよな? なら問題ないだろう」


「あるんだよ。前大統領のレガシーだからな。お前だってクラスの寄せ書きに部外者が落書きしたら嫌だろう?」


「確かに」


 納得せざるを得ない理由に赤木が頭を抱える。だが、これ以上、懐をざわつかせないために赤木は青山に持ちかける。


「こう……友達割引きみたいなので、お安くなったりしない?」


「友達である前にお客様だ。そんな言いわけ通用すると思うか?」


「……たしかに」


 そう言われればそうでしかない。赤木は黙って身銭を切る事を考慮した。


「それで、うちに苦情がきたんだよ。センサー衛星のオクミカワ電池をメンテナンスしてたとか何とか誤魔化しておいたが、できればこういう事は事前に申請しといてくださいって、お前から式條さんに言っておいてくれよ」


「おまえが直接言えよ。嫌な顔するような人じゃないだろ?」


「それでもいいけど、間の抜けた顔したお前が言ったほうがいいだろ? あの人キツイこと言うと分かり易くへこむからさ……それ見ると、こっちが悪いようで気が引けるんだよ。こう……心も体もポキッと折れちまいそうで」


 二人は、お叱りを受けて傷心の式條氏を思い浮かべた。イメージの中で、彼の細長い体が中央から気持ちのいい音を立てて折れていく図が想像された。


 赤木は、さもありなんといった顔で目を瞑る。


 そんな折、


――ピンポンパンポ~ン――


 ありきたりな呼び出しチャイムが社内に木霊する。


『用務員の赤木さん。アザレアの花が届きましたので、花壇への移動をお願いします』


 それは対エイオンベート作戦の開始を、観光客など伝わらないように、広大なジオフロント内に点在する関係者にだけ届ける隠語のようなアナウンスだった。


 今回の場合、呼ばれたのは赤木なので彼の部隊が対応することになる。


 赤木は弥生から送られてくるエイオンベートの出現地点をスマートコンタクト越しの視界で把握すると同時に、対処目標の脅威度から適切な装備を選択し、隊員に選択した装備を身に付け、格納庫で待機するよう指示を送った。


 普段は割と締まらない顔つきなのに、仕事となるときちんと隊長としての顔に素早く変わる。

 そこに頼もしさを感じつつも青山は、


「ところでお前、暇なとき公園によく出没してるんだって?」


「ん? ……ああっ! あそこは景色も特別良いし、書類作るにも弁当食うにも持ってこいだからな。最近じゃ、用務員のおやじさんと仲良くなっちまって、花壇の手入れとか掃き掃除とか、草むしりも手伝ってるぜ」


 やっぱりな。青山はそういった顔で鼻でひとつ息を吐くと、


「知ってるか? おまえ、そんなことばっかりしてるから観光客はともかく、社員にまで本物の用務員だって思われてるぞ?」


「マジで⁉」


「ああ」


 赤木はショックを受けた。そしてすぐ目をぐるぐる回して慌てだす。


「まずい。こんなことが社長の耳に届いたら、ただでさえ評価低いのに、このままじゃ本当に極寒でふんどし締めて聞いたことないデザートを作ることに……」


「ふんどし? ……まぁいいや。悪いな。お前より先に高給取りになっちまって」


「まだなってねえ! そう言うお前はどうなんだよ! 俺とおんなじように、いろんなところを行ったり来たりしてるだろう? 公園でも見たことあるぞ⁉」


 皮肉たっぷりの青山に赤木は八つ当たりにも似たものをぶつけた。


「ああ、俺の場合はどこ行っても女性から引っ張りだこで、おまえとは別の意味で有名だ。悪いな。生まれつき顔のつくりが良くて」


 得意げに自分の整った顔を見せつけてくる青山に対し、赤木のコメカミに青筋が立った。

 全面ガラス張りの廊下には日差しがキラキラと降り注ぎ、まるで青山自身が輝いているように見えるものだから、一層赤木は頭にきてしまう。


「うっせー! 俺は仕事に生きるんだ! 今だって、お前みたいなエセハンサムに付き合ってる場合じゃないんだよ! じゃあな!」


「俺の顔のつくりが良いばっかりに怒らしちまって悪いな。生きて帰ってこいよ~~」


 顔を真っ赤に地団駄を踏んでから、ドスドス足音を立てて走り去る赤木を青山が見送る。

 

 赤木は振り返らず、親指を立てることで返すのだった。

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