第14話 呼び出し先生四月一日。しくじり先生赤木。ナイスガイ青山。

 ハルジオン社・対特殊自然災害部隊隊長、赤木駿一郎は、とても平常心ではいられなかった。


 社長に呼び出される。


 その意味するところに激しい心当たりがある赤木は、社長室に入る前から気が気でなかった。 


 社長室に入ってからは、滅入った気が体にも表れた。


 背中に落ちる汗が滝のよう。

 が、自然豊かなジオフロント全景を見渡せる社長室内から外を眺める社長の後ろ姿を目の前にしている今はもう、出てくるものは冷えた汗ばかりになっていた。


 二人になりたいと社長の四月一日わたぬきは秘書の七尾を退室させた。

 去り際に社長をキッと睨み付けた後、七尾は赤木に目礼していったが、赤木にとっては出て行かないでくれというのが本心だった。


 入室してから社長のデスクの前までやってきてしばらく経つのに、社長は何も喋らず、ただ景色を見下ろしている。その状況が冷や汗の噴出に拍車をかける。


「……赤木くん」


 赤木に背中を向けたまま机の前できれいに直立する彼の名を、四月一日が前触れなく呼ぶ。


「っはいッ⁉」


 赤木は急に破れた沈黙にビクつきながらも、背筋も腕と脚の先端までも張り詰めて応える。


「寒いのは平気かい?」


「……寒いのですか? 冬より夏の方が好きですけど、冬の早朝ランニングは嫌いじゃないですね。こう、身も心も引き締まるようと言うか……ハハハッ……」


「そうか。それは良かった。……ところでね、赤木くん。前に話した南極支部の件なんだけどね」


 赤木の肩が跳ねた。そして動かなくなる。


「どっかの誰かさんが隊長を務める部隊がやらかしたヘマのせいで、どっかの誰かさんが隊長を務める部隊の全員を南極支部の缶詰工場に転属してもらおうかって話なんだけどね」


「……は……い……?」


 窓辺に立ち、背中を向けて語りかけてくる社長を見ている赤木の額から汗が一筋落ちてくる。それは瞬く間に幾筋もの流れになっていった。


「その話、なくなったよ」


 瞬間、赤木が体全体で安堵を示した。

 分かりやす過ぎる婉曲な言いようの誰かさんに激しい心当たりがあった赤木は、気が抜けたように脱力しながら返事を返す。


「そ、そうですか……ハハっ……」


「うん。何でも従業員募集のチラシ見て、現地のアザラシが一族総出で押しかけてきたらしくてね。断るのもなんだし雇うことにしたってさ」


「それはその、ほほ笑ましいです……ね?」


「そうだろ? はははっ」


 ほほ笑む四月一日に合わせ、赤木も引きつった愛想笑いを浮かべる。


「で、違う話なんだけどね。なんでもアラスカの友人が、アンカレジで 〝震えて凍えてアッチッチ! 熱血! ヤイサホー漢祭り! ここってセクシー売ってます?〟 をコンセプトに、ふんどしにウシャーンカしか被ってないシェフがコールドストーンアイスをアラジーで挟んだスイーツにして野外で実演調理するオープンカフェをやりたいらしくてね?」


 赤木の肩がまた跳ねる。

 情報量の多さはさて置き、彼は知っていた。

 その場所がどれだけ過酷な地なのかを。

 谷底から引き上げられた瞬間、また勢いよく突き落とされた気分に、赤木は青くなっていた。


「誰か紹介できる人達はいないかなぁ? あ〜~何だか心当たりがあるようなないような……」


 四月一日は、わざとらしく悩むふりをして額を指で叩いた。ちょくちょく赤木を振り返って見るものだから、赤木は生きた心地がしなかった。


「おやぁ? そう言えば、どこかの誰かさんは冬の朝のランニングが好きだったって言ってたようなぁ?」


「……そんなとこ走ったら死んじゃいますよね?」


「止まらなければいいだけのことだろ?」


 四月一日の放つジョークと真実の境目がいまだに分からない赤木の背中は冷たい汗でじっとりだ。


「そんなところで働くのは、どっかの誰かさんみたいな体育会系の熱血漢のヘボ隊長でも厳しいだろうなぁ。その部下達みたいなサイボーグでも生体部分は凍っちゃうだろうなぁ。でも、友人の役にも立ちたいたいしなぁ……」


 腕を組み、悩むふりをする四月一日が赤木に歩み寄っていく。


「あぁ、もし今度10億を超えるような損害が出たらつい、本当につい、世界一丈夫なワイヤーを壊してしまうような、どこかの無能部隊を紹介してしまいそうだなぁ……」


 冷たい笑顔で四月一日が赤木の眼前まで迫る。


 そして、何かに耐えるように唇をきつく結んで呼吸を浅くしている赤木の肩を叩くと、


「……次はないよ?」


 耳元に冷え切った声で囁いたのだった。






 社長の脅しのような最後通告に全身の血が凍るような錯覚を覚えながら、赤木が社長室の扉から出る。


 精根尽き果てたように放心して、もはや口から魂魄がはみ出ているような始末だ。


 そんな哀れで情けないような格好の赤木に、彼と同じ年代と思われるハルジオンの制服を身に纏った男性が、扉から少し離れた壁にもたれ掛かりながら赤木を出迎えた。


「よぉ。やらかしたんだって?」


 赤木の同僚、青山だった。


 四十路の実年齢より若く見られる赤木に対し、青山も若々しさにおいて負けていなかった。


 スラッとした長身にフィットしたスーツが彼のスタイルの良さを際立たせている。

 端正で男前。色男という言葉は彼のために存在しているようなハンサムでイケメンでナイスなガイだった。


「やらかしてない! ただ、壊しちまっただけだ」


「充分やらかしてるだろ。で、壊したって、何を?」


「……捕縛アンカー装備一式」


「はぁ? 捕縛装備一式っておまえ。世界で一番丈夫な代物を誰がどうやって壊すんだよ」


「いくらCNTの20倍丈夫でも、限界が来れば千切れる。それだけだ」


「千切れるって、相手はどんなやつだったんだ?」


「巨人型」


「そんなありきたりなやつにやられたって……整備の不備か? おまえがよっぽど間抜けなだけなのか」


「うるせぇよ!」


「図星だからって怒るなよ。まあ、相手の武器がゲンコツだけだったってなら笑い話だけどな……」


 まさかそれはないだろうといった様子で言う青山を前に、赤木は目を逸らし、無言にて応える。

 いや、応えるつもりはないのだが、結果的にあからさまに沈黙は事実を語ってしまっていた。


「…………ぷっ」


 少し間を置いて青山が吹き出した。


「笑うなバカ!」


「はははっ……あぁ、悪い。そんな相手に不覚を取る部隊なんて聞いたことなかったからな。良い前例になってくれてありがとよ」


「本気で怒るぞ⁉」


「怒るな怒るな。まぁ、腐っても鯛なのがお前らだ。山みたいにデカいのが相手だったんだろ?」


「……20メートルくらい」


 赤木の呟くような申告を受けて、青山が心配からなのか哀れむような目で赤木を見遣った。


「そんな目で見んな! ……大きかったんだよ。マグニチュードが」


「どれくらいだよ?」


「変換前数値で8,5」


「8⁉ マジかそれ⁉」


「ウソついてどうする」


「8ってお前、在宅の奴ら全員招集、社の部隊も全部集めて、広範な被害を防ぎきれないから太平洋上で対処。場合によっちゃあ、統合作戦司令官にお伺い立てて、国防機の強制エスコートが付くような奴だぞ? 滅多に出るもんじゃねえ」


「出るときには出るんだよ」


「と言うか、お前よく無事に帰って来れたな? 歩くだけで隕石並のクレーター作るようなバケモノだぞ?」


「式條さんの話だと、再生能力に特化した奴だったらしくてな。俺達にも本気で反撃してくる素振りは無かった。片手間に相手してもらってた感じだよ。それにペネトレーターの子が気張ってくれたし」


「……そもそもの疑問なんだが、お前が寝ぼけてないとして、ペネトレーターとアザレアージュの大規模招集での作戦なんて聞いてないぞ?」


「そりゃ聞いてないだろうな。そんなのなかったし」


「……話が見えないな」


「言ったままだ。一組のペネトレーターとアザレアージュが気張ってくれただけだ」


「冗談言うなよ。そんな本物のバケモノ相手に単独で戦えるアザレアージュなんて――」


「――お嬢ちゃんが目を覚ました」


 話を遮って告げられた赤木の言葉に、青山の目が大きく見開かれる。


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