第13話 宛てもなくはないけど彷徨っていた。手がかりもなくもないけど探しつづけた
立派に社長業を務める
式條は気後れして、後ろめたくてしょうがなくてメソメソとしてしまう。
そんな彼の背中を弥生が小さく優しく叩く。それは後押しだった。
そうだ。あの子たちのためにビクビクしていてはいけない。式條は後押しを受けて、足を踏み出すことをなんとか選ぶことができたのだった。
「いっ……いや、その……きっ、きききっ昨日の事でね、もの凄い額の支払い義務を背負うことになってしまってね……彼……」
「もの凄いって、何があったんだよ? 周辺地域やお隣さんに被害出したのか?」
「被害は出してない。けど拘束装備が壊されてね……」
「拘束装備が? どんな化物相手にしたんだよ?」
「8クラスだった」
「8かぁ……なるほど。それで瑠璃乃が必用になったってのもあるんだな?」
「ああ。もちろん彼の社会への帰属欲求と、瑠璃乃のタイムリミットが迫り、二人のアイデンティティの一致が第一だった。でも、そのクラス相手だと瑠璃乃のように際立った能力を持ったアザレアージュでないと対抗できないのも事実だった」
「で、ようするに、永遠って子の報酬を、すぐに支払額が帳消しにできるほど増やしてほしいってことだな?」
「……ああ。うん。そう……だね」
「甘いな。お前が普段飲んでる口に入れた瞬間に虫歯を覚悟するジュースにガムシロップドバドバぶちまけるぐらい甘ったるい」
吐き捨てられる拒否の意思。
「それは……美味しそう……だね」
四月一日のお叱りに不覚にも心の中で「それ飲んでみたい」と本気で思ってしまった式條の背中を弥生が今度は強めに叩いた。
「普通より弱いから……うちが定めた弱者だからって何でも大目にみる訳じゃない。むしろ、だからこそケジメはとらせる。俺がそういう人間だって知ってるだろ? 誰であろうと区別なく、返すものは返してもらう」
「そ……そうだね……返さないといけないね……お金は……ははっ」
言い放つ四月一日に、式條はこれ以上食い下がれないでいた。その頼りない背中を、弥生が
彼等の様子に四月一日に不安が過ぎった。
「……なぁ、魁。そもそもお前、うちの在宅になるってなった時、永遠って子にきちんと契約書見せたか? 読ませたか? 確認させたか?」
その問いに、式條の肩が若干跳ねる。その様子だけで、四月一日は悟って大きく嘆息する。
「はぁ……これだから夢見る天才ってやつは……。意識すれば何でも幾らでも出来るくせに、優先度から遠いものは、とことん蚊帳の外に置いちまう」
「も、申し訳ない……」
「いや、お前の責任じゃない。皮肉でも何でもなく、お前の性質を考慮していなかった俺の非が大きい。瑠璃乃の命が掛かってたんだ。お前を責めるのは酷だろう」
責任の所在はこの期に及んでは
「そもそもうちの在宅は甲乙関係無く完全歩合制の出来高払い。成果報酬増し増しが売りの雇用形態でもある。キツければキツいほど報われるようにしてるつもりだ。本人にその気があればな。そのへん、永遠って子はどうなんだ?」
「僕の代わりに赤木君が話してくれたよ。ただ、債務が発生した事を伝えたら、顔を青くして……口が閉じられないようだった」
「同情するよ、まったく。で、開いた口で、うんと納得してもらえたんだろうな?」
「……話せていないんだ」
「何だって?」
「よく話し合うべきだったんだが、こちらも取り乱してしまって、押っ取り刀で逃げっ……おほんっ。返済のアテを優先してしまって……」
式條の罪悪感たっぷりの言い訳が聞こえてすぐ、弥生の微笑みに影が差し、四月一日は特大の溜息を吐き出して机にぶつけた。
「不憫な……。じゃあ責任はこちら側にしかないと言っていいじゃないか」
鼻で一つ大きく息を吐くと椅子に全体重を任せ、四月一日は片方の口角を上げる。
「それじゃあ……」
式條は四月一日の顔に、これからの期待を抱く。
「免除は論外だが、その気になれば考えられないほど早く償却できるよう調整はしてやる。結果を示し続けられればの話だけどな」
ひねくれた性格だが分からず屋な訳ではなく、硬い信念を貫くために柔軟性も持ち合わせている。きちんと納得できる理由や根拠、姿勢をみせれば、どんな相手だろうと評価する。
「ありがとう、明恒」
そんな親友だからこそ、こうやって頼みにきたんだという信頼と安堵の念を込めて式條は四月一日に柔和な笑みを向けた。
「ただし、お前が保証人だからな? アザレアージュが傍に居るんだ。首をくくる事はありえない。が、腹のくくりが緩まって、夜逃げまがいに無駄な行動力発揮されたらたまったもんじゃない。その場合はもちろん、お前が全額肩代わりだ。いいな?」
指でお金のジェスチャーを作る四月一日に、式條はジワリジワリと無理矢理に両頬を引き上げて苦い笑顔を作って応える。
弥生の穏やかな笑顔に差す影の濃さが増す。
だが、これも全ては未来ある若者達のためだと、主に懐の痛みを喜びに変え、二人は奮起した。
「それにしても、あのヘボ隊長。いくら相手が8クラスだったとはいえ、瑠璃乃がいたのに、このていたらく。どうしてくれようか……」
友人との話に一区切り付けると、四月一日の関心はハルジオン社・対特殊自然災害部隊隊長、赤木駿一郎の処遇についてに切り替わっていた。
「彼を責めないであげてほしい。今回は完全に僕の落ち度だ」
すかさず式條が庇いに入る。
「……まぁ、お前がそれでいいならいいけどな。でもちょっとしたお仕置きがなくちゃ示しが付かないだろう」
四月一日が悪戯っ子のように小憎たらしい笑みを浮かべた。
その顔に赤木がどうなってしまうのかと不安になっている式條に弥生が呼びかける。
「博士、もうそろそろ次に備えないと……」
「あ、そうなのかい? じゃあ明恒、僕達は失礼するよ」
「ああ。いつも言ってるけど、くれぐれも世間の皆様への被害だけは出すなよ? それと落ち着いたら一度、その永遠って子を連れてこい」
「分かったよ。だけど、あまりキツイことは言わないでやってくれよ?」
それは会ってみないと分からないと四月一日は口を尖らせてかぶりを振った。
そんな友の態度に不安を覚えて困り笑顔を浮かべつつ、式條は弥生と一緒に社長室を後にするのだった。
二人の退室を見届けると、四月一日は七尾に赤木を呼び出すよう指示した。
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