第12話 社長のお仕事(表)
七尾が手にしていたタブレット端末に触れると、立体モニターが彼女の前方の空間に表示される。
続いて端末に指先で触れると、10を超える立体モニターを
「先月分の契約国の廃棄物、約2000万トンを海上のタンカーへ収容完了しました。太平洋ゴミベルトなど海洋上の流出ゴミ120万トンも合わせて各港経由にてジオフロントへの運搬作業に入ります。再資源化は翌日には終了する見込みです」
「減らないな、ゴミ。うちが無くなったらどうするんだろうな、ゴミの山。なるべく急いで回してやってとお願いしておいて。じゃ、次」
四月一日からの指示を七尾が素早く端末に入力すると、四月一日の前のモニターが一つ消える。そして七尾は次の件を読み上げる。
「米国上院エネルギー・天然資源委員長より、先月の水資源の確保協力に感謝する旨のメールが届いております。ついては、今月分の資源確保の協力も……とのことです」
「実にビジネスライクでやりやすい方だ。了解しましたって返しといて。次をお願い」
「半導体部門より、回路線幅1ナノメートル以下のチップの発熱課題解消、消費電力削減をシミュレーション工程にて達成。ついては更なる確度向上のため、マザー端末の利用を許可していただきたいとのことです」
「ははっ。憎たらしいほどに優秀な社員達だ。いいよって言っておいて。あっ、三次元化とプレスリリースのタイミングは俺の方で決めさせてとも伝えて」
まるで予め四月一日の指示を分かっていたかのように七尾が、あっという間に流れるようにメールを返す。そしてたちどころに次項へ。
「蔵王山にて震度1程度の地震が多発、地元の方々も不安を感じている様子とのことです」
「そりゃたいへんだ。もうそろそろ大きいの来るんですか、弥生さん?」
四月一日が、式條の細長い体の影になってしまっている弥生に問いかけた。式條は申し訳無さそうに若干腰を曲げて体をずらす。
「火山性微動も増えてますし、噴火は33日後になりますね。出現するエイオンベートはそこまで手強いものじゃないと思います。だから部隊の皆さんの派遣プランは現状で充分だと思います」
穏やかに微笑みながらも的確に弥生が答える。
「そうですか。じゃあ、火山本部には俺が一言言っておくってことで」
七尾は社長の指示に彼に対してでなく、弥生に頬笑みかけ、ひとつ目礼してから次項へ。
「防衛装備庁長官より、高密度オクミカワを増産して頂きたいとの私的メールを頂戴しております」
「どう思う? ねねっ……七尾さん」
一瞬、眉間を寄せて、あからさまに不快さを滲ませてから七尾は意見を述べる。
「……先月よりの首相、統合幕僚長近辺の動きから考えますと、国防機増産が目的かと」
「だよね。丸見えだって分かってるくせに何をコソコソやってるんだ。民主主義を否定した怖い国々はほぼ鎖国してるんだから、拳を固める意味は薄い。心配性も結構だが、下々の者の事も考えろ馬鹿野郎……ってのを丁寧にしてお断りを。次、お願い」
社長を見下ろす視線を逸らすことで了解を示した七尾が、端末を手早く操作する。
「……難治性脳疾患支援や在宅職に反対するNPO代表等が会談を申請しておいでです」
大げさに上を向いて溜め息を吐き出す四月一日は、うんざりといった様子だ。
「またか。文句垂れ流すだけで飯が食えるなんて羨ましいことで。寝っ転がって口だけ動かすような奴の言葉に何の価値がある? 代案があるなら場を持ってやる……ってのをオブラートに包んで返しておいて?」
これには慣れているのか、七尾はその場で一息も掛からず返信作業を終えた。
「エヌ破壊党代表より、現代弱者支援の効率的な運用を図るため、現法とは切り離して考えたい。ついては、立法に関する勉強会に社長の出席を要請したいとのことです」
「これはこれは。スモッグ着てやり直さなきゃならない無能だな。仮に特別立法すれば悪目立ちして、国際世論を巻き込んだ差別問題に発展するとも解らない輩が代表って大丈夫か? だから公的支援と切り離した一民間企業の採用枠に設定してあるんだろうが……ったく」
四月一日は、仮にも政を司るべき人間の程度を知ると、あからさまな軽蔑を込めて続ける。
「あんたらは今の総合支援法に則って、彼等をハルジオンの一従業員として認めるだけでいい。支援はうちが全部やってるんだ。文句は言わせない。現代の弱者を支えてるのは誰か、もう一度センセイに習って出直してこい。浅はかに欲を出して甘い蜜吸おうとするなら、俺がウツボカズラになって食っちまうぞマヌケめ……って返しといて。あ、柔らかくくるんでね?」
四月一日ば苛つきを送り主にぶつけるように吐き出した。
彼の指示に今度は彼を見ることもなく、七尾は自身の仕事をこなす。
「……その他、1204件の小さなトピックがございますが、こちらの方で処理してもよろしいでしょうか?」
「うん。頼みます」
「了解しました」
四月一日社長の了解を取り付けると、七尾はタブレット端末を一瞥し、画面に指を三秒ほど重ねる。
それだけでチェックと応答が全て完了した。
「以上になります」
「はい、ありがとね、ねねっ……七尾さん」
呼び間違えた四月一日に七尾の冷たい視線が突き刺さる。端から見ても、親の敵のように嫌っているのがアリアリと伝わってくる。
四月一日は秘書に対して愛想笑いと苦笑いが混じった笑みを向けてから式條に向き直った。
「待たせたな。で、報酬が何だって?」
式條の目に四月一日は社長としての責務を全うしている立派な大人として映り、それが誇らしくなってくる。
けれど同時に、これから話す内容が内容なだけに、気後れが最大値に振り切れて、体が固まった。
(ねぇ、僕、言っていいの? いま、言っていいのぉぉ……?)
滝のような汗を額から滴らせ、式條は苦くて苦くて仕方ない泣き出しそうな面立ちで、口が回らなくなったのを自覚した。
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