第11話 大人が決めることじゃない。二人に選んでほしいんだ
悪意の無い第三者によってつまびらかにされた少年の個人情報。
「……うちの在宅に就く以上、俺が彼の個人情報握るのはいいとしても、お前が言いふらすのは大問題だと思うぞ?」
「しまった!」
四月一日は友人の様子に、いちいち面倒くさいやつだといった呆れ顔を示しながら、机を指で叩いて式條に続きを求める。
要求に応えるため彼はゆっくりと這い上がり、悔悟の念を払拭するように眉間を指で叩いてから報告を続行する。
「……だから永遠は、瑠璃乃の極めて優れたこの世のものとは思えない愛くるしい天使のような外見ではなく、彼女の内面にも好意を抱いてくれたということだと思う。そこには純粋な愛情があるんじゃないかな? 胸が痩せているのは関係無く!」
永遠の名誉挽回のために付け足した言葉だったが、弥生がすかさず式條の背中を笑っていない笑顔を湛えて叩いた。
「ホゲっ!」と、どこから出たか分からない呻きが部屋に木霊する。
「それは、その先のことを期待しての建前みたいなもんだって前にも言っただろ?」
「でも、瑠璃乃は永遠が望んだ理想像じゃない。それでも永遠は瑠璃乃にアザレアージュとしての役割を与えてくれた。傍にいてもらいたいと願ってくれた。そこには愛があるんじゃないかい?」
「だから、その年頃が語る愛は下心が過積載なんだよ。むしろそれが正常で正解で健全なんだ。プラトニックこそが不自然で間違いって事、お前が一番強く思い知らされてるんじゃないかってことだろ?」
「いや、いくら魅力的な女の子からの誘いがあったとしても、彼にとっては恐怖が広がる外と交わり、瑠璃乃に笑顔を与えてくれた! エイオンベートからも逃げ出さず、瑠璃乃に戦う力を贈ってくれた! 再び役目をくれたんだ!」
「そもそもそれがうちの仕事だろう? アザレアージュが寄り添う事によって、お互いに役割も見い出す。前提基本の必定ルールのはずだ」
「そう! お互いがお互いを必用とする相互扶助のピアサポート! その関係こそペネトレーターとアザレアージュの理想像なんだ!」
「だからっ、その理想の関係になった後とこれからのことが問題だって言ってるんだろっ⁉」
たしなめようとする直屋の語気が若干、荒くなる。
しかし、式條にも退けない言い分がある。
二人の視線が交わったまま、しばらくの沈黙が過ぎていく。
その間、弥生が秘書に「ごめんなさいね」と困り笑顔を向けると、秘書は頬笑んで返した。
ふと、式條が何かを思い出したように沈黙を破る。
「……全部、彼にとっては非常事態の中での出来事だ。邪な気を起こしている余裕がない現場でも、彼は瑠璃乃を支えることに集中してくれた。証拠もあるんだ! これを見てくれ」
そう言って式條は、自分の傍らに立っていた弥生の方を向く。
弥生は何も言わず式條の望みを汲み取り、四月一日に見えやすい位置に立体動画を浮かせて表示させた。
「……これは?」
動画には、ショッピングモール近くに出現した巨人型のエイオンベートを相手に、泣き叫ぶ永遠を瑠璃乃が抱えて奮闘している様子が映っている。
「エイオンベートとの戦闘の様子だ。瑠璃乃の服装に注目してくれるかい?」
映し出されたいかにも気の弱そうで冴えない少年が、友が信頼を置く永遠なのかと確認しつつ、四月一日は式條に言われたとおりに瑠璃乃を注視する。
「……若い子の服としか言えないな。やけにスカートが短い気もするが」
「そう! そうなんだ! この画像を始めから終わりまでチェックしたけれど、永遠は一度も目線をスカートの方に持っていっていないっ‼ 興味津々の年頃だろうに、一瞥さえも見はしないっ‼」
立体画像をドンと押し叩き、自慢気に永遠の誠実さをアピールする式條はどこまでも本気だった。友のとった行動に四月一日は表情を変えないまま呆れ果てる。
「……お前、昔っから頭は良いけどアホだよな」
「ははっ、照れるよ」
皮肉も素直に褒め言葉として受け取ってしまう馬鹿真面目な友人に、四月一日は口をへの字に曲げ、ハエでも払うように手を軽く振ってあしらった。
「で、その永遠くんが、玉が付いてないような聖人君子だったとしても、時間が経って気持ちに余裕が出てきた時、間違いなく事は起こるぞ? その時どうするんだ?」
そう問われる式條は、静かに目を伏した。
「彼に真実を伝えて、瑠璃乃がまた傷付くのを恐れているなら、ここに彼を呼んで俺が伝えても構わない」
解決をを急いでいる四月一日に、式條が身を乗り出す勢いで異を唱える。
「そうじゃないんだ! 二人には自分たちで選んで欲しいんだ。問題に直面した時に見出す自分達の答えを。未来ある二人の将来のために。だから答えに辿り着くまでに、先に別れることが決まっている僕が口を挟むのはフェアじゃない気がするんだ……」
しっかりと目を合わせ、真剣に話す友人の真摯な眼差しに、四月一日は片肘をついて頭を抱え、呆れたように溜め息を吐き出してから閉口する。
少ししてから気を取り直し、手を口の前で組んで式條に向き直ると、
「……いいか、魁。 “今度”は無いんだぞ? 前の奴に噛まれた手はまだ治ってない。またいつ噛み付かれるかも分からない。この状況を作った責任はお前にもある。だからもし、お前が語る永遠って子の愛が偽物だったその時は……」
そう式條に念押しする四月一日の瞳には、もう友を想う温かさは欠片も残っていなかった。ただ、冷然たる眼差しで、四月一日は式條の覚悟の程を尋ねる。
「……ああ、分かってる。その時は僕も覚悟を決めるよ」
不健康そうに頬の痩けた顔つきなのに、とても清々しく爽やかな笑顔で言い切る友人に、四月一日は根負けする。
だから一つ嘆息を吐き出してから友の申し入れを受け入れた。
「……ふぅ。まったく。口を開けば理想やきれいごとばかり。堪らなくうっとうしいけど、お前みたいな奴だからこそ、救えるやつらがいるのも事実だからな」
「ありがとう、明恒」
四月一日は、わざとらしく苦々しい表情を作って式條に向ける。彼なりの了解の印だった。
良かった。実に良かった。式條の心模様が晴天に近づく。
しかし、まだ曇天でもある。永遠と自分、二人分の心の空模様を快晴にすべく、式條はとても気まずそうに、それでも意を決して次ぎの問題を切り出した。
「……それでだね、明恒。……この子への報酬のことなんだけど……」
まるで、言ったら絶対叱られるから言いたくないけれど、言わないで通せるほど開き直ってはいない真面目な子供のような式條の様子に、四月一日は何かがあるとすぐに悟った。
傍の弥生も表情こそ変わらないがバツが悪そうなのも、それに拍車をかけている。
直後、自分に刺さる鋭い視線にも気付いた。
秘書の女性が横目でジロリと四月一日を睨んでいた。
信頼を寄せる式條と弥生の二人のために時間を割きたい気持ちも大いにあれど、時間が押している。社長の判断を待つクライアントは大勢だ。それらを秘書は視線に含めて四月一日に送っていたのだった。
秘書は姿勢正しく大きな歩幅で前に出る。その所作で場の視線を集めてから、「失礼します」との一言を添えて一礼する。
式條は、「いいんだよ」と笑いながら引っ込んだ。その顔は助けられて安心しているように見える。弥生も同様だ。
そして、秘書は脚線美を更に強調させる高いヒールの音がカーペットの上でもなお聞こえてきそうな程、しなやかにして体の軸がぶれないように脚を軽く交差させる脚運びで、社長のデスクまで闊歩する。
凛として颯爽と。美しさと頼もしさが同居し、歩くという行為だけで他人の目を惹く。
四月一日の表の顔、社長としての彼はお世辞にもシャープだとかスマートさを持っているとは言えない。
それを補うように彼の傍らに立ち、彼の足りない部分の好印象を顧客に与えることができる有能な才覚。
そんな才色兼備の秘書の双眸が、四月一日に近付くにつれて険しくなっていく。
腰掛ける四月一日の横で彼と視線を合わせる頃にはもう、ほぼ睨んでいるような目付きになっていた。
視線が痛い。もはや蔑みに近いような目で見下ろされ、四月一日はやれやれといった様子で口を開いた。
「はぁ……じゃあ、
片方の掌を上に挙げ、秘書に四月一日が請う。
が、なかなか返事が返ってこない。
「……寧々ちゃん、報告なんだけど?」
少し待ってから再び秘書に要請する。が、やはり返事が無い。
それどころか名前を呼ぶごとに不機嫌さが増していく。
眉間にシワを寄せ、中央に引き上げられる眉。
真一文字に結ばれた唇。
気のせいか、彼女の周囲だけ気温がマイナスのような錯覚さえ覚える冷たい空気。
四月一日だけでなく、その場にいた全員が言われるまでもなく理解した。
“気安く名前で呼ぶな”
直屋を心底嫌っているのが端から見ても一目瞭然な険しい顔は、それを雄弁に無言のうちに語っていた。
「……
「かしこまりました」
四月一日が観念して改めて苗字で呼び直すと、そこにはいつものように凜とした整った顔立ちに戻って、何事も無かったように報告を始める秘書、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます