第一章 世界を創り変えたモノ
第6話 先輩記者のありがたいお話 その1 後輩は早くも飽きている
日本。中部地方山間部のとある山あい。そこに広がる、のどかな田園風景の中に、瓦屋根の被さった平屋に建てられた施設があった。
その施設は周囲の景観によく溶け込んだ純和風の建造物で、主に目的地への玄関口としての機能を持つ。
その玄関口の地下深くには、半径4キロほどの敷地面積を持つ広大な地下空間……ジオフロントが存在した。
鉄道大手が度重なる建設事故とトラブルによってリニア事業から撤退した後、ハルジオンが代わりにジオフロントを通す形で、内部を真空で満たしたチューブの中に超伝導リニアを走らせるインフラを整備し、各大都市を繋いだ。
東名間を僅か10分で結んだ交通手段は、そもそもの交通という概念すら変えてしまう。まさに地中で上がったムーンショットだった。
ジオフロント内部は観光地としても機能しており、陽の光とは縁遠い地下であっても、天井が見上げるほどに高く、空そのものを思い起こさせるために日光に限りなく近い人工照明に照らされている。その場に立てば、そこが地中だと忘れそうになる空間だった。
日本各地の湾港から水揚げされた、通常施設では処理が難しいゴミなど、それらを迅速に再資源化するための大規模な施設も内包し、一つの完結した都市としても機能するハルジオンの叡智が集積された場でもある。
その他にも様々な実験施設、工場が整然と並んでおり、機械音がよく響くが、相殺音源により観光施設周辺はまるで静かだ。
強弱のある自然の風に近い、緑の匂いまで乗せたそよ風が頬を撫でるのも相まって、まるで爽やかな高原にいる錯覚さえ覚える。
そして、ハルジオンの本社もここに設けられていた。
本社はジオフロントの端に位置し、地面から壁面にかけて斜めに伸び、長大なスキーのジャンプ台のように見える建造物は、この地下空間で一際目を惹く。
その本社ビルに隣接する東京ドームと同程度の大きさの多目的ホール内にて本日、ハルジオン社の入社式が行われていた。
国籍を問わない老若男女が背筋を伸ばして腰を掛け、間もなく始まる式に備えていた。
そんな中、まるで場違いに落ち着きのない若い女性が、カメラ片手に会場の一角から興味深げに門出に漕ぎ出す彼等を覗き込んでいる。
「ひーふーみー……あ~、ダメだ! また分かんなくなった。野鳥の会のカチカチ持ってくればよかったな〜」
「ソワソワすんな。みっともない。……今年度は採用は200人程度。あとは来賓や社員とか合わせて1000人以上だって資料に書いてあったろうが。ちゃんと目を通しとけ。……それとカチカチは数取器だ。覚えとけ」
「あはは、すいません」
おのぼりさんのようになっている新人記者の新垣を、少しぶっきらぼうなベテラン記者の古谷がたしなめる。
「いや~、それにしても凄い数ですね! さすが天下のハルジオン! よく、うちみたいな地域密着弱小地方紙の取材を許してくれましたね」
「うちみたいとか言うなっ! ……まぁ、俺らみたいな地方紙“なら”許可してくれたんだろうな」
「いや~、何だか、くすぐったいですね~」
「皮肉だよ! ……新入の連中、全員国立大や海外の有名どころの首席ばかりだ。起業を選べば間違いなくユニコーンの一角に名を連ね、官民どこに行っても重宝される
「そんな人達が200人も⁉ ほへぇ~~、すごいですね~~」
「そんな奴らしか採ってねぇんだ。ホワイトハウスや霞が関より手際はスマートだろうさ」
一緒にいると、特に同僚として行動を共にすると、かなり面倒くさい新人に古谷は若干ウンザリしつつも、発言にいちいちリアクションを返してやっていた。
「古谷さんって、今でこそ地元紙でくすぶってるけど、昔はハルジオンを追いかけてたんですよね? こんな大きな会社になるなんて予想してました?」
「くすぶってねぇよ! ……まぁ、ポッとでのスタートアップが全世界の文明を支える事になるとまでは読めなかったな。突きようの無い重箱みてぇな技術はもちろんだが、ここに限ってそれだけじゃ語れねえ。サイの角でも燃やして歩いてるような先見性がモノを言わせたんだ」
「角を燃やす? 何訳わかんない事言ってるんですか。おつむ不健康ですか?」
「良い度胸だな、お前。……まあ、俺もいつまでも学生気分で礼儀も知らず、頭んなかお花畑の、おめでたいお嬢様には言葉を選ぶべきだったな」
「お嬢様だなんて何だか照れますね~、てへへ」
ウィンクにテヘぺろ。その仕草を前にした古谷は堪らなくイラッとした。
「……さすがに、社会情勢ぐらいは把握してるよな?」
「親戚のおばさんが結婚した……とかじゃないですよね? あはっ」
古谷は頭を抱えた。そしてこんな部下を育てていかなければならない事実に、果てしない疲労感を覚えながら、溜め息混じりに口を開く。
「……バブルが弾けたのを期に、蔓延る汚職と格差に貧困、国民の政治不信……政権への不満が反政府デモを招き、それらを武力弾圧したことで混乱と孤立化を深めた大国の
「……なんとなく?」
目を逸らして新垣が答える。「あ、こいつ知らねえな」と、すぐさま理解した古谷が深い嘆息をする。が、ここで教育を放棄せず、これからのためとグッと堪えて継いでいく。
「……2014年、大手プラットフォーマーのものを含む全世界のデータセンター、プロバイダーと、半導体工場で同時多発的に起こった大規模火災……ロスト・クラウドと通称される人類の謂わば脳細胞と主食が蒸発した最悪のテロ事件。
独自のデータセンターを構える国家中枢にも翌日、犯行声明が届いた。
手出しできるはずのない場所が燃やされてんだ。回避策なんて国でも分からなかっただろうさ。
が、ハルジオンはそれを知っていた。
結果、ハルジオンの技術を急遽取り入れた国は脳みそを弾かれずに済んだ……ここまでは理想なら思い出してくれ。さもなきゃ頭に叩き込め」
「えーえーえーハイハイハイハイ! ……がんばりまぁっす」
生返事ではないが、全身全霊でもとてもないような様子の新垣を横目で見ながら、古谷が即席お勉強会を続ける。
「文明の復旧もままならない僅か半日後、キャリントン・イベントを超える太陽嵐の直撃を受け、全米、カナダ、中南米の発電網及びインフラが壊滅。だが、ここでもハルジオンの仕込みが功を奏した」
「イベント? 仕込み? お祭りですか?」
「……はあぁぁ。……この事変の前、ハルジオンは独自に衛星コンステレーションを形成していた。
一つひとつは新聞にも満たないサイズの人工の星座は、超高効率太陽光発電パネルの稼働実験も兼ねて敷かれてやがったんだ。
オクミカワ機構と呼ばれるシステムだな。
これは電子レンジの中でも電子機器を動かしますっつう宣伝文句を裏切らず、太陽嵐でさえはね除けて稼働を維持。
まさに看板に偽り無しだった訳だ」
「電子レンジの中でも……へ~~」
「その事実はどんな謳い文句を重ねて並べるより重く、価値があった。
うさんくさい石っころへの疑念を実利で捻じ伏せてみせた。
国は面子を捨て、ハルジオンに
助けてくれってな。
それからは早いもんだ。
通常なら年単位は掛かる壊滅したインフラの復旧を少数の超高効率太陽光発電パネルに発電を担わせ、地上のオクミカワ電池で受け取るっつう手品を使って一日足らずで回復させやがった。誰よりも速く、どこよりもアップグレードしてな。
商魂たくましいっつうか、天災を期に喫緊課題だった環境問題もついでに解決しながら、通信とインフラを造り変えちまったんだ。
大統領も首相もここには足向けて眠れないのは事実だろうな。……ここまでは理解したか?」
「とりあえずスゴんですね! 分かってますよ!」
返事と理解の度合いが釣り合ってないようだが、古谷は部下の教育を諦めなかった。
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