第20話 可能な限り惨たらしく

 一夜が明けた。


 身支度を終えるとふたり揃って部屋を出た。リサリアさんが僕と腕を組んで、並んで階段を下りる。


 階下の一角には、エドワードさんが待ち構えていた。


「お待たせしました」


「いや、俺も来たばかりだ」


 敏感な彼のことだ。はやし立てるようなことをいわれると考えていたけど、余計なことを口にする様子はない。


 状況が状況なだけに気を使っているのか、あるいは思ったより分別があるのか。


「なあ、お前ら」とエドワードさんが低い声で切り出す。「推測なんだが、攻略ルートに目途が立ちそうだ。話してもいいか」


「もちろんです。お願いします」


「人外組の動きが、ここ数日変わってきているように見える。あいつら、広範囲に探索してた癖に最近は特定のエリアに集中してる。何か情報を掴んでいる可能性が高い」


 僕はまったく気付かなかった。人外組と顔を合わせる瞬間なんてかなり限られていたから。


「その特定のエリアに、ボスがいるって話になるのね」リサリアさんの腕にちょっとだけ力が入る。


「まあ、あくまで不確定な話だがな。どうする?」


 彼としては、しっかりと情報を集めたうえでこの話をするつもりだったのだろう。探索のやり方を変えることは、これまでの積み重ねを無視するという側面もあるからだ。


 しかし――


「そのエリアを探索しましょう。最短で出られる可能性を選びたい」


「決まりだな。よし、行くぞ」


 それだけいうと、彼は席を立って僕たちを先導する。


 宿屋から出るまでに、痛いほど視線を集めていた。スライムエリアが解放されたといっても、部屋をとっている転生者はごく一部。


 大半がここでの生活に限界を感じている。


 一刻も早く、ダンジョンを攻略する必要があった。





 僕らはエドワードさんに案内されるまま、特定のエリアを探索するようになった。その結果、人外組と顔を合わせる頻度が一気に増える。


 彼らは「なんでこいつらまでここに?」とでも言いたげな顔をする。「マジかよ」とか、露骨に嫌そうな反応だ。


 つまり当たりの可能性が高まったということだ。


 幸いなことに、リサリアさんを狙うような様子もない。


 順調だった。限られた道筋から可能性を絞っていく。脱出に近づいているという自信が日々増していった。


 問題は、襲ってくる連中だ。


「た、たのむ! 見逃してくれ!」


 地面に頭をこすりつけて、許しを請う襲撃者。1日に何度もこんなことを繰り返していた。


 マグナスは無理だと悟ってか、リサリアさんにターゲットが絞られているような気がする。


 この男も例外ではない。いつも通り、軽く痛めつけてから解放する。


「キリがないわね」


 リサリアさんは対象に指定された時と比べて、もうずっと落ち着いている。


 はっきりいって、襲撃者の多くは脅威ではなかった。ただ、疲れるのが問題だ。


 常に襲撃を警戒しつつ行動しなければならなかった。


「殺した方がいいのでしょうか」


 全員が余計な疲労を感じていた。こんな雑魚に手を焼かなければ、もっとスムーズに探索を進められるのに。


「あなたの思うようにして」


 リサリアさんが僕に身体を寄せてそういった。きっと今の彼女なら、人を殺しても僕を嫌うようなことはないのだろう。


 でも、それに甘えるのはやめようと思った。何度も襲ってくる男たちを、ねじ伏せては追い返した。


 僕たちはそうやって探索を続けた結果――ついにボスの部屋を探し当てた。


「はは、ついに見つかったな」


「ちゃんと実在していたのね」


 エドワードさんとリサリアさんが安堵の表情を浮かべる。


「中には入れないみたいですし、一度宿屋に戻りましょう」


 残るは、4人目のメンバーを加入させるだけ。これまでの疲労感は吹き飛んで、軽い足取りで宿屋に帰った。


 時間はかかったが、僕たちを襲うような者だってもういない。祝福の意味を込め、赤と緑の魔石を使って食事をとった。


「しかし、相変わらずたまらねえな。緑のほうもいいが、俺はやっぱり肉が好きだな」


「わたしはこっちのほうが好き。結局、あなたとは最後まで意見が合わなかったわね」


「最後まで、か。まあ、伸っても反っても確かに最後になりそうだな」


 行儀悪く肘をつくエドワードさんと、端正に食事をするリサリアさん。

 どこまでも対照的なふたりだった。


「結局、白い魔石は用途が分からないままね」


 リサリアさんが、手元の魔石を見ながら思いにふける。最も入手量の少なかったこの貴重な魔石は今日まで使うことがなかった。


「このダンジョンとは関係なく、純粋な使い方があるのかもしれませんね」


「そうだといいけど」


 魔石をしまうと彼女は苦笑いを浮かべる。考えても仕方ない事だと割り切ってしまったのだろう。


「ま、とっととうえに上がろうぜ。込み入った話もあるし、部屋はひとつでいいだろう?」


 エドワードさんの提案に、リサリアさんは「ええ、もちろん」といって返した。


 彼女とのふたりの時間が終わると思うと、寂しいものがあるがこれは仕方がない。残りのメンバーについてじっくり話す必要はある。


 僕らはそろってうえに上がって、部屋の扉を開けた。中に入ると――空間が歪んで景色が変わる。


 滑らかな床に磨かれた壁。そして部屋の中央には、ウサギ耳のメイド服の女が佇んでいた。


「皆様、お久しぶりでございます」


 にこやかに笑う彼女は、初めて見た時の記憶のままだ。なのに、その時とは違って明確な不安を感じていた。


 僕たちにとって、彼女が善なる存在でないのは分かっていたから。こんなふざけたダンジョンの案内役なんてろくでもない奴に決まってる。


 だいたい、攻略目前にして突然の出現なんて、悪意による介入としか思えない。


「最悪だ……」


 僕とリサリアさんが警戒する中、エドワードさんが極端に気を落とした。


「何か知ってるんですか?」


「あいつが、大外れそのものなんだよ!」口にすると同時にメイド服の女に向かってナイフを投げる。


 彼が投げたナイフは女の目前に到達すると、まるで壁があるかのようにはじかれた。


「知っていただいて嬉しい限りです。おっしゃる通り、わたくしが大外れでございます。今日まで素敵な時間を過ごさせていただきました」


 女は笑顔を崩さずそう答えた。僕たちが武器を構えても一切ひるむ様子がない。自分が絶対的な強者だと確信しているのが良く分かる。


「僕たち、扉なんて開いてないですよ」


「ええ、あなた方はなぜかわたくしのもとに辿り着いてくださらなくて。大変人気があったのですよ? 毎日のように"殺してくれ"と応援をいただきました」


「……光栄ね」


 言葉とは裏腹に、リサリアさんに余裕はない。身体を寄せる彼女からは、小さな震えが伝わってくる。


「それで、何の用でしょう。挨拶ならもう十分ですが……」


「ええ、もちろんそんなことではございません。わたくしの目的はあなた方を殺すことにございます」


 そういうと、メイド服の女は手のひらを前に構える。


「可能な限り惨たらしく」


 女の手のひらが赤く輝く。


 ――完全にやる気だ!


「ファイアボール」


 即座に前に出て盾を構えた。火球を受けると激しい爆発音が響いて身体が大きく後ろにそれる。


 黒騎士の攻撃を上回る、強力な一撃。


「終わりだ」エドワードさんは地面に座り込み、完全に意気消沈している。


 本当にそうなのか? ここまで積み重ねてきたものが、こんなことであっさりと失われてしまうなんて。


 信じたくない。


「リサリアさん、召喚術を!」


「でも、あれは使えないって――」


「今回はできるかもしれない! そうだ、白い魔石を。あれを媒体に召喚してみてください!」


「媒体にって、わたし、そんなこと何も」


「ゲームならよくあるんです!」


 そうだ、きっと白い魔石にはそういう使い方があったんだ。そうでないなら、なんのためのレアドロップ、いやアビトリウムなんだ!


 意味がないなんて認められない。


 リサリアさんに指示を出すと同時に、メイド服の女との距離を詰める。


 攻撃はまったく効かないといっていた。実際にエドワードさんのナイフもはじかれた。それでも、もしかしたら剣が通用するかもしれない。


「そうですね、たまには獲物を使うのも悪くありません」


 メイド服の女はどこからともなく剣を取り出すと、ゆっくりと水平に突き出す。優雅であって隙が無い。卓越した技量を持っていることが伝わってくる。


 だからなんだ。この青い剣は、どんな敵も一撃で倒してきた!


「はああ!」


 渾身の一撃を繰り出すが、メイド服の女は剣で軽く受け止める。


「まあ、折れないなんて。随分と立派な剣をお持ちのようで」


 無敵だと感じていた青い剣が――いや、まだだ。諦めるな。


「こいつ!」


 僕はすべての力を振り絞って連撃を繰り出した。だが、メイド服の女は簡単にそれをいなす。


「素晴らしい攻撃です。あなたが積んできた努力が伝わってまいります」


 剣が通る気がまったくしない。それでも、攻撃を止めるわけにはいかなかった。


 目の前の女が「いい勝負でした」なんていって見逃してくれることがないのは分かっている。こいつは、このダンジョンの悪意に純粋に従っているのだから。


 今までだって、危ないことは何度もあった。それでも乗り越えてこれたんだ。今回だってきっと――


 ザクッ


 剣が刺さった。


 僕の胸に。


「これまでで最も優れた斬撃でした。あなたは……最強の転生者に相応しい実力者です。ご覧になってる方々も、きっとお喜びになられております」


 全身の力が抜ける。


 いったい何の冗談なんだ? 僕たちはやっとボスの部屋を見つけて、明日にはパーティーメンバーを加入させて。それで、戦闘なんて今まで通りなんとかなって。


 さっきまで、そんなことを考えていたのに。


 膝から崩れて地面に伏せる。


 床に手をつくと、温かい感触が伝わった。流れ出る血が、まるで僕の物語を終わらせようとする筆跡のように広がっていく。


 しかし――視界の端で微かな光が揺らめいて、歌うような声が響いた。


 蒼き鏡面の深淵に

 沈みし光の鼓動を掬い上げよ


 透き通る粒子の環

 微かな稲光を宿す虚空にて

 秘めたる契約を呼び覚ませ


「あら……カイリンまで召喚されるのですか。それは少々、厄介なことになりそうですね」


 メイド服の女が手のひらを前に出す。リサリアさんに魔法を放つ気だろうか。


 召喚、本当に出来るんだ。口から出たデタラメがまさか当たっていたなんて。


 でも、だめだ。彼女の詠唱より先に魔法が放たれるのは明白だ。


 失われし時の残像

 それを手放し 空を穿て

 奔る雷は理を裂き

 清浄なる響きを呼び起こさん


 遠雷の残響は

 道標なき水鏡の道を照らす


「……さようなら、素敵な転生者様」


 メイド服の女が魔力を込めるのが伝わってくる。リサリアさんは、それでも詠唱を止める様子はない。


 彼女がそれを止めないのは――


「僕を信じているからなんです」


 立ち上がって剣を上段に構えると、メイド服の女が大きく目を見開いた。


「あなた、どうして」


 もう一度、立てるだけの力が残っていてよかった。


 構えた剣を力の限り振り下ろす。メイド服の女はそれを無駄だといわんばかりに歪んだ笑顔を浮かべて――身体から大量の血を噴き出した。


「まさか、結界が……!」何かが割れる音が響く。


 ここに誓わん

 内奥に潜む真実を穿ち

 虚無を超えん


 聖なる雷霆の化身

 その名を呼ばん

 カイリンよ


 詠唱の終わりと共に、雷光が閃いた。


 世界そのものが崩れるかのような爆音。風が逆巻き、空間の歪みが僕たちを飲み込んでいく。


 轟音と共に、リサリアさんの前に出現したのは――雷をまとった、巨大な獣。


 青白い光を放ちながら、威厳に満ちた咆哮が空間を揺るがした。

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