第16話 なんだよ、てめーらに関係あんのか!
作戦はシンプルなものだった。
「先の通路では強力な中ボスが道を封鎖している。さらにその中ボスをフルーネ組が封鎖しているってわけだ。挑もうとすれば戦闘特化の奴らが脅してくるだろうが、無視して中ボスを倒しちまおうぜ」
言葉通り『強行突破』だ。エドワードさんは「お前ならなんてことはない」と付け加えて僕を煽る。
「その中ボスが、ダンジョンのボスなのでは?」
「いや、こいつは倒しても一定時間経つと沸いてくる。人外組が1度倒しているから間違いない」
人外組が倒した実績があることを前提に、中ボスはダンジョンの最奥ではなく、ただの通過点だという見立ては納得できる。彼らは、まだダンジョン内で活動している。
ここまで慎重に進めてきた僕らにとっては、少し冒険的な提案ではある。けれど、反対するほどの挑戦でもない。
フルーネ組が威圧以上の行動を取ってくるなら別だが、経緯を聞く限り、力が拮抗しているパーティーに手を出してはこないって事だろう。
「いう通りにしてみましょうか。ペナルティも気になりますから」
僕がそう言うと、リサリアさんは静かに首を縦に振った。その動作自体は普段と変わらないのに、どこか不安を隠しきれていないように見えた。
夜。
3人での合意のもと、それぞれがベッドについた。部屋の両端には二段ベッドがあり、僕は左側の下段、エドワードさんが上段を使用している。右側のベッドの上下はどちらもリサリアさんの専用だ。
人数が増えたことで些細な変化が起きているだけなのに、不思議と落ち着かない。
そんなことを考えているうちに、僕の意識は深い眠りへと落ちていった。
「お前ら、やっぱそーいう仲だったのか。別に構いやしねえが、俺のいないとこでやってくれよ」
エドワードさんの声が耳に飛び込んできて、僕は目を覚ました。寝ぼけているせいか、彼が何を言っているのか要領を得ない。
何か反論しようと口を開きかけたが、彼はそのまま部屋を出ていった。
……なんなんだ。
目覚めたばかりの頭では考えがまとまらない。軽く寝返りを打つと、肘に柔らかいものが触れた。
布団の一部だろうか。いや、感触が妙に温かい。
ありえない柔らかさの正体を確かめるべく振り向いた僕の目に、微笑むリサリアさんの顔が映った。
「あら、おはよう」
「……おはようございます」
リサリアさんかわいい。
いや違う、状況を整理しないと。
僕たちは間違いなく違うベッドで眠りについて、いつもは向かい側にいるリサリアさんが目の前にいて、お前らそーいう仲であって。
「驚いたって顔をしてる」
「驚かない人なんていませんよ」
僕が反論する隙もなく、リサリアさんは僕の手をそっと取る。そして、絡められた指先から、彼女の体温がじんわりと伝わってきた。
「ごめんなさい。でも、他に男の人がいると思うと眠れなくて。気が付いたら、ここに来ていたの」
言葉とは裏腹に、彼女の声には後悔の色が見えない。むしろ、イタズラを成功させた子供のような愉しげな雰囲気すら漂わせている。
「……よく眠れましたか?」
「ええ、とっても。安心して眠れたわ」
彼女はそっと手を離し、体を起こして背中を向けた。ベッドに腰掛けたまま、少しだけうつむいている。
「誰かと一緒に眠るのって、気持ちがいいのね。ねえ、ヴィンハンス」
なんとなく、彼女の真意が分かった気がする。
彼女はずっと冷静で、決断を他人に委ねることのない人だった。けれど、不安が溢れ出した今、こんな形でしかそれを癒やすことができなかったのだろう。
同時に、僕は気付く。彼女が初めて僕の名前を呼んでくれたことに。
日に日に近づいていた距離が、ぐっと近くなったような気がした。
「本当に正しい順路なんですか」
ダンジョンの奥へと進むにつれ、道は複雑さを増していく。手前側の通路が一本道なのに対して、いくつもの分岐が目の前に広がっていた。
「ああ、多分な」エドワードさんは適当に相槌をうつ。
彼だってこんなに先のほうまで来たことはないはずだ。
頼りにしているのは〈情報収集Ⅴ〉によって集めた断片的な情報だけ。彼がこうして平然と歩を進められるのは、彼なりの経験則と自信があるからだろう。
とはいえ、不安が拭い切れるわけではない。
道中で出くわす魔物も、スライムに比べればずっと強い。スケルトンが当たり前ように出現し、扉の中でみた犬のような魔物までもが現れる。
あまりにも急激に、ダンジョンの難易度が上がっている。半端なパーティーは、魔石の問題があろうがなかろうが、とても探索は続けられないだろう。
「しっかし、ヴィンハンス。お前隅におけねえな」
「何のことですか」
「何ってナニだよ。ちゃーんとやることやってんじゃねえか」
……まさか。いや間違いない。今朝のことをいっているのだろうけど、返しに困る内容だ。
まず、僕はやることをやっていない。起きたらリサリアさんが隣にいて、それだけだ。恋のABCのAにも到達していない。
それに、彼女の前で具体的な話をしたくない。「何もなかったんです」と詳細を語るのは、あまりにも品性にかけている。
「それ以上は口にしないでください」
脅す意味を込めて、少し低めの声でそう告げた。
「わーったよ。ま、これから戦いがあるからな。余計なことに気を取られるなよ」
「それをいい出したのは誰ですか」
呆れながらも、彼の軽口が不思議と緊張をほぐしてくれる。狙ってやっているならたいしたものだ。
そんな中、リサリアさんは一切口を開かなかった。一度僕の方を見たけれど、それっきり何もない。
こんなくだらない話なんて、僕が解決すればいいと期待していたのだろうか。
通路をさらに奥へと進んだ。
やがて、異様な広がりを見せる空間が現れた。その中心には真っ黒な騎士のような存在が、じっと立っている。
多分、あれが中ボスだ。
「相変わらずご苦労なこって」エドワードさんが頭をかく。
目を向けると、フルーネ組の戦闘特化と思われるパーティーが入口付近を塞いでいる。
僕たちの姿に気づくや否や、険しい表情でこちらへ歩み寄ってきた。
「悪いが、ここから先は通さない。挑戦するのはやめておけ」予想通りの脅し文句。
情報の通り、彼らはしっかりと封鎖している。けれど、こちらも引くつもりはない。
僕は一歩前に出て、静かに彼らを見据えた。
「僕たちの行動を止める権利はないはずです。道を開けてもらいます」
「お前たちのことを思っていってるんだ。無駄に命を捨てるだけだぞ」
並みの転生者相手ならその言葉も正しいのだろう。だが、装備も明らかに充実している僕たちに同じ言葉を向けるのは、彼ら自身の利益を守りたい心が透けて見える。
対人戦になるのだろうか。
0だったはずの戦意が一気に100まで上がるのを感じた。転生してからはずっとこうだ。強烈な暗示にでもかかっているかのような、不思議な感覚。
今すぐ彼らを斬ることができる。
「おいおい、話し合いなんて無駄なんだ。こいつら無視してさっさと行こうぜ」
エドワードさんの言葉が後押しとなり、僕たちは一歩を踏み出す。だが、フルーネ組の4人が壁のように立ちはだかり、睨みを利かせた。
剣を手に取るべきか、脳裏を過ぎる瞬間――後ろから声が飛んできた。
「お前ら、まだこんなことやってんのか」
振り向いた先には、4人の姿。羽を持つ者がふたりと、ハーピーにジャイアント。
『人外組』だ。ジャイアントを見て確信した。
「なんだよ、てめーらに関係あんのか!」
戦闘特化の男が吠えるように声を上げる。しかし、人外組は一切動じない。彼らの視線は冷たいままだ。
「大ありだよ」
肌に赤みがかかった男が反論する。大きな羽と2本の角から察するに、おそらく彼はランク4のドラゴンニュートだ。
「ちょうど俺らも、先に進もうと思ってたんだ。邪魔をするのか?」
その余裕に満ちた態度が、戦闘特化の男たちの苛立ちを煽る。
「するに決まっているだろう。ここは封鎖すると伝えているはずだ」
ドラゴンニュートは鼻で笑い、皮肉をたっぷりと込めた声で答えた。
「だからなんだ。まさか俺たちがここに来ないのは、それに従っていたからだと思っていたのか。馬鹿なやつらだ。お前らなんぞ、恐れる理由がどこにある?」
鋭い言葉が空気を切り裂く。両陣営がにらみ合う中、その場に漂う張り詰めた緊張感は頂点に達していた。
だが、しばらくの沈黙の後、フルーネ組の男が舌打ちをして一歩退く。
「……わかった。だが、こいつらが先だ」
僕たちを指さしながら、悔しさを隠せない声で言い放つ。
「いいだろう。おい、行けよ」
ドラゴンニュートも反論しない。僕たちもある程度は噂になっているようだし、どのぐらいの戦力であるかを確認したいのだろう。
いい機会だ。こんな態度を取られるぐらいなら、戦えるということを見せつけておいたほうが後々楽になるはずだ。
「行きましょう」
戦闘特化の男達が道をあけて、僕たちは広い空間に足を踏み入れた。
中央には、漆黒の甲冑を身にまとった騎士が立っている。その手に握られた異様に輝く大剣が、不気味な威圧感を放っていた。
「僕が前に出て様子を見ます。リサリアさんはいつも通り後方で回復を。エドワードさんは……」
「戦闘において、おれほどの無能はそういない」
「偉そうにいうことかしら」
予想はしていたけれど、本当に何もする気がないようだ。
彼が唯一持っている武器は投げナイフ。黒い騎士にはあまり効果もなさそうだし仕方がないか。
「さて、行ってきます」
一歩ずつ、距離を詰めていく。
まったく動きを見せなかった黒い騎士は、突如、音もなくこちらに向かってきた。尋常ではない速度――目で追い切れないほどの速さだ。
「うわっ!」
驚愕しつつも、体が反射的に盾を構えていた。衝撃が腕を通じて全身に響く。この『ものすごく硬い盾』を使って以来、これほどの威力を感じたことはなかった。
騎士の一撃の重さに、思わず口元が引きつる。間違いない。こいつは今まで戦ったどの敵よりも圧倒的に強い。
受けで手一杯になっていたが、後ろにいるリサリアさんたちは動かない。僕が合図を出さない限りは絶対に前に出ないように伝えていた。
そして、その合図を出す気にはならなかった。この攻撃に耐えられるとは思えない。
「エドワードめ!」
何が「お前、強すぎる」だ。言葉のインパクトのせいで、簡単に倒せると思ってしまったじゃないか。
こんなに手ごわいなんて聞いていない!
「この……!」
半ば八つ当たりするように、『青い剣』を力いっぱい振り下ろした。すると――黒い騎士が真っ二つに裂けた。肉体は一瞬にして黒い煙に変わり、消滅していく。
え、終わり?
あまりにもあっけない結末に、唖然として立ち尽くす。後方から、エドワードさんの声が響いた。
「はは、思った通りだぜ」
駆け寄ってくるエドワードさん。その後ろからはざわめきが聞こえる。「すげえ」「なんだあれ」――周囲の目が一気に僕に集中しているのが分かった。
「ヴィンハンス、お前本当にヤバいって。いや、その剣がおかしいのか」
確かに、装備の性能は疑いようがない。僕のレベルが高いといっても、STRは高くないはず。それを指輪で補強しているとしても、まるで手ごたえがなさすぎる。
それほど、簡単に切り裂いた。
しかし、その強力すぎる剣を手に入れたのは〈アビトリウム〉を選んだ結果なのも間違いない。巡り巡って、僕がヤバいというのも正しい表現なのかもしれない。
いよいよもって、ランク5の歪さが際立ってきた。
「ねえ、魔導書が落ちてるわ」
リサリアさんが指差す先、黒い騎士が消えた跡には茶色の魔導書が佇んでいた。
たった今ドロップしたはずのその本は、まるで長い間、誰にも触れられることなくそこにあったかのような不気味さを漂わせている。
【召喚術カイリン】――表紙にはそう記されている。その文字から立ち上るような微かな魔力の気配に、僕はごくりと喉を鳴らした。
「これ……リサリアさん、使えるんですか?」
「ええ、十分に」
彼女は本を拾い上げると、一瞬だけ表紙を指で撫で、そのままページを高速で繰り始めた。
その動きに迷いもなければ、一切の躊躇もない。最後のページを読み終えた瞬間、本は光となって消えた。
成功したかと思えたが、彼女の表情は明るくない。
「ごめんなさい、期待させてしまったけれど……扱えないかもしれないわ」
「僕には、ヒールの時と同じように習得したように見えましたけど」
「理解はできたの。でも、今のままじゃ召喚できない。絶対的な力が足りない感覚があって」
いまいち彼女の主張がピンとこない。疑問を解消できないでいると、不意に背後から声がした。
「お前ら、今まで何やってたんだ?」
振り返ると、そこには人外組の4人。
「そりゃあもちろん、必死に戦って鍛えていたのさ」
エドワードさんが軽い調子で答える。その振る舞いにドラゴンニュートが顔をしかめた。
「お前、そいつらとパーティーを組んだのはつい最近だろうが」と呆れつつも「まあいい。お互い、こんなくだらない場所はとっとと抜けるとしようじゃないか」と会話を締めくくった。
特に含みがあるような言い回しはない。見た目はともかく、気のいい人たちなのかもしれない。
僕たちも彼らに続いて先の通路を探索した。分岐がいくつもあって、少し探索をしただけではボスに辿り着く様子はない。
一旦引き返して、根気強く探索を続けようという話になった。
宿屋に戻ると、いつもと違った視線を感じた。あからさまに注目されているけど、いつか感じた敵意ではない。
もどかしさを感じながらテーブルにつこうとすると、突如、明るい声が飛び込んできた。
「ヴィンハンス様! 残虐非道な黒騎士を、一振りで倒したというのは本当でしょうか」
「あなたを心からお待ちしておりました。今日までのご活躍、お伺いしてもよろしいですか」
「英雄ヴィンハンス様、どうかお話を――」
女性たちが次々に言葉をかけてきて、気付けば僕の周りを囲むように集まっていた。
黄色い声援なんて受けたのは初めてだ。悪い気はしないけど、悪いことをしているような気分になる。
となりにいる、リサリアさんの顔が気になって仕方なかった。
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