第14話 お前、強すぎるよ。遠回りは必要ねえ
「そういえば、元のパーティーのほうは大丈夫なんですか」
エドワードさんが加わって二日目の朝。
彼は初日に「1日だけ時間をもらうぜ」と言い残して別行動を取っていたが、今は僕たちと一緒にテーブルを囲んでいた。
リサリアさんがとなりに座って、対面に彼がいる。やや重苦しい空気を感じつつも、僕がなんとか話を振った形だ。
「問題ないな。もう何日も前に抜けている。魔石をたかられるようになって、それで見切りをつけた」
淡々とした口調だが、少しばかり苦いものを感じる答えだった。情報を売り買いするスタンスでやり過ごしていた彼が、パーティーに依存しない選択をしたのは自然な成り行きだろう。
「そう。それで、あなたはわたしたちと組んでどうしたいの?」
リサリアさんの口調は少し刺々しい。僕は世間話ぐらいから始めればいいと思うけれど、彼女はそういうのが苦手らしい。
エドワードさんも彼女の反応は予想していたのか、気にするそぶりは見せずに答えた。
「まずは、そうだな。お前たちの戦力を正確に把握しておきたい。信用してないってわけじゃないんだぜ。少なくとも、そこいらの転生者なら簡単に蹴散らせることは知ってるさ」
「そうでしょうね。あなたのおかげで、対人戦の経験は大いに積ませてもらったわ」
「そりゃどうも。力になれて嬉しいよ」
皮肉も彼には通用しない。頼もしいと思う反面、少しぐらい仲良くする努力をしてほしいとも思う。
「戦力を確認するなら、やっぱり扉を回るのが早いですね」
「待ってくれ、扉には大外れのリスクがある。俺としては、通路を進んでモンスターを狩るほうがいいと思うんだが」
エドワードさんは、『大外れ』を強調して否定的な意見を述べる。詳しく知っている彼からすれば、そのリスクは受け入れられないようだ。
とはいえ、僕たちには既に確信がある。ここで一度、種明かしをしておくのが良さそうだ。
「それなら大丈夫だと思いますよ」
「ああ?」
僕はこれまでの経緯――ダイスの結果、種族の話、レベルが上がる飴のドロップなど、一通り説明するとエドワードさんは表情を歪めながらも納得した。
「ったく、感情的には受け入れがたい話だな。〈情報収集Ⅴ〉がなけりゃ、鼻で笑って終わりだぜ。飴なんて、大当たりを引いた上でのさらに稀なドロップだぞ」
「話が早くて助かりますよ。それで、扉を回る案については納得いただけましたか」
エドワードさんは少しだけ考えるそぶりを見せたが、すぐに結論を出してくれた。
「ああいいさ。お前の運の強さを信頼することにする。まあ、襲ってくるような奴もいないはずだ。快適に回れると思うぜ」
彼のいっているように、昨日までと比べて周囲からの視線が明らかに弱かった。たった1日で、噂をほとんど収束させてしまったようだ。
「しかし、本当にすごいですね。これほど簡単に状況を収めてしまうなんて」
その成果を素直に称賛すると、エドワードさんは得意げになる。
「大抵の奴はあれこれ話をしているうちに、俺の言葉を真実だと思い込む。お前らだって、そうだろう?」
もっともな話だ。〈情報収集Ⅴ〉を持つ彼は一方的に真実を知ることができて、おまけに顔も広い。この閉鎖空間では、一人でありながらメディアそのものになっている。
「それにしても早すぎませんか。襲撃者が出ていたような状況だったのに、ほとんど無関心ってレベルまで落ち着いてますよ」
目が合っても睨みつけてくるような人はいない。
「噂が収まったのはお前ら自身の行動も大きい。襲ってくる馬鹿どもを、痛めつける程度で済ませていただろう。俺はほんのちょっとだけ、水をかけるだけで火は消えたよ」
彼の言葉に納得しつつ、改めて一線を越えなかったことを振り返る。
僕が特に注意を払うべき点だ。リサリアさんのためにも、慎重さを心がけよう。
「そうはいっても、大した影響力ですね。今後はその力が僕たちの利益になると期待していいんですよね」
「さあな。元々お前らは妬みや逆恨みの対象になっていたから、ああも盛り上がっていたんだよ。あんまり期待しないでもらいたいね」
彼がフルーネ組の動きを牽制してくれるなら話が早いのに。まあ、それが難しいからこうやって僕たちに取り入っているのだろう。
フルーネさんに関しては、下手につつけば蛇が出そうな雰囲気すらある。
「ここでダラダラしても仕方がないし……行きましょう。アビリティを含めた情報交換は、歩きながらで構わないでしょう」リサリアさんが提案する。
「そうだな。お前らのアビリティが楽しみだよ」
エドワードさんが了承すると、3人とも席を立って移動した。
通路を歩きながら、エドワードさんが自身のアビリティをさらっと打ち明けた。
「俺のアビリティだが、知っての通り〈情報収集Ⅴ〉に加えて〈逃走術Ⅴ〉と〈投擲術Ⅴ〉から構成される。以上だ」
「……使えないのね」
リサリアさんは容赦がない。彼女は気を遣うような性格ではないが、彼に対してはどこか辛辣な印象を受ける。
それでも、僕はエドワードさんを擁護する気にはなれない。本当に、彼は想像以上に使えない。まさか残りの40ポイントのうち25ポイントを〈逃走術〉に割り振っているだなんて。
予想の斜め上をいきすぎている。
「仕方ないだろ。俺は別に、冒険なんてするつもりは無かったんだよ。他人の噂話をつまみに、のらりくらりと日々を過ごす予定だった。それがどうして、こんな環境にぶち込まれて。だいたい、お前はどうなんだよ。リサリア『ちゃん』」
最後の一言は強烈に彼女の神経を逆なでた。露骨に不快感を見せ、まるで毒虫を見たような表情を浮かべる。だが、相手にするのも面倒だと思ったのか、訂正を求めるようなことはしない。
深呼吸をひとつ挟んで、冷静さを取り戻した彼女がアビリティを語り始めた。
「私のアビリティは、〈召喚術Ⅳ〉、〈短剣術Ⅱ〉、〈光の加護Ⅱ〉、〈治癒力Ⅰ〉、〈耐毒力Ⅰ〉、と……」
ここまでのアビリティは知っていたけど、まだ続きがあるようだ。
それも予想していた。何せ彼女は『全てのポイント消費が半分になっている』のだから。
「〈歌唱の才能Ⅴ〉、〈音楽の才能Ⅱ〉、〈地図作成Ⅲ〉、〈翻訳能力Ⅱ〉、〈王殺し〉……以上よ」
どうやら戦闘スキル以外は教えてもらえてなかったようだ。タイミングの問題かもしれない。
……いや、待て。気になるスキルが1つある。
「ちょっと待て。アビリティが多すぎないか?」
エドワードさんは彼女の事情をまだ知らない。当然の疑問を口にする。
「色々あって消費ポイントが半分だったみたいなの。『ファンブル』っていえば分かるかしら。だから、自分で選んだわけではないのだけど」
一方で、彼女は少し後ろめたそうに視線を逸らした。非戦闘系のアビリティを積極的に選んだとは思われたくないのだろう。
「いや、それにしても多すぎる。お前、ハイエルフだろ。そんなお高い種族を選んだら、残りのポイントなんて」
「すべてのダイスで『ファンブル』なの。これで納得したかしら?」
エドワードさんは大げさに肩を落としながら、ぐりぐりとこめかみを揉んでいる。おそらく、彼の〈情報収集Ⅴ〉が働いて、リサリアさんの言葉が真実だと確認できたのだろう。
「なんだ、お前ら。揃いも揃って恵まれてんな、はぁ……まあいいや。せっかくだから、〈王殺し〉ってのも説明してくれよ。パネルの一覧には無かったよな? 噂でだって、聞いたこともないぜ」
「〈王殺しは〉……わたしにも分からないわ」
「それも嘘じゃないってか」エドワードさんは頭をかいて「何がなんだか」とぼやいている。
僕もエドワードさんと同じように困惑するところなのだろう。しかし、それよりも先に疑問が浮かび上がる。
「ちょっといいでしょうか。僕にも、良く分からないアビリティがあるんです。〈魔人殺し〉っていうんですけど」
「そうなの?」リサリアさんは少しだけうれしそうな声を漏らす。
エドワードさんは情報を処理しきれていないのか、苦い顔が続いている。彼の知らない情報という時点で、この2つのアビリティは特別なものである可能性が高い。
「もういい。正直、よく分からんが……どっちもすごそうだな。もしもの時に役立つのを期待しているさ」
エドワードさんはやけっぱちな態度を取る。自分が把握できないことは、不快に感じたりするのだろうか。
彼は「早くいこうぜ」といって、僕とリサリアさんの前を歩いた。
ふたりで並んでついていき、適当な扉を開ける。
「おいおいマジかよ……」
エドワードさんが硬直する。部屋の隅には『ハズレ』の立て看板がおいてあり、中央にはどす黒い土人形が不気味に佇んでいた。
「『ハズレ』の中でもかなり凶悪だって聞いてるぜ。実際にやられた奴もいるようだ。お前、幸運なんじゃなかったのかよ」
弱気になる彼を横目に、僕とリサリアさんはまったく動じなかった。
エドワードさんがうろたえるのが理解できないわけではない。彼のいうとおり土人形は強力な部類だと思う。叩きつけられる拳は地面を割るし、リサリアさんの短剣では倒すまでに"時間がかかる"。
「うーん。確かに、ツイているとは思わないんですけど」
僕は剣を抜き、ゆっくりと盾を構える。巨大な土人形の前へ進む僕を見て、エドワードさんが慌てて声を張り上げた。
「おい、姉ちゃん! 後ろで見てるだけなんてひどくねーか! 俺はともかく、お前はそれなりにやるんだろ!」
「……大丈夫よ」
焦らせる彼に対してリサリアさんは一切取り合わない。彼女は僕たちの安全を確信している。
僕だって同じだった。
ズシン、ズシンと地を揺らす足音。土人形は身の丈三メートルはある巨体で近づいてくる。拳は岩のように固く、一撃で地面を砕く破壊力を持っている。
だが――。
振り下ろされる拳を見上げる。初めて見た時は恐怖で足が竦んだ攻撃も、今では単純な軌道の読めるモーションでしかない。
「はっ!」
盾を頭上に掲げ、膝を深く曲げて衝撃に備える。ガキィン! という金属音と共に、巨大な拳が弾かれた。
腕に伝わる衝撃は確かにあるものの、『ものすごく硬い盾』の性能の前では取るに足らない。
僕の番だ。
土人形の腕が上がったままの隙を突く。青い剣が光の軌跡を描いて横に一閃。刃は土人形の胴を真っ二つに切り裂いた。
崩れ落ちる土人形は光の粒子となって消える。ドロップした大量の魔石だけが地面に残った。
「彼、とっても強いの」
彼女は僕のとなりに並ぶと、優しく腕を取って手を絡ませた。自慢しているようなその振る舞いは、彼女と一体になっている気がして嬉しかった。
それと同時に、彼女の身体が触れているのは気が気じゃなかった。けれど、それを表に出すのはかっこ悪いと思って平静を装った。
「クハハハ……最高じゃねーか」
エドワードさんの笑い声が響く。彼は体を小刻みに震わせながら、目を見開いていた。
その様子は普通ではなかったが、良い意味での高揚を感じさせた。
「作戦変更だ。ククク……これならずっとはやく、ここから出ることができそうだぜ」
「なんのことですか?」
「ちまちまやる気がなくなったってことだよ。あーあ、色々根回ししていたのに」
彼の瞳が、異様な輝きを放っている。
「お前、強すぎるよ。遠回りは必要ねえ」
エドワードさんが不敵な笑みを浮かべる。
「強行突破といこうじゃねーか」
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