第12話 そいつを殺して

 僕たちは唐突に襲われた。


 でも、それ自体は大したことではなかった。


 扉を周回した結果、装備がかなり充実している。僕は新しく『力が強くなる指輪』と『ものすごく硬い盾』を、リサリアさんは『よく切れる短剣』を新たに装備している。


 さらに僕たちはもう一度『ハズレ』のスライム部屋に入っていた。飴を食べたおかげで、レベルも20を超えている。


 スライム狩りに必死な転生者たちを相手に苦戦する理由がない。


 襲撃者4人も、僕とリサリアさんで2人ずつ無力化して終わりだった。


 戦闘自体は問題なし。けれど――。


「やたら視線を感じますけど、やっぱり気のせいじゃないですよね」


「そうね。わたし、おもいっきり睨まれたから。まず間違いないと思うわ」


 いつものように宿屋で食事をとっている間、周囲から厳しい視線を感じていた。僕たちが不安になるような事はないけど、監視されているようで気分は悪い。


「原因は……やっぱりあれなんですかね」


「追いはぎっていわれたこと? まあ、この感じだとわたしたちがそうだと噂が出回っているのかしら」


「心当たりはお互い、当然ないですよね」


 リサリアさんは頷いて同意する。四六時中共に行動している僕らはお互いにアリバイがある状況で、変に疑うことはない。


「それに、本当に奪うような事をするなら殺してますよ。それなら証拠なんて1つも残らないですから」


 僕が苦笑すると、リサリアさんは「心強いわ。あなた本当に躊躇ないから」と薄く笑いながら皮肉めいた視線を僕に向けた。


 噂は不愉快だったが、僕たちふたりとも焦る必要は感じていなかった。襲ってきた男達程度の戦力なら身構える必要すらない。


 それに、たかが噂なんだ。皆自分のことで精一杯なこんな場所で、話の熱が保たれるとは考えにくい。


「それより、攻略組の話に進展がないのが気になるわ」


「そうですね。もう10日以上経つのに、ボスの存在すら見えてこないなんて」


 攻略組。戦闘特化の転生者たちは毎日先の通路を進み、ボスを目指している。顔も覚えたし、彼らの疲労を感じさせない充実した表情はいつも同じ。


 最近は、ここに帰るたびに魔石10個を使って部屋で休むほど余裕があるようだ。


「そうね……新しい情報が欲しいのだけど。彼、今日は見当たらないわね」


 リサリアさんが言う「彼」とはエドワードさんのことだ。


 顔の広い彼は、いつの間にか情報屋のような立ち回りをするようになっていた。知らないことはないんじゃないかと思うほど、ダンジョン内の出来事に精通している。


 1度の情報に魔石2個を求めてくるが、僕たちにとって負担にはならない。顔を合わせる度に情報を交換していた。


「そのうち出てくるんじゃないですかね。それより、今日はもう部屋に上がりましょう。なんというか……こんな感じですから」


 周囲に視線を送る仕草で意図を伝える。「あなたの言うとおりね」と同意をもらうと、席を立ってカウンターに向かった。いつも通り魔石を人形に渡して階段を上る。途中、何組ものパーティーが僕らを睨んだ。


「許せねえよな。力任せに魔石を独占しやがって」


 わざと聞こえるように大声で投げかけられた不満の言葉。心の底から憎んでるって主張をしているかのようだ。


「そのうち忘れてくれるでしょう」


 楽観視したまま僕たちは部屋に入っていつも通り眠りについた。リサリアさんも、今日のことはまるで気にしていないみたい。


 そんな風に悠長にしていたことは、すぐに後悔することになった。


 14日目。


 いつも通り通路を進んでいると、背後から足音が荒々しく近づいてきた。


 振り返った瞬間剣が振り下ろされるのが見えたけど、避けるのは容易だった。返す刀で襲撃者の武器を弾き飛ばして軽く斬りつける。


 続けて襲いかかる三人も、剣を振り回してくるがその動きは洗練されていない。怪我が最小限になるように気を付けながら、彼らを無力化した。


「なんなのかしら……」


 リサリアさんが溜息混じりに呟きつつ、ヒールで男たちの傷を治療した。けれど、回復された襲撃者たちの顔には感謝どころか怒りが滲んでいた。


「ちくしょう、回復魔法まであるなんて。なんでお前らみたいなやつが!」


 地面に座り込んだ男が僕を睨み上げ、悔しそうに拳を地面に叩きつけた。傷を治してもらったことすら気に入らないのか、目つきは鋭くなるばかりだ。


 剣先を向けて、力関係は分からせているにも関わらず。


「どうして僕たちを狙うんですか?」


 冷静に問いかけると、男は怒りに任せて声を荒げた。


「てめえらだけ良い思いしやがって! 人から奪った魔石でよお!」


 噂は沈静化するだなんて、甘い考えだったらしい。以前囲まれた時とは違って、明らかに殺しにきていた。


 僕らへの憎悪はより大きくなっている。


「いっておきますけど、追いはぎなんてやってません。いったい、誰がそんな話を」


「そこら中でだ! お前らにやられたってやつから直接話も聞いたんだ。それに魔石の量がなによりの証拠だろうが! しらばっくれるんじゃねえ!」


 どこまでデタラメが広がっているんだ……?


 最初に囲まれた時以来、できるだけ他パーティーとの関わりを避けていたのに。


 噂話は形を変えて、燃え広がっているようだ。


「うるさいわね……」


 リサリアさんは頭を抱えると、突然顔を上げて「そいつを殺して」と冷たく言い放った。


「え、いいんですか?」


 理由はいまだにわからないが僕は殺人に抵抗がない。むしろ彼女が許すのであれば、こんな奴を生かしておく理由もない。人様に斬りかかっておいて、治療してもらったにもかかわらず、自分の主張だけは通すなんて。


 僕も少し頭に来ている。


 剣を振り上げると男の顔が恐怖に歪む。「や、やめろ!」と声を振り絞るがもう遅い。容赦なく剣を振り下ろそうとすると――リサリアさんが僕を制した。


「待って!」


 声が鋭く響いて、男の鼻先で剣が止まる。


「本当に殺そうとするなんて」


 斬られかけた男は肩で息をして目を大きく開いていた。明確に死を想像していたようだ。口からは涎をたらし、瞬きひとつしやしない。


 仲間が身体を揺らすも何の反応もしなかった。


「これで分かったでしょう。彼、何をやるにも一切の躊躇がないの。もしわたしたちが魔石を奪っているのなら、追いはぎなんてまだるっこしい真似しないのよ」


 男の仲間は目に涙を浮かべながら首を縦に振って同意を示す。男はいまだに放心したまま。


 ふーん。そんなに怖かったんだ。


「当然殺しもやってない。そうであったら、もっと人が減ってるでしょう。わたしたち、完全に真っ白なの。魔石は彼のアビリティ、幸運特化によるもので。わかったなら、ほら。さっさと話を広めてきなさい」


 リサリアさんが手を払うそぶりを見せると、彼らは足早に去っていった。


 その後も同じような連中に襲われてその日の探索はもう終わり。流石に、こんな状態ではダンジョン探索どころじゃない。


 リサリアさんは明らかにイライラしていた。僕もちょっと、明るく振る舞う気分にはなれなくて、ふたりとも無言のまま宿屋に戻った。


 テーブルに座って一息ついていると、エドワードさんが断りもなく隣に座る。


「随分疲れた顔をしてるが、なんだ。話をしてみろよ」


「……久しぶりね」


 リサリアさんはチラリと視線を向けただけで、話をする気はないようだ。仕方がないから、彼の質問には僕が答える。


「知っているんでしょうけど、変な噂が立っていて。その噂が原因で、今日なんて2回も不意に襲われているんです。下手に外を歩けなくて……もう、どうすればいいのかなって」


 僕らの疲れた顔を確認すると、エドワードさんは肩肘をついて満足そうな笑みを浮かべる。そんな彼から出てきた一言は、僕らを慰めるようなものではなかった。


「その噂、俺が流したんだよ」


 ……この人は何をいっているんだ。


 衝撃が、僕の中を駆け抜けた。


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