閑話 なんだ、クズか
俺は――生まれながらの勝ち組だった。
才能があり、努力する必要もなく結果を手にする。周囲は賞賛と嫉妬の眼差しを向け、俺はそれを鼻で笑う。自分より下の連中がもがく様を見ては、安酒のような優越感に酔いしれるのが楽しかった。
人の上に立ち、馬鹿を嘲笑い、愉悦に浸る。それが俺の人生だった――このふざけた世界に転生するまでは。
白い空間で、俺は訳の分からないダイスを振っていた。
軽やかな音を立てて転がる。出目は20、16、17。
目の前に浮かぶ透明なパネルには、異世界のシステムとおぼしき情報が並んでいる。
「……なるほどな」
一瞬で仕組みを理解した。ダイスの出目が高ければ高いほど、才能は開花する。いつもの俺らしく、運も実力のうちってことだ。
今回の出目で俺に与えられたボーナスポイントは50。初期値の半分にもなるこの数字は、ずば抜けた能力を持てると確信させる。
パネルを操作して種族を選ぶ画面に進む。下位ランクの人族や獣人が並ぶ中、目を引いたのはランク4の種族たち――ドラゴンニュート、フェニックス、エレメンタル。どれも特別感に溢れている。
「万能のステータスに、全属性の加護か……」
迷う必要などない。圧倒的な才能を示すにはこれしかないだろう。
種族選択を終え、さらにボーナスポイントをアビリティとアイテムに振り分けていく。
〈素手戦闘Ⅴ〉と〈攻撃魔法〉の適性を1つ伸ばして、装備は最低限整えた。
エレメンタル
VIT:14 STR:14 END:14 AGI:14 DEX:12 INT:16 MND:16 PIE:16 CHR:12 LCK:10
自然の力を具現化した種族。高い魔法適性とステータスを持つ。
【人族と同じ見た目】
〈火の加護Ⅴ〉〈水の加護Ⅴ〉〈土の加護Ⅴ〉〈風の加護Ⅴ〉〈攻撃魔法Ⅱ〉〈防御魔法Ⅰ〉〈補助魔法Ⅰ〉〈素手戦闘Ⅴ〉
革装備セット
魔導書【ファイアボール】
隙の無い完璧な構成だ。万能型のスペックに、全属性の適性。さらに近接戦闘もこなせるオールラウンダー。
「ククク、馬鹿を笑う人生を送れそうだ」
不敵な笑みが浮かぶ。生まれ変わっても、俺は頂点に立つ。英雄になるのか、支配者になるのか。そんな夢想に胸が熱くなる。
『転生開始。あなたの名前はマグナスとなりました』
転生ボタンを押すと、目の前が暗転し、意識が引き込まれるように消えていった。
転生後の世界。
意識が戻った瞬間、期待は脆くも崩れ去った。
「……なんだ、この薄暗い場所は」
茶色い岩壁に囲まれた広場。薄暗い空間には、自分以外にも百人を超える人の数。
こいつらも転生者か?
周囲ではあちこちでざわつき、笑う者や不安げな表情を浮かべる者が混在していた。
どいつもこいつも落ち着きがなく、見るに堪えない。
「期待はずれだな……」
吐き捨てるように言い放った。冒険の舞台は広大な草原や巨大な城に決まっているはずだ。
それが、まるで地下牢のような場所に放り込まれるとは。
「あ、あの……」
不意に、か細い声が耳に入る。振り向くと、華奢な体つきの女が、肩を小刻みに震わせていた。
「……なんだ」
「えっと……ここって、どこなんでしょうか」
縮こまるような声音に、無性に腹が立った。
「知るわけないだろ」
「あ、はは……そうですよね」
ぶっきらぼうに言い放つと、女は情けない顔をして硬直した。
不安な気持ちを紛らわしたいのだろうが、付き合ってやる義理はない。チッと舌打ちをして壁際へ向かう。
誰かに縋りつこうとする弱者の姿勢が、胸のうちを苛立ちで満たす。
壁に寄りかかり、周囲を観察した。誰もかれも浮き足立っていて、まともに目を引く奴はいない。
岩壁の冷たい感触が、俺を少しだけ冷静にさせてくれた。
そんなとき、突然辺りが暗くなり――
「皆さまようこそ! この素晴らしい世界に転生されたことを心より歓迎いたします!」
明るく調子外れな声が響き渡る。
現れたのは……ウサギ耳のメイド服の女だ。
そのふざけた格好に呆れつつ、耳を傾けるとルール説明が始まった。
このダンジョンを攻略し、ボスを倒さなければならないこと。
パーティーは四人が必須であり、脱出には厳しい条件が課されること。
女の見下すような微笑みは癇に障るものがあったが――この話は悪くない。結局はチュートリアルのようなものだろう。
メイド服の女が話を終えると、広場は騒然とした雰囲気に包まれる。
誰もがパーティーを組もうと必死だ。
俺はゆっくりと立ち上がり、近くにいる男に声をかける。
「お前、アビリティは何を取った?」
男は一瞬驚いたような表情を見せ、ためらいがちに答える。
「〈幸運の持ち主Ⅴ〉と〈錬金術Ⅴ〉。それに〈薬草知識Ⅴ〉と」
「なんだ、クズか」
心底呆れて、思わず吐き捨てる。
戦闘系のスキルが全くない。パネルを開いた時点で剣と魔法の世界に転生するなんて簡単に想像できるはずなのに。
なんて間抜けな奴だろう。こんな奴と組んでも足を引っ張られるだけだ。
俺はその場を後にし、戦闘特化のスキルを持つ仲間探しに向かう。不安なんて全くない。俺を無視できる奴なんて、いるわけがないのだから。
ダンジョンの入り口に集まる人々を眺めながら、俺は高らかに声を上げた。
「聞いてくれ! 俺はランク4の種族エレメンタルだ! 攻撃魔法も1つだが覚えている。きっと戦力になるはずだ! 強力な前衛と組みたいんだが、レベルの高い〈盾術〉を持っている奴はいるか!」
その声に応じて集まったのは、戦闘特化の三人。
一人目は〈盾術Ⅴ〉と〈耐久力Ⅴ〉を持つ大柄な男。全身を覆う重装備が、その役割を如実に物語っていた。
二人目は〈剣術Ⅴ〉に〈急所狙い〉を備えた冷徹な剣士。無駄のない動きが、その実力の高さを感じさせる。
そして三人目は〈斧術Ⅴ〉〈怪力Ⅴ〉〈防御無視Ⅴ〉という破壊特化の豪快な男。
これほどの精鋭が集まるとは。エレメンタルの名に相応しい待遇だ。
パーティーが揃ったのを確認し、俺は早速ダンジョンの中へと足を踏み入れた。
期待はすぐに裏切られる。延々と続く一本道は、松明の明かりだけが頼りの暗がりだ。冒険というより、まるで迷宮の囚人だ。
時折現れるスライムを蹴散らしながら、俺は舌打ちを繰り返した。他のメンバーは軽口を叩いているが、この程度の相手では退屈でしかない。
「スライムばっかだな。いい加減、手応えのある相手が出てきやがれってんだ」
「まあまあ、これは序盤だ。ここを越えればきっと大物が待ってるさ」
メンバー同士が冗談を交わす中、俺は無言だった。
しばらく進むと、通路の脇に一枚の扉が見えた。
「さて、どうする? あけるのか?」
「当然だろう。このままスライム退治を続けていても時間の無駄だ」
俺が扉を開けると、中には透明な膜のような揺らぎが広がっていた。
「……行くぞ」
先頭に立つ俺に続き、メンバーも中へ入ってくる。
最初に現れたのは大きな犬のような魔物だった。
鋭い牙に加え足元が燃えるような気配を持つこの魔物も、〈盾術Ⅴ〉の男がしっかりと前を守ると、まるでおもちゃのように無力だった。
このパーティーなら安定感を持って魔物を狩れる。自信が確信に変わりつつあった。
「ふん、この程度か」
パーティーの連携は完璧だった。盾で防ぎ、剣で切り裂き、斧で粉砕する。さらに俺の「ファイアボール」が追い打ちをかける。
「さすがエレメンタル様!」
「これなら楽勝だぜ!」
称賛の声が上がる度に、俺は冷ややかに笑った。当然の結果だと。
次々と扉を開け、アイテムを収集していく。部屋によっては宝箱も見つかったが、誰も開けられずじまい。それでも、レベルが3つも上がって、ポーション2つに鉄の剣と鉄の盾、収穫は十分だった。
「楽勝だな! 次も頭をかち割ってやる!」
「おう、行こうぜ!」
パーティーの士気は上がる一方。しかし、次の扉を開けた瞬間――異様な空気が流れ込んできた。
滑らかな床に磨かれた壁。淡い光を放つランプのようなものが、均等に並べられている。
その空間は、これまでの粗野な通路とは全く異なる異質な場所だった。
そして、その中央に佇む人影。
「……お前か」
ウサギ耳のメイド服。だが、広間でも見せた愛想笑いを浮かべた女の隣には「残念、大外れ!!」と書かれたふざけた看板が立てられている。
「おめでとうございます。皆様は、こちらの部屋に到達された第一号の転生者でございます」
女の声は柔らかく響くが、その微笑みには冷たさが混じっている。
「なんだよ、いったい」
「こりゃまた、妙な歓迎だな」
パーティーメンバーが動揺する中、俺は一歩前に出た。
「お前もモンスターというわけか」
皮肉交じりに吐き捨てた俺の言葉に、メイド服の女は微笑みを崩さない。むしろ、その笑みは冷たさを増したようだった。
「モンスターだなんて。一緒にされるのは心外です」彼女は優雅に言葉を紡ぐ。「ですが、今この瞬間、あなた方の敵であることは間違いありません」
「俺たち4人の相手をするということか。お前ひとりで?」
俺の問いかけに対し、彼女は首を傾けて微笑む。人形のような不自然な動きに不気味さを感じた。
「“相手をする”という表現は不適切ですね。わたくしが命じられているのは、一方的な“虐殺”ですから」
淡々としたその言葉に、場の空気が凍りつく。「虐殺」という単語があまりにも現実離れしているはずなのに、この場では異様にリアルだった。
「な、なんだと……」
その異様さに圧倒されたのか、斧を持った男が後ずさる。そのまま振り返って、扉に取り付いた。
「あ、開かねえ! おい、どーするんだよ!」
男の焦りの声が響くが誰も答えない。女の放つ威圧感が、全員の足を縛り付けていた。
メイド服の女は目を細め、まるで観客に話しかけるように言葉を続ける。
「もう少し怯えていただいてもよろしいでしょうか。そのほうが、観ている方々もお喜びになりますので」
観ている方? ここには、俺たちしかいないだろうに。
「……どういう意味だ」
「あなた方は、所詮家畜に過ぎないということです。我々の娯楽のために用意された存在ですから……役割を果たしていただかないと」
その瞬間、冷たい確信が胸に突き刺さる。この女は本気で俺たちを――殺すつもりだ。
「ファイアボール!」
俺は咄嗟に魔法を放った。炎の塊が彼女に命中し、爆発音が響き渡る。
だが――
「な、なぜだ……」
煙が晴れた後、彼女の姿に一片の損傷もない。服が焦げるどころか、髪の一筋も乱れていない。
次の瞬間、剣士が突っ込んでいく。これまで何度も魔物を両断してきた得意の一撃。だが、剣は女の手前で止まった。まるで透明な壁に阻まれたかのように。
「では“虐殺”を始めましょう」
メイド服の女がゆっくりと右手を上げる。白い掌の上で、血のような赤い光が揺らめいた。
「こいつ、魔法を……!」
盾を持った男が即座に前に出る。その反応は的確だった。この男は、巨大トカゲの炎すら防ぎ切った経験がある。頼れる盾役だ。
それなのに。
「イグニッション」
女の囁きが響いた瞬間、盾役の足元から炎が吹き上がった。悲鳴を上げる間もなく、炎は彼の体を丸ごと呑み込む。
そして光が消えた時、そこには何も残っていなかった。灰すらない完全な消失。
「まあ、なんてことでしょう。わたくし、加減を間違えてしまいました。しっかりと痛めつけるように命じられていましたのに」
メイド服の女は淡々と語り、肩をすくめて見せる。その無感情な態度に、胸の奥が冷たく凍るようだった。
残された俺たち三人の間に、言いようのない緊張が走る。互いの視線が泳ぐだけで、誰も声を発することができない。
ただ、事態の深刻さを共有するだけだった。
「ふざけんじゃねえ!」
斧を持った男が叫び、扉に再び取り付いた。力任せに開けようとするが、扉は微動だにしない。
「なんで開かねえんだよ! くそ……くそっ!」
カツ、カツ、カツ。
静寂を切り裂くヒールの音。女が軽やかに歩み寄り、男の肩に手を置いた。
「お気分が優れないようですが……大丈夫でしょうか」
優しく囁きかけるその声に、男は一瞬呆然とする。しかし次の瞬間――
「うわあああああああああ!」
半狂乱になった男は斧を振り上げ、全力で彼女に斬りかかった。だが、その斧は彼女の目の前で見えない壁に阻まれ、ピタリと止まった。
「無駄だとご理解いただけましたか?」
彼女は笑みを崩さず、淡々とそう告げるだけだった。
冷たい問いかけに、男の気力が失われる。斧を取り落とし、膝から崩れ、地面に額をすりつける。
「た、助けてくれ。こんな訳の分からないところで、訳の分からなまま死ぬなんて……なんでもする! この通り頼む!」
「なんでも、ですか?」
男の言葉に引っかかるところがあったのか、メイド服の女は復唱した。
「あ、ああ!」
男は必死に地面に頭をこすりつける。女は満足げに口元を緩め、右足を突き出した。
「舐めてください」
「え……」
男の動きが止まる。しかし、彼女の冷たい視線はそのままだ。
「舐めてください」
「あ、ああ……分かった」
斧の男は決意したのか、女の足元にすりよると両手を前に出す。足を手に取ろうとしたその瞬間――彼女のヒールが容赦なく男の頭に突き刺さった。
「わたくし、触れることは許可しておりません」
冷徹な声と共に、ヒールが男の頭を貫く。
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
「家畜であることをお伝えしていると存じます。相応の態度があると考えるべきではありませんか」
ザクッ、ザクッ、ザクッ――
頭蓋が砕けるような音と共に、男の身体がピクリとも動かなくなる。
メイド服の女は、血に染まったヒールを軽やかに踏み鳴らした。その仕草は、まるでワルツを踊るように優雅だった。
「さて、取れ高は十分でしょうか。観ている方々も、楽しんでいただけたと思いますが……どうでしょう?」
彼女の言葉はまるでこの場に存在しない誰かへ向けられているようだった。
俺と剣士は、女の視線が自分たちに向けられるのを感じ、思わず身を震わせる。
「次は――」
メイド服の女は、剣士のほうへ視線を向けた。
男は動かなかった。攻撃は一切通用せず、逃げることもできない。相手は圧倒的な破壊の力を持っている。
そんな状況が、男の判断力を奪っていた。
「もう少し、抵抗してくださらないと。そんな風に固まってしまっては……皆さん白けてしまいます」
女はそういって剣を持った男との距離を詰める。男が一切動きを見せないまま手が届く距離まで近づくと「では、わたくしの方から仕掛けさせていただきます」と囁いた。
女は男の頬に優しく触れる。男が身を強張らせた瞬間、彼女の手が首に回された。
「さあ、もがいてください」
パキパキと音を立てながら、剣士の首が捻じ切られていく。男は必死に女の腕を掴もうとするが、その手は虚空を掴むだけ。
「グフッ……ガ、ガアァッ!」
男の目が血走り、舌が飛び出す。それでも女の手は緩むことなく、さらに力を込めていく。
バキッ!
首の骨が粉々に砕ける音と共に、剣士の体が床に崩れ落ちた。
「ふふ、これくらいの演出が必要ですよね」
冷え切った空気の中、メイド服の女がこちらにゆっくりと歩み寄る。俺は本能的に後ずさろうとするが、足が震えて動かない。
彼女の視線は冷徹そのもの。だが、ふとその口元に淡い微笑が浮かぶ。
「そんなに怖がらなくても大丈夫です。一人は生かすように。そう、命じられておりますので」
その言葉に、俺は混乱しながらも必死に頭を働かせる。
「……な、なんで俺なんだ? お前は……俺をどうするつもりだ」
なんとか言葉を絞り出すと、彼女は優雅に礼をするように頭を下げた。
「どうするか、それはわたくしが決めることではありません。ですが、一つだけアドバイスを差し上げましょう」
彼女は俺の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「あなたの命が救われた理由。それをよくお考えになることです。きっと、それがあなたに与えられた新たな役割となるでしょう」
その言葉を最後に、彼女は身を翻し静かに部屋の奥へと消えていった。
残されたのは静寂だけだった。部屋の中には、もう二人の仲間の気配もなく、心には絶望と恐怖だけが刻みつけられていた。
部屋を出て通路に戻った。
いくつかのパーティーが通路を歩いており、それぞれが談笑を楽しんでいる。スライムしか倒していない、あるいは倒せる魔物が出る程度の扉しか開いていないのだろう。
先ほどの出来事が、夢であったのではないかと錯覚するほど平穏だ。
周りの奴らは、一人となった俺を不思議そうに見るがそれを気にしている余裕もない。
ふらふらとした足取りで俺は通路をただひたすら歩いた。
道中、俺を気遣って声をかけてきたやつがいた。エドワードと名乗る彼は、さも心配そうな表情で話しかけてきた。パーティーはどうした、何があった――。
俺は語っていた。全てを。
ショックで正気を失っていたのか、あるいはこれが"与えられた役割"なのか。目撃した惨劇を、まるで吐き出すように語り続けた。
エドワードは最後まで黙って聞いていた。別れ際、彼は「役に立った」と呟いた気がする。
通路の先には宿があった。食事をする者、談笑に興じる者。その光景が、まるで異世界のように思えた。
その空間の片隅で俺は力なく倒れこむように横になり、そのまま意識を失った。
目が覚めると、気分はいくらかマシになっていた。
昨日の出来事は事故だった――そう思うことで、かろうじて理性を保てている。
身体は動くが、ひどく腹が減っていた。聞けばスライムが落とす魔石で飯が食えるらしい。
昨日スライムを無視したことを後悔しつつも、通路を戻って狩ることにした。
魔石を集めて食事を得る、それだけの目的だったが思うようにはいかなかった。競合が多く、効率は最悪だ。
探索を進めようにも、それだけで手一杯。飢えをしのぐためにスライムを探す。
何の進展もない退屈な作業が数日続く。3日も経った頃には、単調な毎日に疑問を持たなくなっていた。
7日目、俺はいつも通りスライムを狩っていた。
その日はいつもより調子が良く、6匹目のスライムを倒したとき魔石を手にすることができた。
「おい、そいつは俺たちが目をつけていたスライムなんだよ」
背後から聞こえた声。振り返ると、4人組の男女が俺を取り囲んでいた。
最初から奪う気だったのだろう。
「狩ったのは俺だ。次からは先に手を付けるんだな」
その場を去ろうとするが、4人組は俺を動かす気はないらしい。
「いいから黙って置いていけ。痛い目にあいたくはないだろう」
「馬鹿どもが……」
次の瞬間、俺は目の前の男に掌底を叩き込み、反撃の余地を与えない。他の奴らも武器を構えたが、その動きは鈍く俺の拳には及ばない。
レベル差もあったのか、4人組は簡単に制圧できた。
立ち去ろうとすると一人の男と目が合った。俺が「クズ」と言い切った冴えない奴だ。そいつは鞄をパンパンに膨らませて、魔石がジャラジャラと音を鳴らしていた。
男の憐れむような表情で我に返る。俺は――英雄になるんじゃなかったのか? この世界でも、突出した才能で馬鹿どもを従える。こんなダンジョンなんてすぐにクリアできるって。
それがどうだ。パーティーは壊滅。おいおい飯にもありつけやしない。魔石ひとつのために言い争って――
俺は……俺は何をしているんだ!
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