第8話 しっかし羨ましいぜ。こんな綺麗なねーちゃんとふたり旅とは
扉を調べると驚くほどあっさりと開いた。
僕たちはアイテムを全て回収して元の通路へと戻る。大量のアイテムはリサリアさんの鞄を半分ほど埋め尽くしていた。
ドロップしたものは飴と剣に加えて、元々持っていた白い魔石に青い魔石と青い欠片。それに赤い魔石と緑の魔石に赤い欠片と緑の欠片だった。
どれも数が多すぎたからリサリアさんは捨てていこうとしたけど、僕が強引に説得して――ゲームだとなんとか理論で――全て詰め込んだ。
「かばん、重くないの?」パンパンに膨らんだかばんをみて、リサリアさんが心配そうに聞いてくる。
「意外と大丈夫です。レベルが上がったおかげでしょうか」
本当に、重さはそれほど感じない。一気にレベルが上がって、全く違う自分になったような感覚がある。
歩くたびにジャラジャラと音が鳴るのが気恥ずかしいけど、問題はそれだけだ。
盾もそのまま持ち続けている。返そうとしたけど断られたから仕方がない。
「扉を開ける条件は魔物を全て倒す、だったんですね」
「厄介ね。直前に回復魔法を覚えていたから助かったものの、なかったらどうなっていたか……」
ドロップに浮かれていた僕とは対照的で、リサリアさんは深刻な状況だったと感じているのか、表情がかなり暗い。
実際危なかったのかもしれない。
緑のスライムに身体を打たれた時は思わず膝をついてしまったし、赤いスライムと当たったところは火傷になっていた。
「そうですね。4人組だったら対応できたって感じでもないですし、想像以上に、扉はリスクの大きいものでしたね」
言葉にすると改めてそう感じる。回復魔法がなければ全滅だった。
「ええ、危険だと思っても撤退できるものでも無かった。極力避けるべきね」リサリアさんはきっぱりと言い切った。
……困ったな。
こんなに美味しいドロップがあると分かった以上、僕としては扉を開け続けたいと思ってしまう。
ハズレの看板があるなら、アタリの看板だってあるかもしれない。扉によってどのような違いがあるのか興味もある。
「でも、手に入ったものも大きかったですよ。別の扉はもっと良いものがあるかもしれません」
「元の目的は何だったかしら? 回復魔法を覚えて、目立つ剣が手に入って、レベルも上がった。もう十分なの」
そういうと、リサリアさんは先を歩き始めた。
確かに、今回の成果は十分すぎるくらいだ。
僕はそれ以上何も言えず、ただ彼女の後をついていくと「それに、疲れてるの」とリサリアさんは小さく呟いた。
ヒールを何度も使ったことで、魔力が消耗しているのだろうか。表情は終始暗いままだった。
僕の勝手で、彼女に無理をさせるわけにはいかない。大人しく従おう。
「どこか落ち着いて休める場所を探しましょう」
そう提案してからしばらく通路を進む。
ずっと一本道で、途中で転びそうになった時に鞄が大きな音を立てた。
それを見ていたふたり組の女の子が顔を見合わせて小声で何かを言い合った後、通路の先まで走っていった。
「大きな音にびっくりしちゃったんですかね」
「さあ」リサリアさんは特に興味がなさそうだった。
体感で3時間ほど歩き続けた頃、見慣れない光景が目に入った。
スライムを必死に狩る転生者たちの姿だ。
「くそっ、ハズレだ!」スライムを狩っていた男は、拾い上げた青い欠片を睨みつけて手を震わせる。
思っていたドロップでなかったようだけど、そんなに必死になることだろうか。ここに至るまでは僕以外だれもスライムになんて目を向けてなかったのに。
さらに進むと、スライムの沸き待ちをしているパーティーを見かけるようになった。
「妙ね……」とリサリアさんが眉をひそめる。
魔石にそんなに価値があるのだろうか?
僕も疑問を感じつつその場を後にすると、突き当りに大きな木製の扉が現れた。
ダンジョンの入り口にあったものと似た、立派な造りだ。
扉には入らないと決めていたものの、他にいくべき道がない。さすがに、覚悟を決めて入るしかないだろう。
考えあぐねていると、後ろから声がかかった。
「悪いな、どいてくれ」
振り返ると4人組のパーティーが平然と扉を押し開け、中に入っていった。
危険であるはずの扉に躊躇なく入っていく。あっけに取られているとさらにもう一組のパーティーが入っていった。
彼らからも緊張のようなものは感じない。
「……大丈夫そうですね」
僕たちも彼らに続いて扉を開くと、中から暖かい光が漏れ出した。
扉の先には、思わず息を呑む光景が広がっていた。
石造りの広間には暖炉があり、揺れる炎が心地よい暖かさを放っている。
木製のテーブルと椅子が整然と並び、多くの転生者たちが腰を下ろしていた。
「これは……酒場かしら」リサリアさんが目を見開いて声を漏らした。
「そうですね。2階に部屋もあるようなので、宿屋かもしれません」
広間の片隅に階段が見え、上階にはいくつかの扉が並んでいる。宿泊施設のような造りだ。
「どうしましょう。お金は持っていないのだけど」
他の転生者たちも同じ状況だろうから、お金が必要なはずはない。
リサリアさんなりの冗談らしい。
「とりあえず……座ってもいいものなのでしょうか?」
僕たちはどうすればいいか分からず入り口で立ち往生していると、金髪の女性が優雅に歩み寄ってきた。
「あなたたち、二人になってしまったのかしら」
柔らかい声が響く。声の主は金髪の女性だった。
ふんわりと広がる髪と穏やかな瞳を持ち、優しげな雰囲気を漂わせる。ほのかに漂う甘ったるい香りが、僕の意識を引き寄せた
「ええ、まあ。そんな感じです」
軽く答える僕に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「大変でしたね。でも安心してください。わたしたち、メンバーを失った方々同士で集まっているんです」
彼女が手を差し向けた先には、20人ほどの女性転生者たちが集まっている。
「協力関係を持ってダンジョンを攻略しようと考えています。よろしければ、あなた方もいかがですか? 一緒に行動することで、いろいろと助け合えると思うのですが」
そう言いながら、彼女は僕の手をそっと握った。
柔らかな手の感触に一瞬、思考が止まる。
距離も近い。体を寄せられ、肘がわずかに柔らかな何かに触れたような気がした。
これが……これがアビトリウムか!
ラッキー? スケベに感動してると、隣からリサリアさんの刺すような視線を感じた。
……どうしよう。
彼女の提案は魅力的なものだと思う。
パーティーを結成するという目標はすぐに達成できるだろう。人数が多いというのは安全にも繋がるはず。
リサリアさんに襲い掛かった男達と同じような奴がいないとも限らない。
「それで……どうでしょう?」
彼女はさらに身を寄せて囁くように言う。
了承しようかと考えたその時――
「あなた、誰なの?」
リサリアさんの冷たい声が割り込んだ。
金髪の女性は僕の手を離し、リサリアさんの方に向き直る。
「これは……申し遅れました。わたしはフルーネと申します。先ほどお話したように、いろんな方と行動を共にしております。よろしければ、あなた方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「リサリア」
「ヴィンハンスといいます」
リサリアさんの声がきつかったので、フォローするように穏やかに答える。
「ありがとうございます。それで……ヴィンハンス様、わたしたちと一緒に来てはくれませんか」
フルーネさんはふたたび僕のほうに向き直った。
急な提案にも関わらず、僕はそれがいいものだと感じていた。理由のない安心感に包まれる。
でも、僕がその提案にこたえる前にリサリアさんが冷ややかに言い放った。
「悪いけどお断りよ」
「まあ、それは……残念です。でも、いつでもお待ちしておりますから。気が変わったらお声をかけてくださいね」
フルーネさんは微笑みを崩さず一礼し、集団の元へと去っていった。
僕はその後ろ姿を見送りながら、胸の中のもやもやを拭いきれないでいた。
柔らかかった。すごく。
僕の緩む表情を見て、リサリアさんはため息をつくと空いているテーブルへ向かう。静かに椅子に腰を下ろした。
僕も後に続き、向かいに座る。
「何、さっきの」リサリアさんは不愉快そうに肘を立てて顎を手にそえる。
「その、少し見惚れてしまったことは謝ります。でもどうして断ったのですか。あれだけ人数もいれば情報だって手に入るでしょうし、パーティーの問題も解決したかもしれません。悪い話とも思えなかったのですが」
「見惚れたことなんてどうでもいいの」
どうでもいいんだ。そっか……
チクリと傷ついた僕を無視して、リサリアさんはそのまま続けた。
「話を断った理由は色々とあるのだけど……とにかく不信感が強かったの」
「不信感ですか?」僕はまったく感じなかった。
「ええ。部屋に入ってすぐに話しかけられたでしょう。周りには他にも何人かいたのに真っ先にわたしたちに。それに、彼女が扉の近くにいたことも。自分の集団から離れて、彼女だけがあそこにいるのは不自然よ」
確かに言われてみれば、と思う。
「だいたい、集団を作ってどうするの。脱出には制限があるのよ」
彼女の言葉には確信があった。
それを聞いて、自分がなぜフルーネさんの提案を受け入れそうになっていたのかを考え込む。
どうしてリサリアさんと同じように、疑うことが出来なかったのだろうか。フルーネさんの行動が怪しいというのは、指摘されて初めて気付いた。
彼女に手を握られたから、それで気を許してしまったのか?
本当にそれだけで?
自分の単純さに嫌気が差す。ただ、そんなはずはないという違和感が残って消えない。
頭の中で結論が出る前に、突然、広間の喧騒を切り裂くような元気な声が響いた。
「ようヴィンハンス! 生きてたか!」
エドワードさん――この世界で最初に話しかけてきた人だ。
特に親しいというわけではないが、知っている人が無事だと分かると不思議と気持ちが軽くなる。
「エドワードさんこそ、無事だったんですね!」
もやもやした気持ちが少し晴れるのを感じながら、僕は笑顔を返した。
エドワードさんはずかずかとテーブルに近寄ると、特に気遣うこともなくリサリアさんの隣に座り込んだ。
「しっかし羨ましいぜ。こんな綺麗なねーちゃんとふたり旅とは」
エドワードさんが軽口を叩きながら、リサリアさんの肩に腕を回そうとする。
おいやめろ馬鹿。僕だって、彼女には指一本ふれて――いや、指は触れたか。とにかくだめだ。
瞳孔が大きく開くのを感じる。手が出るかも。
僕の心配はよそに、エドワードの腕はリサリアさんにあっさりと払いのけられた。
「馴れ馴れしいわね」
冷たく言い放つリサリアさんに、エドワードは軽く笑って両手を上げる。
「おー悪い悪い、こーいう性格でよ」
まるで反省していない様子で言いながら、彼は僕の方に視線を向けた。
二度とするなよ。
「それで、お前らここまでどうだった」
エドワードさんが身を乗り出して聞いてくる。でも、要点が分からない。
「どう、とは?」
彼はにやりと笑った。
「俺のパーティーは散々でよ。通路脇の扉はお前らも入ったか?」
頷いて同意すると、エドワードさんは身を乗り出して話を続けた。
「モンスターがいただろう。収穫はあったか? ……俺たちが入った部屋は、ハズレの看板を抱えたスケルトンがやたら強くてな。やっとの思いで倒したのに報酬は何もない。おまけにスライムも大量に出てきて、マジで死ぬかと思ったわ」
僕たちと全く同じ部屋に入ったみたいだ。
だが、エドワードさんの話には魔導書や剣といったドロップの話は出てこない。
「何も得られず苦労だけしたみたいな言い方ね。アイテムのドロップはなかったの?」
リサリアさんが落ち着いた声で疑問をぶつける。
「そりゃあゼロってわけじゃないさ。魔石がいくつか手に入ったが、手持ちのポーションは全部使っちまった。割に合ってるとは思えねえ」
エドワードさんは苦笑しながら肩をすくめる。
ポーションを使い果たしたという状況は厳しい。少なくとも、僕はリサリアさんのヒールがなければ探索を続ける自信はない。
「私たちも同じ部屋に入ったわ。スケルトンからは魔導書、スライムからは剣を手に入れたけれど」
リサリアさんの口から、あっさりとその事実が告げられる。
慎重な性格の彼女が正直に話すなんて意外だった。危険を冒して手に入れた情報だけど、知ってほしいというようにさえ見える。
「おいおいマジかよ! 剣に魔導書? そんなもん落ちるのか」
エドワードさんは目を丸くして驚き、わずかに口を尖らせる。
「もちろん魔石もあるわ。大量に」
リサリアさんがぱんぱんに膨らんだ鞄を見ながら答えると、エドワードさんは「おいおい……」とうなだれるだけだった。
「運が良かっただけだと思いますよ」と言葉を返し、ちょっとだけ皮肉を込めた。リサリアさんに触ろうとしたお返しだ。
ただ、ヒールがなければ危険だったことを思い返すと、そう簡単に片付けるのものでもないかもしれない。
「まあいいさ。他にもツイてる奴らはいるみてーだしな」
エドワードさんはそう言って、声を潜める。
「扉は開ける度に中身が変わる。原理は分からんが、同じ扉に入っても全く違う部屋があるらしい。それで扉を開け続けて、大当たりの部屋を引いたやつがいてな。そいつがいうには、黄金の宝箱があったって話だ」
「黄金の宝箱?」
少し興味を引かれた様子でリサリアさんが問い返す。
「ああ。中には良さげな装備品や魔石がぎっしり詰まっていたってよ。だが、そんな部屋に辿り着くのは、扉の魔物を難なく狩れる戦闘特化の奴らか、特別運が良い奴だけだろう。俺には縁がなさそうだ」
エドワードさんは肩をすくめて、冗談混じりにいった。
僕たちに関していえば、装備品も魔石もハズレの部屋から手に入った。これは【幸運の星】と〈幸運の持ち主Ⅴ〉の合わせ技が、もたらした恩恵と考えていいはずだ。
彼が嘘をついていないなら、ドロップした魔石の数に差がありすぎるから。
ハズレの部屋が頻繁に出現しても、アイテム獲得の再現性があると考えていいかもしれない。
「そういう話を聞くと、扉を試してみたくなりますね」
だけども僕は苦笑しながら、黄金の宝箱に興味があるふりをした。そうでないと、ただ"運が良かった"という話につじつまが合わなくなってしまう。
「まあ、お前らがどうするかは自由だが。だからといって、どんな扉も軽率には開けないことだな。大当たりもあれば、大外れもある。そーいう話だ」
エドワードさんはそう言って話を締めくくった。
大外れに関して、エドワードさんは詳細を話そうとしない。大当たりよりもずっと気になる内容なのに。
彼と目が合った瞬間、彼の口元にどこか意味ありげな笑みが浮かんでいるように見えた。
心の内を見透かされたようで、気味の悪い感覚が胸をよぎった。
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