第7話 ゲームだとよくある話なんです
スケルトンとの戦いは、もはや頭の片隅に追いやられていた。
魔導書を手に入れたこと、そしてリサリアさんのことをぼんやりと考える。
本当にきれいな人だ。
ウェーブのかかった銀色の髪、透き通るような白い肌と、長いまつ毛に縁取られた澄んだ青い瞳が、彼女の顔立ちをさらに際立たせている。
ハイエルフ特有の優雅で洗練された姿は、こんな状況でなければ色んな声がかかりそうだと想像してしまう。
「出ましょう」
リサリアさんが短くそう言い、扉に向かう。
僕はその背中を追った。
「変ね……」扉に手をかけたリサリアさんが呟いた。
「どうしました」
「開かないの。押しても引いても動かない。扉ってすごく重かったりするの?」
「入るときは普通に開きましたけど」
僕も扉に手をかけてみた。彼女の言う通りビクともしない。
全力で押しても引いても、固く閉ざされたままだ。
「本当に開きませんね」両手を挙げて力づくでは無理だとアピールする。
「何か条件があるのかしら」
「条件……ですか。それなら、扉を開けるスイッチを押すとか特定のアイテムを用意するとかですかね」
「まるで経験したことがあるみたいな言い方ね」
「ゲームとかだとよくある話なんです」
リサリアさんには馴染みがないのか、あまり釈然としない様子だ。
「何の意味があるのかしら」
「ゲームならプレイヤーにストレスを与える、という目的があるのでしょうけど。この状況だとどうでしょう。ハズレが意味することなのかもしれませんけど」
「本当に出られないのなら確かにハズレね」
声に不安感はない。実際に出られないことはないと考えているんだろう。
「特に変わっているところはないように見えますけどね」周囲を確認してそういった。
「ええ、スイッチを押す必要はなさそうね」
「そうですね。一応、ハズレの看板とスケルトンの剣を拾ってみましょうか。関係があるとは思えませんけど」
ぼろぼろの剣もハズレの看板も扉を開ける鍵の役割を持っているとは思えない。それでも、手当たり次第に手を付けるしかなかった。
僕がハズレの看板に手をかけたタイミングでリサリアさんが「待って」といった。
「スライムがいるの」
リサリアさんの視線の先には青いスライムがいた。
通路で出てきた時と同じように跳ねてきたので切り落とす。
「どこから沸いてきたんでしょうか」
「多分、奥のほうから――」リサリアさんの言葉が詰まる。彼女がいうように奥のほうからスライムが湧いてくるのが見えた。大量のスライムが。
「下がりましょう!」
ハズレの看板は完全に無視。僕はすぐさま後退した。
スライムは数が多いだけじゃない。青以外にも赤と緑のスライムが混ざっている。それぞれの特性が読めない以上、慎重に対処するしかない。
「こっちよ!」リサリアさんに誘導される。
僕たちは部屋の隅を背にするように構えた。壁を背にすることで死角からの襲撃を防ぎ、一度に相手にするスライムの数も制限できる。
戦略としては正しいはずだ。
僕は自然と前衛になって、後ろにリサリアさんが控える形になった。
「前に出ないで、自分の身を最優先に」
「分かったわ」彼女は短く頷いた。
回復魔法を使える彼女が戦闘不能になることが最も危険なシナリオだと思う。僕が多少傷ついてもヒールで回復すればいいけど、彼女の場合はそうはいかない。
彼女が動けなくなったとき、1つしかないポーションで回復する保証はない。
彼女もそれを分かっているのか、反論はなく後ろに下がっていてくれている。
「あなたが使って」後ろにいるリサリアさんから盾を渡された。
「ありがとうございます」僕も特に何かをいうことなくそれを受け取った。
盾を手に取ると基本的な使い方を脳内でイメージ出来た。受ける、逸らす、払うが基本のようだ。こんな状況でも〈武器精通Ⅴ〉は頼もしい。
盾と剣を構えて迫ってくるスライムたちに備えると、スライムの群れが絶え間なく押し寄せてくる。
青いスライムは普通に斬れる。
だけど。
「……ぐっ!」緑のスライムは鉛のように重い。盾がへこんだような気さえする。
バランスを崩した僕は続けて跳ねてきた赤いスライムへの対応が雑になってしまった。剣を横に払うと柄を握っていた手にスライムの液体がかかった。
「!!!――」声にならない悲鳴が出る。赤いスライムの液体は熱湯のように熱かった。
「ヒール!」
リサリアさんの回復魔法が即座に痛みを癒す。
本当に助かる……けど、このまま持つかは自信がない。
「緑のスライムは重くて、赤いスライムは熱湯のように熱いです! 青いスライムだけを後ろに逸らします!」
青いスライムは冷たいだけで危険は少ない。リサリアさんでも対応できるはずだ。
返事はなかった。けれど、後ろを向いて確認する余裕もない。僕は必死に目の前のスライムをさばき続けた。時に悲鳴をあげては回復を受ける。
戦いが続く中、大きな青いスライムが現れる。
それを最後に他のスライムの湧きが止まった。
「これで終わりなら……」息を切らしながらも剣を構える。
大きなスライムは一撃では倒れず、液体を撒き散らしながら何度も跳ねてくる。
それでも僕は斬り続けて、やがてスライムは砕け散った。
大きな青いスライムを切り裂くと僕とリサリアさんは小さく光って、それ以上スライムは出てこなかった。
「……終わったの?」
リサリアさんが息をついた。その声には安堵と疲労が滲んでいる。
僕も肩で息をしながら、ぐったりと壁にもたれかかった。剣を地面に突き立てて、しばらくそのまま動けない。
だけど――
視界に飛び込んできたスライムのドロップアイテムが、僕の疲労を一瞬で吹き飛ばした。
「リサリアさん、見てください大量のアイテムを! 大きいスライムは剣まで落としました!」
「……そう」怪我こそないけど疲れからか素っ気ない反応だった。でも僕は気にも止めない。
床はスライムが落としたアイテムで埋まっている。最後のスライムが落とした剣を真っ先に拾って確認した。
鞘も刀身も濃い青色。刀身は静かに光を放っていて、磨き上げられた銀のように滑らかだった。銅の剣と比べてずっと軽いこの剣は、試しに振ってみると想像以上に鋭かった。
なんて気持ちがいいんだろう。こんなものが手に入るなら、リスクを冒しても扉に挑戦するパーティーがいるのも納得できる。
2本持ち歩く気にはならないから、銅の剣はここに置いていこう。
「これ、飴玉のように見えるのだけれど」
僕が剣を持ち換えていると、リサリアさんが包装紙に包まれた小さな丸いものを拾い上げた。
包装紙を外して中身を確認してみる。
「少しべたつきますね」
「香りも甘い……やっぱりこれ、飴玉よ」リサリアさんは結論付けた。
目を合わせたリサリアさんは対処に困っているようだった。
僕だって甘いものをとりたいわけではなかったし、ただの飴なら捨てていってもいいと思っている。
けれど、ドロップアイテムである以上何の効果も無いなんて考えにくい。
確認しないと。
「食べてみましょう」
「どうして。毒かもしれないじゃない」
「パワーアップアイテムかもしれませんので。ゲームだとよくあるんです」
リサリアさんは何か言いたそうにしていたけど、結局何も言わなかった。
この人、ゲームだとよくあるといってしまえばずっとこんな調子なんじゃないだろうか。
僕は慎重に飴玉を口に含んだ。甘い香りと共に、不思議な温かさが広がる。
「どう?」リサリアさんが緊張した面持ちで見守っている。
「普通の飴のようで......あ」
言葉が途切れた瞬間、身体が小さく光を放つ。
「え」あまりの驚きに声が漏れる。
「ねえ、今のって」
リサリアさんも同じように驚いているようだ。口元を手で押さえている。
「はい。多分、レベルアップしたみたいです」
「飴を食べただけで……」
スライムを数えきれないほど倒してやっと1回レベルが上がったのに、この飴はひと粒食べただけで僕のレベルを上げてしまった。
効果がレベルを上げるなのか大量の経験値を得る、のどちらであるか分からないけど、どちらにしても強力すぎる。
これもアビトリウムの力だと思うと恐ろしい。明らかにバランスを壊してしまっている。
そんな強力すぎる飴はまだまだ床に落ちていて、全部集めて分け合って食べた。結局、何度食べてもそのたびに身体が光った。
いくつか食べてから剣を振ると、明らかに鋭いものになっている自覚があって身体が光るとレベルが上がることが証明された。
転生したばかりの頃のレベルが1であるならば、僕のレベルは11、リサリアさんのレベルは10まで上がった。
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