第6話 はああああ
奥に進むにつれて、4人組以外を目にすることが増えてきた。多くは疲れ切った表情をしている。
ひとりで歩いている男を見つけ、僕たちはすかさず声をかけた。
「僕たち、パーティーメンバーを探していて。もしよければ組みませんか?」
リサリアさんも軽く会釈して男を見つめる。彼女の仕草にはどこか気品があり、相手に不快感を与える要素はなかったと思う。僕は少し妬いてしまうくらいだ。
それでも――
「誘いは嬉しいが……悪いな、今回は考えさせてくれ」
男はバツが悪そうに視線を逸らし、足早にその場を去っていった。
もうこれで7回目の失敗だ。
「ひとりで行動したいのでしょうか」
脱出の条件が『4人パーティーでボスを討伐する』となっているのは皆知っているはずだ。それなのに、どうして誘いを断るのだろう。
「そういうわけではないのでしょうけど。原因は私だと思うわ」
リサリアさんは静かに言った。
「リサリアさんが? そんなこと……」と口にしたものの、自信がなくて言葉を濁してしまう。
「あるのでしょうね。はっきり言いなさい」
彼女のきっぱりとした態度に、僕は困惑しつつも慎重に言葉を選んだ。
「ええと……リサリアさんが戦闘に向いていないとしても、それがここまで断られる理由になるでしょうか?」
彼女は「そうね……」といって少し自嘲気味に笑うと話を続けた。
「彼らは、目の前で仲間が死ぬところを見ているのよ。ダンジョンがどれだけ危険かを身をもって知った以上、安易な選択を避けたいのかもしれないわ」
「扉を開けない限りは安全だから、焦る必要もないってことですか」
「今のところはだけど。だから、私たちのパーティーに誰かを誘うなら、相手が誘いに乗るような強みが必要ね」
強み、か。リサリアさんの強みは……なんだろう。
彼女はポイントを80も消費するハイエルフという高コストの種族。だけど、その知性や魔法の潜在力はまだ発揮されていない。現状では〈召喚術Ⅳ〉を生かせるような魔法を覚えているわけではなく、戦力としては控えめだ。
僕はどうだろう。
今のところ役に立ってそうなアビリティは〈幸運の持ち主Ⅴ〉〈武器精通Ⅴ〉と種族固有の【幸運の星】。
〈武器精通Ⅴ〉は便利だけど〈剣術〉のような特化型と比べて戦闘力をアピールできるようなものかは怪しい。それに〈幸運の持ち主Ⅴ〉と【幸運の星】は効果を証明するすべがない。
アビトリウムだとアピールするのも……難しいかな。隠し種族だといったところで相手に信用されないのは目に見えている。
多分、僕しか知らないのだから。
「分かりやすいものか……」
僕の脳裏にある考えが浮かび上がる。
「扉に入ってみませんか」
その一言に、リサリアさんの表情が曇った。
「どうして? さっき話していた通り扉の先は危険だってことは、あなただって理解しているでしょう」
「もちろんです。でも、他のパーティーが挑戦しているということは、それに見合うだけのメリットがあるはずです。いいアイテムが手に入るとか、レベルが上がりやすいとか」
「それは……」
リサリアさんは視線を伏せて考え込む。彼女も予想はしていたのだと思う。
「やっぱりだめよ。4人パーティーで死者が出るようなところに、たったふたりで挑むなんて。私はほとんど役に立たないし、あなたひとりでどうにか出来るはずがないわ」
「でも、このままじゃ4人のパーティーなんて組めませんよ。もう7回も勧誘に失敗しているんです。ただ待っているだけでは状況は変わりません」
その言葉に、彼女は小さくため息をついた。
「……分かったわ。ただし、危険だと思ったらすぐに撤退する。これだけは約束して」
「約束します」僕だって無茶はしたくない。「それなら次に見つけた扉に入るってことでいいですね」
「いいわ」
僕は先に歩き出した。表情が緩むのを悟られないように。
もしかしたら――レアアイテムがあるかもしれない。スライムとは比較にならない強力なアイテムが。
正直、そんな欲もあった。
奥に進むと扉が見つかったので早速開けてみた。透明な揺らぎが広がっていて、まるで目に見えない膜のようになっている。
「中が見えないわね……」
リサリアさんが不安そうに呟く。
「これ、奥行きがありますね」
僕はその膜に手を突っ込む。違和感なく吸い込まれるように腕が入った。
空間は広がっているみたいだ。
「どういう仕組みなのかしら」
「分かりませんけど……一応、入ってみましょうか」
僕が扉の中に入ると、リサリアさんも後ろをついてくる。
中は薄暗い部屋だった。石畳の床に粗く削られた岩壁。そして天井から吊るされたランタンの淡い光が、部屋全体を照らしている。
部屋の奥には剣を持った骸骨――スケルトンってやつかな――がぽつりと立っており、『ハズレ』と書かれた看板を首からぶら下げていた。
持っている剣は錆びついているものの、その姿勢には威圧感がある。
『ハズレ』と書かれた看板が滑稽に見える反面、不気味さを際立たせていた。
「ハズレ、ね」
何かの罠に見えたのか、リサリアさんは扉の前でじっとしたままだった。
「危険だからハズレ、でしょうか。でも、何もないからハズレってこともありますよね」
僕は剣を抜き、スケルトンに一歩ずつ近づいた。
「確認してみましょう」
剣を構え、スケルトンに接近する。揺れるランタンの光が、骸骨の輪郭を不気味に照らし出していた。
看板に手が届きそうな距離まで近づいたその瞬間――スケルトンの剣が鈍く持ち上がった。
「気を付けて!」リサリアさんの緊張した声が響く。
その動きは不自然なほどぎこちなかった。けれど振り下ろされる瞬間、剣の速度が異常なまでに加速した。
速い!
なんとか身を逸らしてギリギリでその一撃を避ける。胸の鼓動が耳に響いた。
剣は石畳に突き刺さり、鈍い音とともに床が砕けた。
冷たい汗が背中をつたう。
メイド服の女のいったとおりだ。本当に、情け容赦なんてない。死が明確にイメージできる。
スケルトンは剣の勢いで屈んでいる。その隙を狙い、僕は手にした剣を胴体へと振り下ろした。
「ぐっ……硬い……!」
手応えはあったけど骨が硬い。刃が骨に食い込んで、剣が抜けなくなってしまった。
「やばい……!」
剣に気を取られている間に、スケルトンがゆっくりと起き上がり始める。手にした剣を再び持ち上げ、こちらに向かって振り下ろそうとしていた。
剣は食い込んだまま、僕は抵抗する手段を持っていない。
――終わる。
そう思った瞬間、横から力強い一撃が飛んできた。リサリアさんが持っていた盾を力いっぱい叩きつけて、スケルトンの剣を横に弾き飛ばした。
「手伝うわ!」
リサリアさんは盾を投げ捨てると、僕の剣の柄を握って前のほうに力を加えた。それに反応して思いっきり剣を押し込むとスケルトンの骨が裂けた。
スケルトンはカタカタと音を立てて崩れ落ちる。完全に動かなくなるとスライムと同じように光に包まれて消えた。
「危なかったわね」
リサリアさんは落ちていた盾を拾い上げながら、静かに息を整える。
確かに危なかった。でも、恐怖感はほとんどない。人を殺しても、殺されそうになっても僕の心は動かないようだ。
代わりに、スライム以外の魔物を倒したことによるアイテムへの期待感が大きかった。
剣を鞘に納めてスケルトンが消えた場所に注目する。すると、何かが落ちていることに気が付いた。
「魔導書、なのかな」
落ちていた青い本を拾う。表紙にはヒールと書かれていてページの中は見たことがない記号や図形が並んでいた。
間違いない、魔導書だ!
「リサリアさん、これはヒールの魔導書ですよ! これって、ハズレどころか大当たりじゃないでしょうか! 回復魔法のはずなので、〈光の加護Ⅱ〉と〈治癒力Ⅰ〉のアビリティを持っているリサリアさんならきっと覚えることができますよ!」
声に興奮が混じる。回復に関する魔導書はポイント消費が多すぎて、誰も覚えていなかったことを思い出したことも影響した。
それほど貴重なものが、こんなに早く手に入るなんて!
アイテムドロップに興奮する僕とは対照的に、リサリアさんは冷静な反応をする。
「嬉しいけれど、どうやって覚えるの」
どうやって……覚えるのだろうか。
本のページをめくってみたが使い方なんてものは書かれていない。内容もとても理解できるものではないので見て覚えるというものでもなさそうだ。
「はああああ」と言いながら適当に力を込めてみたり「ヒール!」と叫んでみたりしたけど変化はまったくない。
ただ、リサリアさんの目が冷たくなるばかりだった。
「ふぅ……」
僕は観念して魔導書をリサリアさんに渡すことにした。
「リサリアさんも何かやってください」
「え、嫌よ」彼女は魔導書を受け取ろうとはしない。
「適性の問題かもしれないので」
僕は強引に魔導書を彼女の手に押し付けた。その瞬間、魔導書が小さく光を放った。
リサリアさんと目を合わせる。彼女は驚いた表情で魔導書を受け取って、慎重にページをめくり始めた。
「読めるのですか? 僕には全然わかりませんでしたが」
「文字は読めない。けれど、意味が……伝わるの」
リサリアさんはものすごい速さでページをめくって、すぐに最後まで読み終えた。彼女が読み終えると魔導書は強く光って消えてしまった。
「わたし……魔法が使えると思う。ヒールという魔法がどういうものか、分かった気がするの」
「今の一瞬で魔導書の内容を?」
難解な記号と図形だけでなく、初見ではまず理解が出来なさそうな魔法陣まで書かれていたのに。
「信じられないかもしれないけれど、理解してしまったの。試してみたいわ。怪我をしていたり痛めているところはないかしら」
「あ、手首を少し」
彼女は優しく僕の手を取る。
「目を閉じていて。恥ずかしいから」
僕の心臓は妙に早くなっていた。彼女が真剣な表情で目を閉じる姿、指先の柔らかさ、そして至近距離で感じる温もりが、どうしても気になってしまう。
「ヒール」
彼女が静かに呟いた瞬間、僕の手首が淡い光に包まれた。痛みが引いていく感覚が広がる。
「どう?」
「治ったと……思います」
「よかった」
彼女は少し笑顔を見せた後、手を離した。
回復魔法を手に入れたことは大きい。どの程度の怪我までを治療できるのかは分からないけど、ダンジョンの探索はずっと楽になるはずだし勧誘だって上手くいくかも。
大きな収穫であるはずなのに、僕は少しだけ残念だと感じている。
彼女が手を離した時の、ほんのわずかな物足りなさが残っていた。
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