第4話 どうして助けてくれたの

 深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。呼吸は荒れていたけれど頭の中は冷静そのものだ。


 〈武器精通Ⅴ〉


 多分、これはかなりいいアビリティだ。


 僕は初めての戦闘で、明らかに自分の身体が〈武器精通Ⅴ〉の影響を受けていることを感じていた。


 初めに男に斬りかかったとき、僕は根拠を持って動いていた。その感覚に戸惑う暇もなく、次に何をすべきかが自然と頭に浮かんでくる。


 『この角度なら斬りやすい』『ここで受けると力負けする』――そんな判断が自分のものとは思えないほど正確だった。


 〈武器精通〉は武器それぞれが持つ特性を理解する、というアビリティで間違いなさそうだ。


 アビリティ一覧の説明では『DEXに補正』ともあったし、かなり有用だと思う。


 ――冷静に分析している場合だろうか?


 そう思いながらも、目の前で起きたすべてを振り返らずにはいられない。


 僕は人を殺した。3人もだ。


 普通ならパニックになってもおかしくない。僕の中で「人を殺す」という行為は、それほど重大で重いことだと知っていた。けれど、今の自分はどうだろう。


 戦い方を振り返り、次の戦闘に備える思考が巡るばかりで、罪悪感らしいものはまるで浮かんでこなかった。


 ……転生した影響?


 転生をして異世界に適応したってことなのだろうか。この世界は死と隣り合わせの危険なところだから、これぐらいは普通だと感じてしまう、とか。


 考えれば考えるほど、答えは見つからない。代わりに、ハイエルフの彼女が脳裏に浮かんだ。


 振り返ると、彼女は地面に座り込んでいた。


 僕と目が合うと彼女の身体が一瞬ビクッとした。両手を胸の前で組んでいて、不安定に揺れる瞳からは僕への警戒が強く伝わってくる。


 ああ、なるほど。


 この世界がどうではない。僕が普通ではないようだ。


「ねえ」


 僕が何もいえないでいると彼女のほうから切り出した。


 その声には、恐れよりも冷静さが滲んでいた。


「どうして助けてくれたの」


 意外だった。


 彼女は明らかにさっきの出来事を恐れている。にも関わらず、一言目は非難や拒絶の類じゃなかった。


「あなたが3人組に連れて行かれるのを見ていました。それに、会話も聞こえていて。彼らのいうことなんてデタラメだと思ったんです。だから、すごく嫌な予感がして」


「予感がしたからって、それだけでここまできたの? あなただって、ほかの人と同じようにパーティーを組む人を探していたんでしょう」


「その通りです。ですから、ここに来るべきか迷いました。ただ、気づいた時には走り出していて」


「……本当に? 私を助けても何のメリットもないじゃない」


「そうですけど」


 彼女の問いに言葉を詰まらせる。


 本当にその通りだ。冷静に考えれば、彼女を助けることに何の見返りもない。けれど――


「見過ごせなかったんです」


「どうして」


「分かりません」


 ハイエルフの彼女がため息をつく。


 僕のあいまいな答えに思うところがあるのだろう。


「……殺すつもりだったの?」


「まさか」


「でも迷いがなかった」


「それは僕も驚いています。最初に斬りつけたのは反射的なもので……交渉をするつもりだったんです。ポーションを1つ持っていたから、応じるなら傷は治すぞって。だけど、彼らは武器をかまえて」


「仕方なく殺した。そういいたいのね」


「……はい」


 咄嗟に身体が動いたのは本当だ。ただ、一人目を斬った後の行動は、選んだ結果だったようにも思う。


「つまりあなたは、なんとなく男たちが信用できなくて、理由はないけど後をつけて、成り行きで彼らに斬りかかったのね」


「そう、なりますね」


「そう」


 彼女は僕との視線を外し、地面に散らばる服へと目を向けた。


 それから、何かを思い立ったようにサイズの合いそうな服を手に取り、立ち上がる。


「着替えるわ」


 彼女の言葉に僕は慌てて背を向けた。


 後ろで衣擦れの音が聞こえ、少ししてから彼女の声がする。


「行きましょう」


「どこへですか」


「ダンジョンの中に決まっているでしょう。他に行くとこなんて無いじゃない」


「それは……僕と組むということですか」


「そうね」


 予想外の返答だ。こんな辻斬り男と一緒に行動するというのか。


 僕は少し間を置いてから問いかけた。


「どうしてですか。僕のこと、怖くないんですか。急に現れて人を斬って」


「怖いわ。でもいいの。悪い人じゃなさそうだし……」


 彼女は少し微笑んだ。


「それに、あなた……強いから」




 ハイエルフの彼女とダンジョンの中に入るころには、扉の前からは誰もいなくなっていた。


 『4人でないとボスの部屋に入れない』という条件は覚えていたけれど、仕方がないのでふたりで進むことにした。


 通路は広場と同じく茶色い岩壁に囲まれ、足音がやけに響く。


 それなりに広さがあるせいか、圧迫感はあまり感じなかった。


 なのに、落ち着かない。


 並んで歩く彼女の存在がやたらと気になった。


 すらりと伸びた白い髪が歩くたびに揺れ、自然と視線が引き寄せられる。


 その髪は、ダンジョンの薄暗い光に淡い輝きをまとっているようにも見えた。


 彼女の顔に視線が移り、次いで身体のライン、整った姿勢へと目が行ってしまう。


 ――これがハイエルフ、か。


 異世界、すごいな。男の煩悩が全て詰まったような外見に、2人旅も悪くないような気分になってくる。意識しないと、あれこれと見てはいけないところを見てしまいそうだ。


 意図的に視線を外そうとして、足元に目を向けて歩いた。


「死体って消えるものかしら」


 しばらくすると、彼女が突然切り出した。ずっと気になっていたのだろうか。


「いえ、そんな話は聞いたことがないですね」


「でも、消えたわ。光に包まれて、まるで元から何もなかったみたいに……」


 彼女の言葉に、僕も先ほどの出来事を思い出す。


 確かに3人の男たちの身体は消えて、その場に服だけが残った。


「正直、あなたがそうしたんじゃないかと考えていたのだけど」


「僕が? ありえないですよ、どうしてそんな」


「違うならいいの。ただ、あなたも小さく光っていたから」


 彼女の言葉に、はっとする。


 確かに僕も小さく光っていた。それを自覚しているのに、その意味について深く考えたことがなかった。


「ここに来る前に、RPGゲームで遊んだことはありますか」


「ちょっとだけ。何を遊んだかまでは思い出せないのだけど……どうして今そんな話を?」


「僕はゲームみたいだなと思っていたんです。倒した敵が消えてその場からいなくなって、倒した僕が光ったのはまるで――」


 僕がここまでいっても彼女は思い当たるものが無いようだ。


 仕方がないから言葉をつづけた。


「レベルアップみたいだなって」


 その一言で、彼女の眉がわずかに寄った。


 『人を殺してレベルが上がる』なんて考えは、どんな理由があっても気分のいいものではない。僕は彼女がこれ以上追及してこないことを内心で安堵していた。


 そのまましばらく歩いたけれどモンスターが出てくることはなかった。


 元々通路では出ないようになっていたのか、先に行った人たちがすべて倒してしまったのか。


 変化のない一本道を進む中、僕の気が散り始めた。


 何も起きないと、どうしても隣を歩く彼女の仕草や外見が視界に入ってしまう。


 よくないな、別のことを考えよう。


「その、名前を聞いてもいいでしょうか」


「構わないけど、こういうときはあなたから名乗るものではないの」


 彼女が口元にわずかな微笑みを浮かべた。


「すみません。僕はヴィンハンス――そう決まったんです」


 彼女の笑顔のおかげで僕の肩の力が抜けた。ちょっとだけ余裕のある雰囲気を出したくて、エドワードさんの真似をしてみた。


「格好いいのね。私はリサリア。急に名前を決められて驚いたのだけど、もうこれが私の名前で間違いないって思ってしまうの」


「僕も同じです。それに、元の名前も思い出せなくて……あれ?」


 自分で口にして気づいた。名前だけじゃない。


「自分のこと……全然覚えていないですね。ゲームがあったとかスマホが何かとか、そんなことは分かるのに。住所、学校、両親の名前。僕がどこの誰だったか全然分からないです」


「今さら?」


「ええ、まあ」


「ここに来てから、私はずっとそのことばかり考えていたのに。あなた、やっぱり図太いのね」


 彼女の軽い皮肉に、僕は反論する気もなく曖昧に笑ってごまかした。


 異世界に転生した喜びに浮かれていたのだろうか。


「アビリティは何を選んだのかしら。やっぱり〈剣術〉?」


「いえ、戦闘に使えそうなのは〈武器精通Ⅴ〉ぐらいです。他は、〈幸運の持ち主Ⅴ〉とか、〈錬金術Ⅴ〉とかで」


「でも3人に勝ってたわ」


「たまたまですよ。最初に斬りつけた男は完全に僕のことが見えていなかったですし、次の男も反応によっては先に斬られていたと思います。それにその後ことも……」


 言葉を止めて、自分の考えをまとめる。


 確かに、勝因は『偶然』だった。あの短剣を持った男の腕が切り落とされたのも、槍が当たらなかったのも、すべて運が味方した結果。


 幸運、向いてるじゃないか……


 こんな状況、全然ツイてないなんて思っていた。けど、しっかりとアビリティは作用しているようだ。


 それは、1対3という状況を覆すほどに強力に。


 そしてこの強運が、この先も必然的に続くとしたら?


 アビトリウムという種族、僕の想像を大きく超えているかもしれない。


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異世界ダンジョンサバイバル ~運特化の隠し種族が強すぎました~ 西浦和太郎 @n_taro

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