第3話 本当に話していいんだな?

 みんなが一斉に仲間集めに動き出した。あちこちで互いに自己紹介をして合意があればパーティーを組むという流れが出来ている。


 みんな必死で、メイド服の女の脅しは効果抜群だったことがよくわかる。


「お前、アビリティは何を取った?」


 腰を上げると近くにいた赤い髪の男から声をかけられた。


 初対面にもかかわらず一方的な質問に、愛想のない顔つき。あまり相手をしたくないけど無視をするのはどうだろう。


「〈幸運の持ち主Ⅴ〉と〈錬金術Ⅴ〉。それに〈薬草知識Ⅴ〉と」


「なんだ、クズか」


 男はそう吐き捨てると、何のためらいもなくその場を離れて人混みの中に消えていった。


 あまりにも唐突な態度に、怒りというよりは呆れが先に立つ。


 けれど、危険なダンジョンに挑む仲間を探すというのだ。僕のような運特化の人間と組もうと思う方が珍しいか。


 こっちだって、戦闘系のアビリティに特化した英雄願望がありそうな人とはウマが合わないだろうとは思っていた。


 曖昧な態度を取られるよりは楽でいい。


 皆パーティー募集に必死になっているけど、僕は外側でポツンと立ってその様子を眺めていた。


 早めに相手を見つけたほうがいい事は理解している。でも、まだ動く気にはならなかった。選択肢が多いうちはどうせ相手にされないから。


「聞いてくれ! 俺はランク4の種族エレメンタルだ! 攻撃魔法も1つだが覚えている。きっと戦力になるはずだ! 強力な前衛と組みたいんだが、レベルの高い〈盾術〉を持っている奴はいるか!」


 さっきの赤い髪の男だ。扉の前で声を張り上げている。


 すぐに何人かが彼の前に詰め寄った。エレメンタルという種族が強力だということは大抵の人が知っているようだ。


 彼のパーティーはあっという間に形成された。


 そして彼に続くように、次々とパーティーが結成され、ダンジョンへと進んでいく。戦闘に特化したアビリティを持った人たちだろう。


「俺は〈槍術Ⅴ〉に加えて〈強撃Ⅳ〉も習得している。もし魔法を使えるなら――」


「あとひとりは回復役を探しているんだが、誰かヒールを覚えていないか! ポーションを複数持っているやつでもいい!」


「攻撃、魔法、防御に特化した3人が集まったんだが、バランス型はいないだろうか?」


 広場の熱気がますます高まる。誰もが真剣だ。欠点を補うようにメンバーを募集している。


 僕は……どれにも当てはまらない。


 一応、回復役の募集は人が集まっている様子がない。ヒールの魔導書はポイント消費が大きすぎたからだと思う。そこに入り込む余地があるかもしれないけど……手持ちのポーション1つで、上手く交渉できる自信はない。


 様子見に徹していると人数が半分ぐらいまで減った。


 戦闘特化はもういない。ここからは、皆妥協しながらパーティーを組むはずだ。僕にも交渉の余地がある。


 人混みに入り込むと、すぐに1人の男と目が合った。必死な表情をしていて、藁にもすがる思いだというのが一目で分かる。


「俺は〈弓術Ⅲ〉を中心にアビリティを習得した。弓と矢だってしっかり持ってる! 必ず力になれると思うんだ。相性が良さそうならパーティーを組みたいんだが、君のアビリティを教えてもらってもいいかい」


「僕は〈幸運の持ち主Ⅴ〉を中心にアビリティを決めました!」


「こ、〈幸運の持ち主Ⅴ〉だって!? それが何の役に立つと思っているんだ」


「……宿の朝食にパンのサービスがあると思います」


 僕がそう答えると、男は言葉を詰まらせたあと大げさなため息をつく。


「は、話にならない。悪いが他を当たらせてもらうよ」そういい残して男は去っていった。


 話にならない、か。


 戦闘特化の人に相手にされないのは分かっていた。だから残った人と上手いことパーティーを組もうと考えていたのに、こんな対応をされるとは。


 「運特化」のスキルを正直に話すたび、相手は失望した表情を浮かべて去っていく。


 残った半分がさらに半分になった。

 もうなりふり構っていられない、アビリティを詐称しよう。


騙されやすそうな人を探そうと視線を巡らせていた矢先、不意に目の前の誰かとぶつかってしまった。


「気を付けてくれよ」


「ええ、すみませ……ん」


 ぶつかった相手は3メートルはあるんじゃないかってぐらい大きい。縦だけじゃなく横もすごい。一日何キロカロリー摂取しないといけないんだろう。僕の5倍は食べそうな身体。


 間違いなく彼の種族はジャイアントだ。


「でかいだろ」ジャイアントさんが自嘲気味に笑う。


「はい。すごく大きいです」


「どうしてジャイアントなんか選んだんだって顔をしてるぜ」


 驚きのあまり考えていたことが顔に出てしまったみたいだ。


「……すみません」


「みんな同じ顔になるんだ、慣れちまったよ。ま、普通はこんな巨人になろうなんて思わないだろうし、俺だってなりたくてなったわけじゃない」


「えっと、それは」


 どういう意味だろう。


 エドワードさんが話していたように、全員が転生時にパネルを操作したはずだ。何人かと自己紹介をした感じだと、それは間違いなさそうだった。


 パネル操作で自身を作るっていう大前提は共有できている。


 このジャイアントさんだけ事情が違うなんてことがあるのだろうか。


「ダイスロールだよ。『選択可能な種族を』ってやつのダイスで俺は1を出しちまってな。そうしたら『ファンブル』なんていわれて気づいた時にはこの身体だよ。おまけにハゲだし」


 何かいおうとしたが言葉がのどに詰まった。


 1を出してファンブルって、TRPGでいうところの最悪の結果を引くってことだろうか。


 わけもわからず異世界に転生させられてるってのに、さらにモンスターと間違われても仕方のないような姿にされてしまうなんて。


「まー悪いことばっかりじゃないんだ」


 僕に気を使ってかジャイアントさんは明るく続けた。


「ジャイアントってポイントが50も必要だっただろ。それが半分の25になってたんだ。だからまあ、強い身体を安く手に入れられたんだよ」


「それは、確かにお得ですけど」


 気を使ってもらっているのにちょっと否定してしまった。でも、どうしても共感できない。ポイントが半分ですといわれても、僕は絶対にジャイアントは選んでいない。


「納得できてなさそうだな。お前の想像する通り色々不便はあるかもしれん。飯だっていっぱい食わないといけないだろうし、建物は狭く感じるだろう。俺だって不安だったさ。でも、それがなんだ。せっかく他人とは違う身体になったんだから、俺にしか出来ないことをしようって決めた。そうしたらスッと不安がなくなったんだ」


 言葉から躊躇いが感じられない。きっと、本心でいっている。


 なんて強い人だろう。ジャイアントなんて、という風に考えていた自分が恥ずかしくなってきた。


 この人、いいんじゃないだろうか。


「強い人ですね」


「お、そうか? 嬉しいね」


「もしよければ、その……あなたにしか出来ないことを教えてください。」


 彼は一瞬黙り込んでから僕の目を見つめた。


「本当に話していいんだな?」


「もちろんです。お願いします」


 彼は深く息をついてから話し始めた。


「俺の目標は種付けジャイアントになることだ」


「……タネヅケジャイアント?」


「そう、種付けジャイアントだ」


 彼の表情が深く曇る。一片のユーモアもない、真剣で厳しい表情だった。


「俺のアビリティも聞いてくれるか」


「い、いえ。結構で」


「俺のアビリティは〈怪力Ⅴ〉〈急所狙いⅤ〉〈持久力Ⅴ〉〈強靭な意志Ⅲ〉から構成される。まずは〈怪力Ⅴ〉だが、これは当然、捕まえた相手を逃がさないためだ。強力なホールドは基本だからな。そして〈急所狙いⅤ〉だが、俺の子種が確実に」


「し、失礼しました! 良い旅を!」


 とてつもない恐怖に包まれる。僕は駆け足で逃げ出した。


 距離を取って一度深呼吸をする。乱れた呼吸が整うことを確認しながら後ろを振り向いた。幸いなことにジャイアントの彼が僕を追ってくることはなかった。


 恐ろしいモンスターが生まれていた。


 彼は世界を恨んでいる。自分をジャイアントなんかにしたこの世界に復讐をしてやるという、そんな目をしていた。


 ダイスで1を出さなかったこと、自分がジャイアントでないことに心から感謝した。


 1つ難を逃れることはできたけど、時間が随分過ぎていた。初めにダンジョンに入ったパーティーとは大きな差ができている。


 まずいんじゃないか? もし先に進んだパーティーが、規定回数までボスを倒してしまったら……ずっとここにいるってこと?


 おかしいな。思っていたのと全然違う。こんな時に、幸運がはたらいてくれると思ったのに。


 残っている人数がさらに減って、もう数えられるだけになっていた。不安そうにしている人が多い。


 その不安は時間が過ぎたことだけじゃないだろう。ここまで残っている人は戦闘に関しては役に立たないと判断された人ばかりのはず。


 そんな面々でパーティーを組んで、危険なダンジョンに挑むなんて。考えただけで胃が痛む。


 だからといって相手を選ばず声をかけるのはためらってしまう。とんでもない地雷が紛れていることは、さっき証明された。


 僕は慎重に周囲の様子を伺いながら、タイミングを見計らっていた。


「おい、俺たちが組んでやるよ」


 近くでそんな声が聞こえてきた。でも、僕に向けられたものではなかった。


 声をかけられたのはエルフの女の子だった。

 いや、ハイエルフだ。薄い布と胸を隠すように持っている盾に大きなカバン。


 ――メイド服の女に「無能」の烙印を押された、あの特徴的な子だ。


「……」


 ハイエルフの彼女は何も答えない。ただ、うつむいていた。


「不満そうじゃねーか。おい、なんとかいえよ」


「お前みたいな奴と組んでくれるやつが俺たち以外いるわけねーだろ。選べる立場だと思ってんのか」


「へへ、そーそー」


 3人組の男たちが薄笑いを浮かべながら、彼女を取り囲むように立っている。


 彼らの言い分は理解できる。ここにいた全員の前で「無能です」とはっきりいわれた彼女とパーティーを組もうなんて人はまずいない。


 それでも、彼女は答えようとしなかった。


「ちっ! もういい。おい、いこーぜ」


 少し背の高い、リーダー格の男がそういうと3人組はその場を離れようとした。


「待って!」


 ハイエルフの彼女がか細い声で彼らを呼び止める。


「ああ?」


「その……あなたたちと組むわ」


 彼女の言葉に、男たちはにやりと笑った。


「ったく。最初っからそういえや」


 リーダー格の男が彼女の肩を強引に掴むと、扉とは反対方向の大きな柱のある外壁へと連れて行く。


 彼女は男たちに押されるようにして歩きながら、戸惑いを隠せない様子だった。


「扉は向こうよ」


「こっちに使えそうな道具があったんだ。黙ってこい」


 その会話を最後に、4人は人混みから離れていった。


 道具なんてあっただろうか。


 僕が見た限りではこの広場には何もなかった。誰かがそんなものを探した様子もないし、持ち運ぶ姿も見ていない。


 3人組の男達だけが知っている情報があるのだろうか。いや、おかしい。仮に道具があったならもっと早く回収している。誰かに取られる前に。


 周囲を見渡す。


 みんな自分のことで手一杯なのか4人の動きに気づいている様子はない。いや、気づいていても関わる余裕がないだけかもしれない。


 僕だって立場は同じだ。


 本当に最後まで残った人たちと組むことになった結果、全く戦う力がないなんてことにはなりたくない。


 今この瞬間も新しいパーティーが組まれてダンジョンに入っていく。悠長に構えてはいられない。


 けれど……彼女を放っておいていいのだろうか。この違和感に気づいているのは僕だけかもしれない。ここで男たちを見過ごせば、彼女はどうなる?


「君、ちょっといいかい」


 活気のない、疲れた様子の男が声をかけてくる。


「はい……」ぼんやりとした返事になった。


「おれは生活アビリティばかり習得してしまってね。それもあってか、見てのとおり誰とも組めてない。正直にいうよ、おれのアビリティは――」


 まったく頭に入ってこない。


「それで提案なんだが、おれが」


 彼女たちが柱の裏に姿を消した瞬間、僕は決断した。


「ごめんなさい!」


 男の声を遮って駆け出した。

 どうしても、彼女を無視することができない。


 彼女たちが消えた柱に近づくにつれて足音を殺し、慎重に進んだ。


 大きな柱の前まで着くと、柱を背にして一度ひそむ。

 すぐに彼女の声が聞こえてきた。


「やめて……!」


 声は震えていたが、か細いその声には恐怖だけでなく、わずかな怒りと抵抗の意思も感じられた。


 彼女の肩が震え、押しつけられた背中が壁に当たる音が聞こえる。それでも、彼女は目をぎゅっと閉じ、必死に耐えているようだった。


「うるせー! 大人しくしとけ。そうすりゃ優しくしてやってもいいぜ」


「へへ、こっちは生き死にかかってんだ。これぐらいの旨味がねーとよ」


「ギブアンドテイクってやつだな」


 3人の男たちが彼女を取り囲み、左右の男が彼女の腕を押さえつけている。リーダー格の男は、彼女と向き合った状態でズボンの紐を緩めていた。


 最悪だ。僕が思っていた以上に――いや、これ以上にひどい状況なんてない。

 僕は躊躇せずに剣を抜いた。


「おい! 後ろだ!」


 斬りかかろうとしたその瞬間、彼女の腕を抑えていた男が僕の接近に気づいて声を上げた。

 もう遅い。


 リーダー格の男が振り向こうとしたが、僕は剣を振り下ろしその背中を斬りつけた。


「ぎゃあああああ!」


 男が背を押さえながら倒れ込む。


 一人斬りつけたら彼女から離れるようにいうつもりだった。しかし、彼女の右腕を抑えていた男が素早く反応し、斧を振り上げたのが見えた。


 斧が振り下ろされれば、受けることも避けることもできない。危ないと思ったけど、斧の男は振り下ろすのを躊躇しているようだった。


 叫び声に驚いたのか、人を斬りたくないのか。でも、男がそのまま止まってくれる保証はない。


 僕は咄嗟に剣を振り上げ、男の喉元を切り裂いた。


 鈍い音と共に剣が肉を裂き、返り血が飛んだ。息が詰まるような感覚に、僕は動きを止めかけたが――もう止まるわけにはいかない。


 次の敵が迫っている。


「てめえ!」


 彼女の左腕を押さえていた男が短剣を構え、こちらに向かって突き出していた。


 これは何をやっても対応が間に合わない。そう思ったけど、男の短剣が僕の胸に届く直前、死んだ男の手から滑り落ちた斧が短剣を持った男の腕を斬り落とした。


「は?」男は驚愕の表情を浮かべ、僕も目を見開く。


 彼はショックからか動こうとしない。僕はその隙を逃さず、剣を男の胸に突き立てた。


「が、あ。くそが」


 短剣の男は膝をついて、頭をついて、すぐに動かなくなる。

 男から視線を外すとハイエルフの彼女と目が合った。


「あ……」彼女は僕の後ろを見て驚いたような声を上げる。


 何が起こったのかはすぐに理解した。


 まだ終わっていないんだ! 背中を斬った男が残っている!


 僕は反射的に振り向くと、その瞬間何かが視界の隅で光った。足元の小石が転がり、男の足をすくったようだ。


 バランスを崩した男の槍は、僕の身体をかすめるだけで通り過ぎた。


「なんで、こんな……!」男は苛立たしげに足元を見る。


 男は背中の傷が深かったのか動きが鈍い。槍を引こうとする腕を掴んで、動きが止まった男から槍を奪う。


 その槍で男の胸を突き刺した。


「ちくしょう」


 男が崩れ落ちると静寂が訪れる。


 誰も動かなくなった。僕も、彼女も。


 しばらく呆然としていると男たちが光につつまれる。


 身体が消えていって、辺り一面の血液すら同じように消えた。男たちの服だけがそこに残る。


 そして僕も小さく光った。


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