第17話 はじめてのお酒
エルガを倒した後、俺たちは小麦畑を管理している農家の家に向かった。
傷の手当てをするためだ。
しかし、今や―――。
「レイン! レイン! レイン!」
「小麦畑を襲った国喰らいのエルガを討伐したのは~?」
「レインさんだ!!」
農家の家を貸し切って、近くに住む農家の人々も混ざっての大宴会となっていた。
ポーションを飲んで魔力を回復させたシンデリカに傷を治療してもらったとはいえ、激闘のすぐ後にこんなに大騒ぎできるとは……やはり冒険者たちの体力は常人とは違う。
「民を襲い、大地を飲み込み、海を飲み干した国喰いのエルガを討伐したのは~~?」
「レインだ!」
「覆面の冒険者レインだ!」
「ずた袋のレインだ!」
「ずた袋のレイン! ずた袋のレイン!」
人々は酒を片手に、口々に俺の活躍を囃し立てる。
……エルガの規模がとんでもないことになってたし、もう騒げればどうでもいいって感じだな。
レインこと俺本人は、宴の輪から外れて一人テーブルでアップルパイを食べてるし。誰もそれに気づいていない。
ちなみに俺は酒を飲んでいない。
ガイアス王国では酒を飲んでいいのは、成人である18歳からってなってるからな。律儀にそのルールを守ってる奴は少ないけれど。
俺はおもむろにアップルパイを持って、同じく一人でご飯を食べていたジークの席に移動する。
「ずた袋のレインさん…」
ジークは俺に気付いて、料理から顔を上げた。
「どうだ調子は? 楽しんでるか?」
「―――ぼく何もできませんでした…」
ジークは力なく笑う。
「ただ自分の身を守るだけで精一杯で…いえ、それさえもできなかった。フェリアさんに守られていました…」
……ああ、見てたよ。
マリアンヌに比べてフェリアの影がエルガ戦で薄かったのは、役割も違いもあるが彼のフォローをしていたからだろう。
「別にそんなもんだろう。初めて剣を持ったのは?」
「1週間前くらいです。正直勇者になる前は棒切れくらしか振ったことしかありません。孤児院の子ども相手に」
「―――だと思ったよ」
彼の手を握った時にそう確信した。
ジークの手の平は戦う者のそれじゃない。がざがざとした感触から、苦労を色々と重ねてきたのは感じるが…。
「ほらアップルパイでも食べろ。女神の恩寵だぞ?」
「ありがとうございます。いだだきます。…美味しいですね、女神の恩寵かどうかは分からないけど…」
アップルパイを食しながらジークは言う。
「レインさんは強いですね」
「俺は最強だからな」
「……凄い自信です。でもあんなに強かったら納得、です。僕も早く強くなりたい…」
「少しずつ強くなればいい。生きていれば、人は何度だって挑戦できる」
人間は死ねば何も為せはしない。
その意志と誰かと交わした約束は残るかもしれないが、それはやっぱり綺麗ごとでしかない。
俺は少年のくすんだ金髪に手を伸ばした。
ジーク少年は呆けた顔をする。俺は彼の頭を優しく撫でた。
「……大丈夫だよ少年。君は強くなれる。いつか誰かを救えるくらい」
それは俺が言われなかった言葉。
言われたかった言葉。
できなかったこと。
したかったことだった。
俺は少年を励ますように、穏やかに笑う。その笑みは多分ずた袋に隠れて見えなかっただろうが、俺の気持ちは彼に伝わったようだ。
「だから焦るな」
「はい…!」
少年はずた袋から覗く俺の目を見て、小さく頷いた。
◆
続いて俺はシンデリカが座るテーブルに腰掛ける。
「どうだ調子は? 楽しんでるか?」
「――わたし、何もできなかったわ…」
え、デジャウ?
さっき同じ会話したぞ。
「そんなことないけどな」
「そんなことあるわ…」
言っちゃあなんだが、お前はジークとは違うだろう。
「エルガを倒せたのは皆のおかげだ」
戦いにおいて大体他人の手助けを必要としない俺にとって、割と珍しくこれは本心だった。倒すこと自体は俺だけでもできたが、皆のお陰でロンドの小麦、ひいてはアップルパイの皮を守ることができたのだ。
「何よりお前たち魔法使いコンビのお陰でエルガの心臓の場所が分かったんだぞ? それに戦いの後はあのマズそうなポーションを飲んで皆の治療までしてくれた」
「そうだけどぉっ!! そうじゃなくてぇっ!?」
あれ、こいつ泣いてる?
「ほら、アップルパイをお食べ」
「食べるぅぅ!!」
シンデリカは涙を浮かべながら、俺の手の皿からアップルパイを奪おうとする。待て待て、今からフォークで切り分けるから。
「こら、ひっつくな。アップルパイは逃げやしない。なんかお前テンションおかしく……酒くさッッ!?」
ひっつかれて分かった。
「へへっ、初めて飲んだけどお酒って美味しいわねぇ。世界が回るぅ!」
「誰だ!? こいつに酒を飲ませたのは!?」
「俺だ!」
「マルさんお前か!」
モヒカンの冒険者、マルさんが酒を片手にやってきた。
「なんか落ち込み気味だったからな。そんな時は酒が一番だぜ! ……だめだったか?」
だめではない、と思うが。
マルさんは眉を顰めて顔を青くして言う。
「……そういえば、お前いくつだ? 17歳以下じゃないよな。ちゃんと成人だよな? 昨今は厳しいからなそういうのに…」
「130歳ですっ!!」
「ひゃく? まあ、いいや18超えてるなら……ほら飲め飲め!」
「ごくごく、ぷはっ~!」
「いい飲みっぷりだ!」
「もう1ぱーい!」
「もう知らね……」
飲んだくれ共を放っておいて、俺は立ち去った。
◆
アップルパイの追加を厨房から貰って帰る途中、廊下でマリアンヌが声をかけてきた。
「あらレインさん。エルガ狩りの英雄ね」
「連れにも言ったが皆のおかげだよ」
「謙虚な人ね、アンタ」
マリアンヌは苦笑する。
それにしても、と宴会場の喧騒の方に目を向け、
「アンタの相棒中々やるわね。流石お伽噺の存在、エルフだわ。これでも私、魔法学院では『銀の星』以来の天才って言われてたんだけど、久しぶりに修行しないとって思った。あとポーションのお礼、彼女に伝えておいてくれない?」
今彼女酔ってるみたいだから、とマリアンヌに付け加える。確かに今シンデリカにお礼を言っても、明日覚えているかは微妙だろう。
「分かった。伝えておく」
「それと……彼女の様子、気にかけてあげて。あのポーション、効果は凄いけど体には多分毒よ」
なんだって?
「その様子、やっぱり貴方は知らなかったか。大量の魔力を無理やり体に吸収させるってのは、それなりに負担がかかるってこと。私が飲んだ1本くらいなら大して影響はないだろうけど。彼女は皆の傷を治すために2本飲んでたのを見たから、念のために言っておくわ」
「……分かった。ありがとう」
「どういたしまして」
マリアンヌはくすりと笑い、肩を竦めた。
そして、突然真顔になり俺のことをじーっと見てくる。
なんだ。まだ話があるのか。
「………」
何か言えよ。
俺は立ったままアップルパイを食べながら、彼女を見つめ返す。
「……もぐもぐ…まだ何か?」
「失礼だけど、素顔を拝見しても?」
「前にも言ったが、魔物にやられて酷い見た目になっている。人前に晒したくない」
「そう、ごめんなさい」
本気で素顔を見せてくれるとは思ってなかったのだろう、大して気にも留めずに彼女は言う。
そしてマリアンヌはいきなりぶっこんできた。
「―――アンタ、アレインでしょ?」
ぶはっっ!??
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