第3話 聖剣なんてお荷物でしかなかったぞ?
―――『多分、君は誰よりも強いんだろう。世界の誰よりもずっと。だからこそ、その力には意味があると思わないかい、少年?』
◆
金髪の美人さんはシンデリカと名乗った。
「というか、もしかしてアンタ、エルフ?」
「え、ええ。そうよ」
「やっぱりか。初めて見た。というか、ここ何処だ?」
「…エルフの都エルレインよ」
おお。ここが歴史書やお伽噺に謡われるエルフの都、エルレインか。
俺は思わず周囲を見渡す。別に歴史書やお伽噺に興味があったわけではないが、それでも伝説の都に足を踏み入れたとなると感慨があるな。
例え、周囲が瓦礫の山や火の海であっても、だ。
まあ、近場ではなく遠くの方を見れば、広大な湖や川に浮かぶ無傷のな水上都市が見えた。建物は樹木と白亜の石材を用いて作られており、王国とは違う意匠が見られる。
水上都市の奥には白亜の宮殿と、その宮殿よりも遥かに巨大な樹木が聳え立つのが確認できる。あれがエルフたちが崇める世界樹ってやつだろう。
「…貴方アレインって言ったかしら? 確か半年前、勇者に選ばれた少年の名前がアレインって言ったはずだけど」
「…よく俺の名前を知ってるな。エルフは大森林に引きこもってるって話だったが」
「使い魔を大森林の周囲の村や町に飛ばして最低限の情報だけは仕入れるようにしているの」
何処か自重するようにシンデリカは言った。
「まあ、俺がその半年前に勇者に選ばれたアレインだよ」
「勇者の貴方がどうして、ここへ。いえ、どうやって? 大森林には迷いの魔法がかけられているはず…」
「話せば長くなる。というか。滅茶苦茶悲惨な状況だが、これ、魔族の仕業か?」
シンデリカは頷いた。碧眼に真剣な色を宿して俺を見る。
「奴らの狙いは聖樹に宿る莫大な魔力よ。勇者である貴方がどうしてここにいるのか、今は理由は聞かない。時間が惜しい。だけど、お願い。どうか――」
「くははは! やはりその顔! 忘れもしない! 貴様は勇者アレイン!」
野太い声が響き渡った。俺とシンデリカは声の方向に顔を向ける。
瓦礫の上に一人の男、魔族が立っていた。魔族の証でもある角はこめかみから2本飛び出しており、捻じれたそれは錐にも似ていた。肌は人骨のような色合いと艶がある。筋骨隆々で外見上の姿は30歳くらいに見える。
顔には斜めに痛々しい傷が奔っていた。珍しい特徴として、腕がなんと4本もある。初めて見るタイプだった。
「お前は……!」
俺はその魔族を睨みつける。
「………………誰だ」
本当に分からん。
「な、なんだとっ! この傷を忘れたか! 魔王軍軍団長の一人、呪剣使いのグリオンだ!」
いや、本当に分からん。
「貴様の好敵手であるこの我を、グリオンを忘れたのか!?」
「……だから、誰だよ」
「きっさっまぁっ!!」
「あいつっ!! あいつが私たちの都にドラゴンと魔物をけかけてきたのっ!! あいつらのせいで、私たちの同胞は!! 都は!!!」
シンデリカが叫ぶ。
俺とあのグリオンとかいう魔族が顔見知りかはさておき、この都をこんな風にしたのは、アイツで間違いないようだ。
「もういい! 貴様がなぜパーティーを離れ、一人こんな場所にいるのか。気になる。本当に気になるが、今はいい! くははは! どういう訳か、今お前は聖剣をもっていないようだな! 我ら魔族の強靭なる皮膚を切り裂く忌々しい聖剣を! 聖剣さえなければ貴様なんぞ、怖くも何ともない!」
グリオンは俺の腰を見て吠える。確かに奴の言う通り、今の俺に聖剣はない。真の勇者とやらに返却したからな。
「好敵手と言う割には、やり方は結構姑息なんだな」
「だまれ! 勝てばいいのだ! 貴様に葬られた同胞たちの無念を今はらしてくれよう!」
言うや否や、グリオンの4つの腕にそれぞれ剣が出現した。
鈍感な俺でも分かる。
それぞれが特別な力を持つ魔剣、それも使用者に何らかの強烈なデメリットを押し付けることで能力を底上げしている呪われた剣、呪剣だろう。
一本だけでも使いこなすには莫大な負荷がかかるはずなのに、それを4本とは…流石魔族だな。もしかしたら、アイツ自身の体質か何かでデメリットを軽減しているのかもしれない。
それぞれの呪剣の能力も気になるところだが…いいや、やっぱりどうでもいい。
「行くぞ! 死ね! アレイン」
大切なことは、向こうはやる気満々だということ。
奴が魔族だということ。
そして、奴がこの瓦礫の山と火の海を作り出したということ。
それさえ分かれば十分だ。―――死ね。
◆
魔王軍軍団長グリオンは4つの魔剣を所持している。
一つは岩をも難なく切り裂く代わりに使用者に不眠の呪いをかけるアンドバサー。
一つはブラック・ドラゴンなどの最上位の魔物も操り、人間に対しては金縛りの術として機能するが、使用者から感情を奪うディザスター。
一つはその身の膂力を倍加させるが、絶えず激痛に襲われるようになるロックスミス。
一つは使用者に十の魂を与え、代償として二度と喋ることができなくなるグレゴリア。
どれもが協力無比。
そして、当然その代償も大きい。
しかしグリオンは、あらゆる呪いを受けつけないという特異体質をもつ。
この体質により、彼は呪剣の恩恵だけを受け、デメリットを踏み倒すというインチキじみた使い方をしていた。
グリオンが勇者アレインと戦ったのは3か月ほど前。その際はロックスミスとグレゴリアは所持していなかった。
4本の腕を使った剣技でアレインを翻弄はしたものの、聖剣の攻撃力の前に顔面を切り裂かれ、逃亡するという失態を演じた。
だが、今の彼に敗北はありえない。
ロックスミスによりグリオンの膂力は跳ね上がったし、グレゴリアによって、今の彼には十の魂がある。1度殺した程度では死なず、命のストックがある限り、その体は瞬時に再生する。
(聖剣のないお前になら勝てるはずだ!!)
元より3か月前でも、ある程度は戦えていたのだ。
ならば、かつてとは比べ物にならないほどの力を得た自分なら、難なく勝てる筈。グリオンはそう確信していた。
「なにか、勘違いしてるようだが…」
4つの禍々しい呪剣を構え突っ込んでくるグリオン。
それに対してアレインは―――。
「俺にとって、聖剣なんてお荷物以外の何物でもなかったぞ?」
ただ。
渾身の力をもって、右ストレートを放つだけだった。
それで十分。
小細工なんて必要ない。
岩を切り裂き、竜を従え、その身を鋼鉄となし、その身に十の魂を与える4つの呪剣は全て粉々に砕け散った。
岩を切り裂く? 知ったことか。
竜を従える? だからどうした。
その身を鋼鉄と為す? あまりも脆弱だ。
十の魂? とても足りない。
圧倒的な暴力が、グリオンを襲う。
「が、ああああああああああああああああああああ!!???????」
轟! と、勢いよく瓦礫に吹き飛ばされるグリオン。
―――魔族は勘違いをしていた。
アレインにとって、聖剣は力を与えるものではなかった。デメリット、お荷物でしかなかったのだ。
アレインは勇者になるため、審判の台座から無理やり聖剣を引き抜いた。
しかし、当然ながらそれで聖剣の資格者と認められた訳ではない。聖剣は資格なき不届き者が、自身を振るうことを許しはしなかった。ずっと抵抗を続けていたのだ。
本来ならば魔族を切り裂き、魔王を打ち滅ぼす筈のその力は、アレインの制御から逃れる為に使われた。結果として、アレインは力ずくで聖剣を御しながら、魔族と戦う羽目になった。
アレインにとって、聖剣とは力を与えるものどころか、自分に反抗するじゃじゃ馬、お荷物といっても過言ではなかった。
それでも聖剣は勇者の象徴であるから、彼はそれを振るうしかなかった。
―――彼は星になりたかったのだ。
この混迷の時代に輝く星に。
誰かを救い、誰かに希望を与える存在に。
彼のあまり良くない頭では、そんな存在は勇者しか思いつかなかった。だから彼は道理を無視して勇者になろうとした。
結局。
嘘は暴かれて、失敗してしまったけれど。
「ひ、ひいいいい!」
虫の息のグレオンにアレインは近づく。彼の魂のストックは、一撃で全て削られてしまっていた。最早彼自前の魂しか残っていない。
「ゆ、許してくれ! な、なんでもするから!」
「別に俺は自分が命を狙われたからって怒りはしない。どうでもいい」
ポキリ、と指を鳴らす。
「ただ。魔族は殺す。一人残らず殺す。それだけだ」
「うわあああああああああああああああああ!!!」
ゴシャリ、と林檎が潰れるような音がした。グレオンという名の魔族の命の終わりの音だった。
シンデリカは仇の骸を冷たく眺めていた。例え仇が死んでも、失われた命が戻ってくるわけではない。
それに、
「エルレインを襲った魔族はあと一人いるわ」
言いながら宮殿に目を移し、そしてアレインを見た。茶髪の髪に黒目。平凡な容姿をした人族の少年。しかし、その強大無比な力はたった今見たばかりだ。
シンデリカは地に伏せ、アレインに地面に頭を擦り付けた。
他種族にこんなことをするなんて、エルフにとって本来なら死んだ方が良い屈辱だ。だけど、今は、今だけは―――。
「お願いします。勇者アレイン。どうか私たちを助けてください。何でもします。どんな財宝でも差し上げますし、私の身体を望みなら喜んで捧げます。ですから、どうか……」
「財宝に女、か。どうでもいい」
「っっ!?」
「ただ、俺は世界を救うだけだ。だから言ってくれ。シンデリカ。俺はどうすればいい? 敵はどこだ? 何を倒せばいい?」
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