第2話 燃やされたエルフの森
―――「約束だ、少年。もし私が勝ったら、君は私の言うことを一つだけ聞く。いいね?」
◆
地獄があった。
何千年も前から、或いは何万年も昔から繁栄を続けてきたエルフの都。
人の世がいくら移ろい、揺らごうともエルフの御世は決して揺らがない。外界での戦乱で新たな国が興り滅ぼうとも、エルフの都は変わらず今も昔もそこにあった。勿論、未来においても―――。
その、はずなのに。
―――エルフの都が燃えていた。
周囲を広大な川に囲まれた水上都市という地形故に、世界樹や都の周囲にある大森林までには火は回らないだろう。
だが、人々が暮らしていた家が、買い物をしていた店が、炎に焼かれ灰となっていく。エルフの誇り、千年郷エルレインが灰塵と化す。
視界の先では、この惨状の主な原因であるドラゴンが吠えた。遠慮も知らずに、眼下に火のブレスを吐き出している。
「これは、私たちへの罰なの? 外界の脅威、魔族の被害に遭う他種族を見て見ぬふりをして、大森林に閉じ困っていた我らへの…?」
現エルフの女王の妹、シンデリカは呆然と呟いた。
現在、世界は魔族の脅威に晒されている。
千年に一度蘇るという魔界に住む魔王が40年ほど前に蘇り、魔族と魔物を率いて人類を蹂躙し始めたのだ。今では、地図の多くの地域が魔王の支配下に置かれて、黒く塗りつぶされてしまった。
異なる国、異なる種族は徐々に団結し、魔王に対抗しようとした。人族、獣人、ドワーフ、魚人、天族…、それぞれに思惑もあり、一筋縄ではいかないだろうが、この現状を打破するためには、各国・各種族が同盟を結ぶ必要があるという思いだけは、一致していた。
しかし、その同盟の中にエルフはいない。魔法に優れたエルフが同盟に加われば、大きな戦力になるにも関わらず、だ。
エルフの住処は広く知られている。
勇者を要するガイアス王国の南部には、広大な森林地帯がある。地図上はガイアス王国の一部であるが、実質的には、そこはエルフの国となっており、王国の民も兵も立ち入ることはできない。大森林には強大な幻覚の魔法がかけられており、エルフ以外は方向感覚を狂わされ、必ず迷うからだ。
そんな大森林の外縁部でさ迷う同盟の使者たちに対し、エルフの使者は言い放った。
『外の世界で何が起きようと、我らはそれに関わらずに生きてきた。それは未来永劫変わらない。立ち去られよ。そして二度とこの森の葉を踏むでない』
これを聞いた同盟軍の指導者たちは、2度とエルフなんぞに助けは求めぬと憤慨したと言う。
当たり前だ。外の世界では魔族に人々が殺されているというのに、エルフたちは自分達だけの安寧をとったのだ。
「これは、その、罰なの?」
世界は繋がっているはずだ。それを傲慢にも忘れてしまった。
エルフの都は外界から途絶されている。彼ら自身がそれを選んだ。だからこそ、他国から助けが来るはずもない。
エルフの都はこのまま、魔族とその配下である魔物たちに蹂躙され続けるのだろう…。
今はドラゴンの火は都の一角を燃やすだけにとどまっているのが、このままドラゴンを野放しにしていれば、本当にエルフの都全てが焼けてしまう。
「シンデリカ様! ここにおられましたか!」
「早く貴女様もお逃げを!」
エルフの兵士たちがシンデリカを見付け、駆け寄ってくる。
「民たちの避難は…?」
「多くは他の区画に避難しました。しかし、すでに犠牲者や行方不明者が多数出ております…」
おそらく数十人は亡くなっているだろう。
「そう…。どちらにせよ、あれを何とかしなければね…」
ドラゴンに目をやる。向こうもシンデリカたちに気付いたようだ。巨大な尾を揺らしながら、こちら近づいてくる。
思わす体が震え、胃液がせりあがってきた。
「シンデリカ様はお下がりください。貴女様は既に十分戦われた。あとは我らにお任せを…!」
シンデリカの周囲には幾つもの魔物の死体があった。ドラゴンと共にやってきた魔物達だ。
魔物たちの都に放たれた魔物たちの殆どは殲滅できだが、代償に彼女の魔力はつきかけている。
それでも、都の為、民の為、姉の為に戦わないわけにはいかないのだ。
「共に私も戦うわ。死ぬときは一緒よ」
「光栄です」
各々が杖を構え、弓に矢を番える。エルフたちがドラゴンに向かって、一斉に攻撃を仕掛ける。
「ぐあああ!?」
「魔法が通じない!」
「矢もだめだ!!」
しかし、現実は無常だった。ドラゴンの鱗は魔法に対して非常に強い耐性を持つ。ならばと弓矢での攻撃するが、やはり鱗に阻まれて意味がなかった。
ドラゴンは魔物の王とも呼ばれる。その膂力、魔力、巨大さ、堅牢さ――強さは、他の魔物を遥かに凌ぐ。
さらに言うならば、このドラゴンはエルフの都を襲撃するために選び抜かれた精鋭、ドラゴンの中でも最上の力を持つ種、ブラック・ドラゴンだった。
「わが名はシンデリカ! 邪なる竜よ! その身に刻め! エレクトロアー!」
最後の魔力を振り絞った魔力の電撃は―――、ブラック・ドラゴンの漆黒の鱗に傷1つつけなかった。ともにいた兵士たちは、数分の間にみな死んだ。
そして、今から自分も死ぬのだ。突如平穏を奪われたまま。何も、為せず。
ブラックドラゴンの牙が迫る。このままシンデリカを嚙み砕いて、餌にする気なのだろう。
(せめて前を向いて、敵を見据えて死のう…)
エルフとしての誇りが彼女にへたり込むことを許さなかった。
(どうか、姉上はご無事で―――)
最後に思い浮かぶのは、血を分けた姉のこと。
だが、ドラゴンとシンデリカの間に。
突然。
◆
「びっくりした。痛…くはないな。別に」
俺は周囲を見回す。聖女クレア自身にも何処に跳ぶかは分からないって話だったが。
「なんだ、ここは? 地獄か?」
滅茶苦茶燃えてるし。鼻をひくつかせれば、木材と生き物の焦げた匂いがする。女子供の泣き叫ぶ声も耳に届く。まさに阿鼻叫喚、って感じだ。
傍らには金髪のとんでもない美人がへたり込んで、俺を見ていた。
好みとか抜きにした純粋な容姿の整い具合で言うなら、俺が出会ってきた人間の中でトップじゃないか? 聖女クレアを超える奴がいるとは思わなかった。
とまあ、そんなことを考えていると、とてつもない大きさの轟音が背中を突き刺した。俺はイライラしながら振り返る。
「あーー、ドラゴン?」
なるほどなあ。この地獄みたいな惨状はお前のせいって訳か。
はぐれのドラゴンだろうか。
いや、それにしては何というか、こいつ奴隷根性が染みついているというか、野良のドラゴンの誇り高さみたいなのを感じない。多分誰かに『飼われている』。なら、飼い主の魔族も近くにいるのかもしれない。
「というか、やっかましいな」
ドラゴンは威嚇するように吠え続けている。…するように、っていうかモロに威嚇なんだろうな。子犬がデカい生物にキャンキャン吠えるようなものだ。
だが、犬と違って別に可愛くはない。涎も飛んでくるし、息も臭い。爬虫類は好きじゃないんだ。
「黙れ、というか死ね」
俺はドラゴンの心臓めがけて貫手を放った。
バキバキバキバキ!!!!!と、鱗の砕ける音が腕に響く。そのまま心臓にぶち当たり、握りつぶす。
「ギャアアアアア!!??」
流石はドラゴン。魔物の王。心臓をぐちゃぐちゃにされただけでは死なないか…って、やっぱすぐ死んだな。
ドラゴンは地響きを立てて倒れた。あっけない。
金髪の美人さんは呆然とした顔だ。
「…………は?」
「すまん。マント借りるぞ。手が血で汚れた。首の骨を圧し折るんだった」
返事も聞かず、美人さんのマントで手をふく。匂いを嗅ぐが、やはり血生臭い。水で洗いたいな。
「貴方は一体何者なの?」
美人さんが尋ねる。俺は一瞬考えこんだ。
「俺は…勇者……ではないか。名前はアレイン。ただの最強だ。お前は?」
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