第2話その2 ここから抜け出すには、セイなる力が必要だ。
境内に向かう神社を駆け上り、鳥居をくぐると……。
「来てくれると思っていました。」
「明堂院さん……。」
狐のお面を顔の左に回し、巫女服姿になぜかマフラーを付けた明堂院さんが立っていた。
「それにしても、随分早かったんじゃないですか?息切れもしてないようですし。」
「そんなことはいいの。……この状況、ちゃんと説明して。」
「……それもそうですね。」
そういって明堂院さんは、ゆっくりとこちらに近づいてきて……。
「本当にごめんなさい!」
深々と頭を下げた。
「へ?」
「よもやあなたを、こんな変なことに巻き込むことになってしまうとは……。申し訳ないことに、切腹でお詫び、というのはできないのですが……申しつけて頂ければできる範囲でなんなりとする所存です。」
「え、いや、そういうのはいらないから……。」
彼女の意外な反応に少し唖然としていた。さっきまでの雰囲気とのギャップについていけなくなる。
「ふふっ。湊さんなら、そういってくれると思ってました。ありがとうございますっ。」
顔の前で手を合わせて、にっこりと笑う明堂院さんは、学校での明るい印象通りの表情だった。
「申し開きになりますが、先ほど湊さんが会ったであろう私は、私であって私ではないのです。ここ、違ったでしょう?」
そういって彼女は、狐のお面を指さす。
確かに、さっきの彼女は般若のお面をつけていたが……。
「あの子は、私の生霊です。私の、ある人を許せないと想う気持ちが顕在化して生まれた存在。」
「ある人?……それって……。」
「湊さんじゃありませんよ。……その人は昔、私との約束を破って遠くに行ってしまった……湊さんはきっと知らない人です。」
終始笑顔で説明する彼女の表情には、悲しみも怒りも見えてこなかった。まるで彼女がつけている狐のように、飄々と、ころころと笑っている。
「……と、もうあまり時間が無いようです。一刻も早く、ここから抜け出さなければいけません。」
「抜け出す?」
「あなたは今、あの子がかけた術の中に閉じ込められています。あの子はあなたを、しばらくの間この世界に置いておくつもりのようです。具体的には数年ぐらい。」
「そんなに!?」
「今はなんとか術に干渉してあなたに会うことができましたが、……それももう少しで途切れてしまいます。でも大丈夫!ちゃんと抜け出し方があります!」
明堂院さんは指を突き出し、息を吸ってから高らかに宣言した。
「それが、セイなる力です!」
「セイなる力?」
「あの子は半分死んでるようなものですから、セイに弱いのです。」
「セイって、生きるの生?」
「いえ。セイの字は、性的の性か、精力の精で、セイなる力。まあようするに、卑猥なことに弱いってことです。」
「っっっ!??な、なにを急に変なことを言ってるの!」
その瞬間、辺りの空間に亀裂が入った。
「あれ?おかしいですね、もう亀裂が入り始めるとは……。」
「な、なんでだろうね……?」
「まあ、説明を続けますと。卑猥なことに弱いので、湊さんがエッチな気分になればここから抜け出せるというわけで……?……湊さん、どうかしましたか?」
私は熱くなった顔を両手で隠していた。
「で、で、できるわけないでしょ!そ、そんな……エッチなことを考えるとか!」
「でも、そうしないと抜け出せないですよ?」
「うぐっ……。」
確かに、今はこの人のいうことを信じるほかない。
で、でも、私はエッチな子じゃないし……、急にそんなこと言われても。
「まあ湊さんには難しいことなのかもしれません。私の耳にも、湊さんはそういったことに全く興味のない、冷静沈着なクール美人だという噂が入って来てますから。」
「え?そ、そう……。」
それは、高校生になってから特に男子と話すのが苦手になって、寡黙な対応をとっていただけだったりするんだけど……。
「大丈夫ですよ!湊さん。巻き込んでしまったものとして、ちゃんと責任はとりますから。」
そういって明堂院さんは、私の胸に手を伸ばしてきて……、わし掴みにした。
「ふむ、意外と小ぶりですね……。」
「こ、小ぶり!?ちちちち小っちゃいってこと!?」
「あの人と出会ってから、貞淑を貫いてきましたが……由愛ちゃんのためなら(ボソッ。」
「な、何いってるの!?ていうか、貞操を失いそうなのは私の方なんだけど!」
下の方にも伸ばしてきた明堂院さんの手を、私はなんとか捕まえることができた。
「湊さん、力強いです……。」
「へ、変なことしようとするからでしょ!」
「もう……。わかりましたよ。」
変なそぶりをしないか警戒しつつも、彼女の手を放す。
彼女は一歩下がり、間合いから外れた。……だから、安心してしまった。
ーーパンッ
明堂院さんが柏手をならす。
『しまっ……。』
「楽にしててください。ちゃんと責任をとらせてもらいます。」
彼女はニコリと笑って、もう一度近づいてくる。
私の体は動かなくなっていた。
『も、もしかして……。私、このまま……。為すすべなく……。』
催眠にかけられて、心は許さなくとも相手に体を許し、隅々まで貪られてしまう。
そんな、そんな、イメトレの文献みたいなこと!絶対にダメ……!
「湊さんはそういうのに全く興味のない方だと聞きますから、これから何が起こるか分からないと思いますが……まあ悪いようにはしませんから。」
その言葉を聞いた時、さきほどから軋んでいた世界が一気に崩れていった。
『……。……?』
瞬きの間に、私は元居た玄関に戻っていた。
ドアの向こうに、般若のお面の明堂院さんが立っている。
そして、その後ろに狐のお面をかぶった明堂院さんがいる。彼女は、もう一人の自分の般若のお面を奪った。
すると、般若のお面が外れたと同時に、煙のようにして消えていった。
「この子はお面が本体ですからね。……本当はお面を壊せば二度と現れないんですが……。」
「……。」
私はジトっと彼女を見つめる。さっきの……、あんな卑猥なこと……私はまだ許せていない……。
「どうかしましたか?……あ。わ、私は人間ですよ!狐のお面は本体じゃありません!」
「そうじゃないし。」
そのとき、後ろのリビングの方のドアが、ガチャリと開いた音がした。
「……由愛、どうかした?」
クロリアさんを見たときの明堂院の表情はにっこりとした笑顔だったが、なぜかさきほどの般若の面を見たときと同じものを感じた。
「初めまして、ですかね……。クロリア・レガニス・フェリンさん。」
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