第1話その9 泊まる言い訳

日曜の昼下がり、遅めの昼ご飯を食べ終わった後私たちは、ソファーでクロリアさんのお話を聞いていた。


魔法が存在する異世界で、クロリアさんはあてのない旅をしていたのだという。



「じゃあ、じゃあ、クロリアお姉ちゃんも魔法が使えるの?」


「……一応使えるけど、苦手。」


「ちょっとでいいから、見てみたい!」


「……じゃあ、ゆうくんが"クロリアお姉ちゃん、お願い"って可愛くお願いしたら。」


「な、なんで俺が……。」


「いいじゃん、ゆうく……お兄ちゃん!お願いお願い!」


「えぇ……。……ク、クロリアお姉ちゃん……お願い……。」


「……しょうがない。」


ゆうくんが恥ずかしそうにお願いすると、クロリアさんが右手を持ち上げた。


すると、その右手から緑の光が溢れだした。



「おー!すごい!」


「……ただ、この光に触れちゃダメ。触れると、すっごい熱い。」


「なんの意味があるんだよ、それ……。」


確かに、一体何の魔法なんだろうか……。……あれ。


……なんだか、この光に見覚えがあるような……?




「ねえ、ねえ、クロリアお姉ちゃんは何でこの世界に来たの?世界の平和を守るためとか?」


「……まあ、そうといえばそうかも。」


「おおー!やっぱり……、クロリアお姉ちゃんはキャットグリーンだったの!?」


「……違う。」


藍ちゃんは魔法を見せてもらったことに大興奮している。


毎週日曜の朝、つまり今日の朝もだが、藍ちゃんはかかさず魔法少女アニメ、「プリリーキャット」を見ている。


その中にでてくる、お姉さんキャラの魔法少女、キャットグリーンにクロリアさんを重ねているのだろう。




「それじゃあ、えっと、クロリアお姉ちゃんはお姉ちゃん……。」


「藍ちゃん。初めて会った人にあんまり質問攻めしちゃダメだよ。」


「わかった!……でもなんだかクロリアお姉ちゃんと話すの楽しくって……。」


「……藍ちゃん、素直でいい子。……そういえば……。」


「どうかしましたか。」


「……いや、なんでも……。」


「?」


何故か押し黙ったそぶりを見せるクロリアさん。何か考えているんだろうか。


……なんでだろう。考えているというより、何か企んでいるんじゃないかと思ってしまうのは。


『……!』


また、左肩がうずく。



「クロリアお姉ちゃん、どうかした?」


「……私、そろそろいかなきゃ。」


「え~!?クロリアお姉ちゃん、もういっちゃうの?」


「藍。引き留めたりしたら、クロリア…お姉ちゃんが困っちゃうだろ。」


頭がぼーっとして、みんなの様子をただ眺めている。



胸がドキドキして変な気分になる。部屋で一人、あれこれと考えているときを思い出すような、悶々としたような気分。


ダメだ、こんなの……。だって、藍ちゃんもゆうくんもいるのに……。




『……行ってほしくない。』


私は気づくと、左肩を右手で押さえていた。




「……、あ、あの。もし良かったら、果物……。食べて行きませんか。」


「……果物?」


「あ、えっと……。ちょうど今日たくさん買ってきたので。」


「そうだよ!一緒に食べよ?」


「……でも。」


「まあ、いいじゃないですか。その、妹たちも、もうちょっと一緒に居たいみたいですし……。」


私は、クロリアさんの袖を掴んでそう言っていた。


クロリアさんはそれでも変わらず無表情で、何を考えているのか分からな……。



『!?』



……いきなり、ムギュッッ……っと、"胸に"、抱き寄せられた。私が、クロリアさんに。


「……由愛、可愛い。」


「な、なにをするんですか!」


私は驚いて、慌ててクロリアさんから離れる。


「私は子供じゃないんですよ!……二人の前でそういうことしないでください!」


「……ごめん、つい。」


「お姉ちゃんだけずるい!クロリアお姉ちゃん、私も~!」


「……わかった。」


「わあ……!クロリアお姉ちゃん、ふかふか……。むぐむぐ……。」


藍ちゃんは、クロリアさんの顔に胸をうずめてハグを堪能している。


ふかふかに柔らかい、クロリアさんの体を……。




『……!……や、そんなわけ、ないから……。』


私の記憶の中では、クロリアさんはついさっき出会って、一緒にご飯を食べただけの人で。


だから……、こんなにも、胸がドキドキするなんて、絶対におかしいことだ。


まるで、ほんとうのお姉ちゃんみたい、なんて考えるのだって……、変なことだ。


「……、果物、とってきますね。」




クロリアさんを挟むようにしてソファーに座っている二人に、それぞれサクランボとイチゴを渡す。


ゆうくんがサクランボ、藍ちゃんがイチゴだ。


「はい、あーん!」


「……あむ。モグモグ……、おいしい。」


「エヘヘ。」


藍ちゃんはクロリアさんの口元にイチゴを運んだあと、楽しそうにクロリアさんの体にひっつく。


一方ゆうくんは、ソファーの端っこの方で恥ずかしそうに縮こまっている。



「……ゆうくんのも欲しい。」


「え~?……まあ、いいよ。はい。」


「あーん。」


「じ、自分でとれよ!」


そうはいっても、なんだかんだクロリアさんの口元にさくらんぼを運んであげている。……可愛い。


ともかく、藍ちゃんはクロリアさんにとても懐いていて、ゆうくんもすでに人見知りはしてないようで、とても和やかな空気だった。



「ねえ、クロリアお姉ちゃん。またゲームしよ!次は私と対戦。」


「待て。俺との再戦が先だろ。」


「さっきやったんだから、順番でしょ~。」


「二人とも、ケンカしちゃダメ。……ていうか、クロリアさんはもう……。」


「……わかった。やる。」


『あれ?』


さっきはもう行ってしまうそぶりを見せていたのに、なぜかゲームをする気満々のようだ。まあ、別にいいけど……。




1時間後。




「……ゆうくん、ストップ。先に行き過ぎ。」


「ふふん。ちょっと早くいってるだけだし、クロリアさんが遅すぎるんじゃない?」


「……藍ちゃん。少しゲーム止めて。」


「了解!」


懲りずにまたアホ毛をピンと伸ばしたゆうくんを、クロリアさんは体を使って抑え込む。



「……生意気なこというのは、この顔?」


「むぐっ!……むぐっ、むぐっ。」


「ちょ、ちょっとクロリアさん!そんな風に胸を当てたりしないでください!教育によくない!」


「……由愛もやって欲しかった?」


「そんなわけないです!」


慌ててクロリアさんからゆうくんを引き離すと、クロリアさんはそんな台詞を淡々とした口調で言ってくる。


ずっと無表情で、ただのからかいなのかどうかすらわからない。



何を考えているのか、表情や声からでは分からないのだから、聞くしかない。


だから……、言うか悩んでいた質問を、聞いてしまうことにした。




「クロリアさん、もう行くのは止めたんですか?」


「……行くって、どこへ?」


ただ、忘れていただけ。クロリアさんのその回答は、その事実を伝えている。


聞かなきゃよかったと、私は思ってしまった。



「え、えーっと……。」


「……あ、そうだった。行かなきゃ。」


「あ……。」


玄関の方に向かうクロリアさんに、一体私は、何か言えることがあるだろうか?


『ぼーっと……する。』


まただ。今日何回目かわからないが、頭がぼやけてくる。うっとりとした気分になる。


なぜか、クロリアさんのことだけを考えてしまうような……。




その時。バタンッッと音がして、クロリアさんがうつ伏せに倒れこんでいた。


見ると、クロリアさんから赤い色の怪しい光が放たれている。


「クロリアさん、どうしたんですか?」


「クロリアお姉ちゃん、大丈夫!?」


藍ちゃんがいち早くクロリアさんのそばに駆け寄っていった。すると、クロリアさんは藍ちゃんに耳打ちして何かを伝えているようだった。



「えっとね、クロリアお姉ちゃんが言うには、これは呪い……なんだって!」


「の、呪い!?」


「むかしむかしに悪~い魔法使いにかけられた呪いで、さすらいの旅人(?)を一つの家に留まらせようとする"旅立ち怠惰の呪い"……っていうんだって。」


「うん。……、うん?」


旅人を一つの家に留まらせようとする呪い?それ、どんな意味があるんだ?



「それで……出発するのがちょっと遅かったって。今から旅立とうとすると、すごい体が重くなって動けなくなっちゃうんだって。」


「なるほど……?」


「でも、一時的に外に出るだけなら大丈夫みたい。」


「えぇ……?」


「ねえ、お姉ちゃん、クロリアさん泊めてあげようよ!可哀そうだよ!」


「うぅーん……。」


なんというか……、状況にピッタリ合いすぎているというか、都合がいいというか……。


……いや、別にクロリアさんにとっては私の家に泊まれても何のメリットも無いだろうけど。


でも、やっぱりなにか、違和感というか作為的なものを感じる。




私はクロリアさんに近づいて行って、クロリアさんの体を持ち上げようとしてみた。


確かにその体はすごく重たかった。2倍以上になっていると思われる。


「……やめておいた方がいい。人間が持てる重さじゃ……」


私でも、持ち上げてひっくり返すのがやっとだった。



「……良く持ち上げられたね。」


「お姉ちゃんはねー、勉強も得意でスポーツもすごく上手なすーぱーJKなんだよ!」


「姉ちゃんは中学の頃柔道やってたけど、ほんとに負けなしだったから。」


「……そういうレベルじゃないと思う。」




なぜか得意げな二人……は置いておいて、仰向けになったクロリアさんと目を合わせる。


「お世辞はいいですから。クロリアさん、本当にそういう呪いがあるんですね?」


「……ある。」


クロリアさんは表情も変えないまま、抑揚なく答えた。



「呪いが解けるまで、どれぐらいかかるんですか?」


「……わからない。自然に解けるのか、解き方を探す必要があるのかすらも。」


「……。」


クロリアさんの表情からは、何も読み取れない。本当のことをいっているのか、どこかに嘘を混ぜているのか。




『また、ドキドキする……。』


ゾクゾクする左肩を抑えながら考える。……まあ幸い私の家は、お母さんのおかげで家計に余裕があるし、私もバイトをしているし、泊めることは全然できる。


いや、布団とかあったっけ?あと、クロリアさんはお金とか持ってないだろうし、服を買いに行かなきゃ。


下着も履いてない、布一枚の……、こんな格好でこの家においておくわけにはいかない……。




「……由愛?」


「……、いいですよ。……言っておきますけど、仕方なくですからね。」


「……ありがと、由愛。」


その瞬間、赤い光が消えて、クロリアさんが起き上がった。


無表情で、無気力で、とっても美人なダークエルフ、クロリアさんは、何を考えているのか分からない。


ただ、しばらくこの人と暮らすということははっきりしてしまったようだ。








『果物食べて行きませんか?』


袖を引かれながら言われたそのセリフを、クロリアは思い出していた。


『……由愛が引き留めてくれた。おかげで、呪いを"かけることができた"。』


『……私にかけられた千個の呪いの内の一つ。旅立ち怠惰の呪い。』


『……これで、もしあの娘がこっちの世界に来ても……言い訳ができる。』

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