第1話その8 妹は元気

先ほど作ったナポリタンを、フライパンから白い器に盛りつけていく。


ただのナポリタンではない。昨日の残り物を具にした若干海鮮風のナポリタンだ。



「クロリアさんはどのぐらい食べますか?」


「……あるだけ食べる。」


「私もたくさん食べる!お腹すいたー!」


「はーい。ゆうくんは?」


「……俺は少しでいい。」



藍ちゃんはサッカーを習っていて、たくさん動くのでたくさん食べる。一方で、インドアなゆうくんは小食だ。


それにしても、ゆうくんは背丈も低いし、姉としては小食なのが心配になる。




「いっぱい食べないと大きくなれないよ?」


「別にお姉ちゃんも、食べる量の割に大きくないじゃん。」


「むぅ……。」



ゆうくんはまた小生意気なことをいってそっぽを向く。今時といえば今時の子なんだけど、これも少し心配だ。


学校では上手くやっていけてるんだろうか?




「……ゆうくん。」


「な、なに……?」


「……そういうの、ダメ。由愛は、ゆうくんを心配してる。」


「う……。」


ゆうくんはクロリアさんに頭を撫でられている。ピンと立っていたアホ毛を、くしゃくしゃにされている。


クロリアさんが頭から手を離すと、ゆうくんがこちらを向く。





「……ほら、ゆうくん。」


「えと、お姉ちゃん……。その……。」


「……ごめんなさいって、言って。」


「ごめんなさい……。」


少し不服そうに、しかし確かに素直に言うことを聞いているゆうくんを見て、私は少し複雑なキモチだった。


最近、私のいうことはあまり聞かなくなったのに、クロリアさんのいうことはすんなり聞いちゃって。


……ゆうくんは多分、クロリアさんには敵わないと悟ったのだろう。



『私も、ぎゅーっと抱きしめて、頭を撫でまわしたら……!』


たくさんスキンシップをしてあげれば、また素直な可愛い子になるだろうか。



……なんて考えてみたけど、結局は今のままがきっと、一番いいんだよね。


いつまでもお姉ちゃん大好きじゃダメなんだろうし。……少し、寂しいけども。





結局ゆうくんの分はいつものように少なく盛って、食卓に並べた。


クロリアさんには、お母さんの席、つまり藍ちゃんの向かい・ゆうくんの隣に座ってもらって。



「「「「いただきます」」」」


4人分の声が響く。久しぶりに埋まった食卓テーブルを見ると、少し嬉しい。家族が突然、一人増えたみたいだ。



「おいしい!」


藍ちゃんは元気な声でそう言った。


いつも元気な藍ちゃんだけど、今日はとくに楽しそうに見えるのは私の気のせいだろうか。



「……すごい、由愛。料理上手。」


「いや~。それほどでも…、ありますけどね。」


私は頭の後ろに手を当てて、コップを口に運ぶ。



「……お嫁さんにほしい。」


「ごふっ。ふっ、げほっ、げほっ。」


クロリアさんが急に変なことを言い出すので、むせてしまった。



「……冗談。」


「げほっ、わ、わかってますよ。」


私が少しムッとした表情でも見つめても、無表情のままもくもくとナポリタンをほおばっている。


ただの冗談だって分かっているのに。……なんだか悔しい。




『……?』


また左肩に刺激を感じた気がして、肩を抑える。が、なんともない。


それでも一応肩の様子を見ていると、肩越しに、藍ちゃんが食事の手を止めて私の方を見ているのに気づく。



「どうかした?お姉ちゃんの顔に何かついてる?」


「ううん。何でもないよ。」


そういって前を向き、ナポリタンを口にほおばる。その様子は、少し楽し気に見えた。


藍ちゃんはいつも私の言うことを素直に聞いてくれるお利口さんで、私のことをよく慕ってくれる。


だけど最近、何を考えているのかわからない時がある。


よくわからないところでニッコリと笑ってたり、変に楽しそうだったり。




「ゆうく…、お兄ちゃん。ソースが口の周りについてるよ……。」


「う……。わかったよ。」


なんだかんだ律儀に罰ゲームに従っている藍ちゃんは、しかしあきれたような口調でそう指摘した。


妹にそんなことを指摘されて、驚いたような表情を見せたゆうくんは、やや恥ずかしそうに目をそらしている。


こういうやり取りを見ていると、藍ちゃんの方がお姉ちゃんなんじゃないかと思えてくる。




「……ゆうくん。だらしないのは良くない。」


「むぐっ!?むぅ……。」


クロリアさんが口の周りを拭こうとすると、ゆうくんは驚いた様子だったが、そのまま身を任せた。


口を拭き終わると、クロリアさんはまた、ゆうくんの頭を撫でる。




すっかり抵抗しなくなり、ちょっとだけ恥ずかしそうに俯いてるゆうくんが、くしゃくしゃと頭を撫でられている。


ちょっと羨ま……しくは全然全くないけど、何とも言えない複雑な気分になった。



『……!……、……?』


また左肩に違和感を覚えて、そして藍ちゃんがこっちを見ているのに気づく。




「よかったね。お姉ちゃん。」


「な……、何が?」


そういって誤魔化すように頭をグリグリと撫でてやると、藍ちゃんはエヘヘと笑っていた。

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