第1話その7 弟は負けん気

―― トントン


先程スーパーで買ってきたばかりの人参を、短冊切りにしていく。


先にフライパンに入れていた玉ねぎはすでに飴色になっている。フライパンの火を止めて、玉ねぎをスープに入れる。



『ま、スープぐらいは作るよね。』


少し余裕ができたので、リビングの方に目をやる。藍ちゃんとゆうくんがテレビゲームで対戦していた。


藍ちゃんは待ちきれないという様子だったが、ゲームをやっていると意外と待ちがきく。




『3日分買ってきて正解だったな。』


藍ちゃんとゆうくんがゲームをしているのを、後ろから眺めているクロリアさんを見てそう思った。


クロリアさんはただ見てるだけなのに、なんだか楽しそうだった。



「えい!とりゃ!ほい!」


「ふ、まだまだ。甘い。」


「ぎゃー!……もう、や!ゆうくんすぐアイテムばっか頼るもん。」


「そういうゲームだし。……ていうか、負けたらお兄ちゃんって呼ぶ約束は?」


「ふん。……いつもはゆうくんって呼ばれても気にしないくせに……。」


「なにか言った……?」


「何にもいってないよ?お兄ちゃん!」


見慣れたいつもの光景が繰り広げられている。


元気ハツラツな藍ちゃんとクールぶったゆうくんはそりが合わなくてよくいがみ合っている。


でも、なんだかんだ仲が良くて、テーブルゲームやビデオゲームでいつも一緒に遊んでいる。


負けた方がフルーツを勝者に渡す、みたいな罰ゲーム付きで。今回はどうも、互いの呼び方を賭けてたようだ。




「クロリアさん、あいつ懲らしめて!」


「おい、ずるいぞ……。」


藍ちゃんはクロリアさんに深々と抱きついてそういった。


藍ちゃんはとても人懐っこい子で、色んな人にひっつくのが大好きだ。




「……わかった。」


「ゲ、ゲームするなら、クロリアさ……、クロリアにも罰ゲームしてもらうから……。」


「……年上を呼び捨て、よくない。……ゆうくん。」


「ゆ、ゆうくんって呼ぶな……!」


クロリアさんに小生意気な態度をとっているので、少し咎めようかと思ったけど、なんとなくそのまま眺めていた。


もしかしたら、クロリアさんがどう対応するのかに興味があったのかもしれない。



「じゃ、じゃあ。俺が負けたらクロリアさんって呼んでもいいけど……その代わり、ゆうくんて呼ぶのはやめてもらう……!」


「……わかった。……ゆうくん。」


「ぐぅ……。」


淡々と返答するクロリアさんに、ゆうくんは攻めあぐねているようだった。




「……あ。」


「どしたの、クロリアさん?」


「……やっぱり、条件を変えてもらう。ゆうくんは……。」


「な、なんだよ……。」


「……ゆうくんが負けたら、クロリアお姉ちゃんと呼ぶこと。」


そう言ってクロリアさんはゆうくんの、それはもう肩がくっつくぐらいの隣に座った。


スタイルのいいクロリアさんの横に並ぶと、年の割に背が低いゆうくんは殊更ちっこく見える。


「……いや?」


「ふ、ふん。別に……。もし負けたら、だからね。」


少し動揺しているようだったが、得意げな様子は崩さなかった。



「クロリアさん、絶対勝ってね!ここが攻撃でここが技だから。」


「……ふむ、なるほど?」


「ふっ。そんなのもわかんないのか。しょーがないから、教えてやってもいいよ。」


藍ちゃんは丁寧にゲームのプレイ方法を教えている。その様子を見て、ゆうくんは余計な茶々を入れる。


ゆうくんは特に得意げになったとき、ぴんと立ったアホ毛がさらに際立つ。




「……ちょっと、生意気。」


クロリアさんの目がギラりと光る。すると、得意げなゆうくんの首根っこをつかんで、自分の膝の上にのせてしまった。


ちまっとした背丈のゆうくんは、クロリアさんの腕の中にすっぽり納まってしまった。




「な、なんだよ!」


ゆうくんは恥ずかしそうにジタバタと腕を振り回す。


最初のうちは激しく抵抗していたが、クロリアさんが抑えつけるように強く抱きしめると、顔を赤くして固まってしまった。


まったく、ウブな奴だ。母に似て、ひいき目抜きに整った顔立ちをしてるのに、恋愛経験は外見に比べて足りてないらしい。




「……もうわかったから、教えてもらわなくても大丈夫。代わりに、ハンデ。ゆうくんは、ここで戦うこと。」


クロリアさんはそう言ってゲームをスタートした。



と、そんなところでセットしておいたタイマーが鳴った。鍋に入れたスープからはコンソメの良い匂いが漂っている。



10分後。




「……また私の勝ち。」


「…… 、……。」


ゆうくんには、もう抵抗する気力もない様子だった。


結果としては、多分クロリアさんの全戦全勝なんだろう。



初めてにしてはクロリアさんの習得が速いというのもあったが、勝敗を決したのは明らかにあのハンデだ。


それにしても、なんと情けない。


多少クロリアさんが美人だからって、あんなに簡単に篭絡されるとは。


美人な委員長であるこの姉と同じ血を引くものとして、もっとしっかりして欲しいものだ。



しょうがないから、助け舟を出してやることにした。



「ごはんできたよー。」


わたしはリビングのクロリアさんたちに向かって声をかける。

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