第0話その2 むっつりツンデレ委員長の攻略法2
保健室のドアを開ける。
「一妻先生~。いますか?」
「ちょっと、苗字で呼ばれるのは嫌だから、なるべく別の呼び方でっていつも言ってるじゃない。」
「まあいいじゃないですか。それより、ベッドに空きありますか?」
「ああ、ガラガラよ。適当なところに寝かせてあげたら?」
なるべく丁寧に湊を寝かせたあと、自分も椅子に座って一息つく。
「湊……由愛ちゃんね。どうしちゃったの?」
「さっき教室で倒れちゃって。具合悪そうだったので連れてきました。」
「う~ん。熱はなさそうだし、他におかしなところもない。……精神的なものかしらね。」
『その通りです。むしろの俺が犯人です。……とは言えないな……。』
先生はお茶を入れて手渡してくれる。両手で受け取って一口すすった。
「ありがとうございます。」
「ダークエルフたんは、最近どう?」
「……その呼び方は止めてくださいって言ってるじゃないですか。」
「あら。じゃこれでオアイコね。」
「教師が率先して止めるべきだと思います。」
「都合のよいこと……。」
先生は楽しそうに笑っていた。
この人は割と、学校の中でも人気者だ。
ボブの髪型に白衣を着ている姿が、リケジョのようでカッコいいと、女子から結構な人気がある。
くわえて、常に落ち着いていて大人っぽい色気がある美人だと、男子からかなりの人気を獲得している。
『これでまだ20前半だってんだからな……。』
気づく人もいるかもしれないが、俺と一妻先生はそこそこ仲がいい。
この学校に中途入学してから、ずいぶんとお世話になったからだ。
「君は相変わらず可愛いわね……。癒されるわ……。」
「何にも嬉しくないですからね……。」
「そう?……銀髪の髪・褐色の肌・黄色の瞳という一見派手な容貌なのに、体はちょこんと小さくて……。ギャップ萌えね。」
「今時セクハラですからね、それ。」
「ごめんごめん。」
この人も結構変わり者……というかオタク気質なんだろう。
俺の見た目がずいぶんとツボに刺さったようで、俺が保健室にいるときはくまなく俺のことを見てくる。
クラスの女子に教えてやりたい。リケジョな一妻先生が観察してるのはプレパラートじゃなくて銀髪ダークエルフだぞ……と。
「まあ、君も学校をそこそこ楽しめてるみたいで良かったわ。」
「俺まだ自分のこと何も話してないんですけど……。」
「雰囲気でなんとなくわかるのよ。……最初にあった時は、大変な子がやってきたなと思ったけどね。」
何気ない事をしばし話していると、ベッドの方から声が聞こえた。
「……ぅ、あれ?私なんでベッドの上に……。」
「あ、起きたみたいね。体調大丈夫?」
「はい。なんともないです。」
「そっか、いま一応授業中だけど、どうする?」
「行きます。……委員長なので。」
「……そうね。じゃ、薫くん送ったげて。」
先生に名前を呼ばれ、自分もベッドの方に近づいていく。
少し気まずかったので息を消していたのだが。
「……いたんだ。」
「いました。」
「彼が連れて来てくれたのよ。背中におんぶして。」
「そう、なんですか……。……ぁ、ありがと。」
「いや、礼なんていいよ。」
本当に。むしろ謝りたいぐらいだ。
生まれて来てから今まで……人に胸を押し当てて興奮で倒れさせるなんてことを、まさか自分がするなんて……想像すらできなかった。
「……なに?」
「んや、なにも。行くか。」
「……うん。じゃあ先生、ありがとうございました。」
「俺も戻ります。」
「あ、薫君。ちょっと待って。」
深く丁寧にお辞儀をした湊に続いて、ペコっと礼をして出ていこうとしたのを、一妻先生に止められた。
手招きのジェスチャーで近くに寄るように指示される。
『由愛ちゃん、すごい真面目な子だから。ちょっと心配なのよね……。目を離さないようにしてあげてね。』
『心配?』
『真面目な子ほど、一人で抱え込んじゃうことが多いから。……君がちゃんと支えてあげなよ。』
『なんか、ガラにもない感じのこと言いますね。』
『君、やっぱり結構失礼ね。』
実際俺は先生の台詞に驚いていた。湊と先生にあまり接点はないと思っていたから。
意外と、色んな生徒に気を配るタイプの人だったのか。人気になるだけの理由がちゃんとあったわけだ。
「先生、どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。」
『じゃ、ダークエルフたん。頑張ってね。』
『……はいはい。』
手を振る先生を後にして、保健室を出ていく。少し長居しすぎたかな。
廊下の窓を見ると、雨が降り出していた。
放課後。
「……だからいつも、天気予報はちゃんと見なきゃって言ってるでしょ。」
「すいません……。」
「……まさか傘を忘れるなんて。」
俺と湊は一緒に帰っている。しかも同じ傘に入って。
相合傘……?周囲の目も気にせず……。と思う人もいるだろうが、あいにく今の俺の見た目では、俺たちをカップルだと思う奴はほとんどいない。
仲のいい友人が、一緒に帰っているだけと思うだろう。
それほどまでに、本当の意味で俺を男として扱う奴は数少ない。
『そういえば、俺と話すときクールってことは……。湊は一応俺のこと、男として見てるということなのか……?』
湊は男子と話す時、男慣れしていないために一見クールな……いってしまえばコミュ障な態度をとる。逆に言えば……ということだ。
しかし、今もチラチラ俺の胸を覗いてくるし、ホント良く分からないやつだ。
『ともかく。好感度を上げるには、まず相手のことをよく知らないとな。』
同じ傘の下、湊に歩幅を合わせながら、俺はそう決心した。
会話の選択肢を確認する。
『犬派?猫派?』 『妹たちと仲がいいのか?』 『なぜ俺の胸を見るんだ?』
「なあ。」
「……なに?」
「なんでさっきから、俺の胸をチラチラ見てくるんだ?」
「っっっ!?は、はあ!?な、何を言ってるの!私がそ、そんな……変態みたいなことするはずないでしょ!」
「いやでも実際……。……!」
後ろの方から、トラックの赤いランプが近づいてくるのが見えた。
興奮した湊は気づいていない。
「っっ、危ない!」
俺は湊を引き寄せ、代わりに自分の体を車道側に出す。
バシャッ。
俺の体全身にびっしょり、水たまりの泥水がかかる。
ぐっしょぐしょだ……。
「だ、大丈夫!?……っっ!」
「ああ、まあ。湊にはかかってないみたいで良かった……って何でそっち向いてんだ?」
「む、胸……、見えてる……。」
見ると、ブラジャーが透けている。
「にゃっ!?み、見んなよっ!?」
「い、言われなくても見ないから!」
「……。」
「……。」
「……と、とりあえず帰るか。」
「……そ、そうね。」
俺たちは同じ傘に入り、また歩き始める。二人とも押し黙っていて、気まずい……。
無言のまま信号で立ち止まり、色が変わるのを待つ。
信号が青になって進み始めると、湊の歩行のピッチが上がっていく。
さっきまでより幾分か速い気がする。
「なあ。……なんか急いでる?」
「だって、今タオルとか持ってないし……。急いだ方がいいと思って……。」
「んん?」
これはもしや……。ギャルゲーで鍛えた俺の嗅覚が反応する。
「なあ……、もしかして心配してくれてる?俺のこと。」
「う!?……ま、まあ、そうと言えばそうだけど……。」
「ふぅ~ん。へぇ~。」
少し嬉しい。
「な、何?……というか、別に心配しただけじゃないからね。あ、あんたのその……む、胸が目に毒だから……。」
「ほぉ~ん。」
「そのハ行だけで返事するの止めなさいよっ!」
「ひぃっ!ご、ごめんて……。」
そっぽを向いてしまった。少し怒らせてしまったようだ。
……でも、嬉しい気分だ。さっきまで短文でしか会話をしてくれなかったのに。
やはりあの会話の選択肢が正しかったのだろう。幼い頃からあの手のゲームをやっている俺には朝飯前なのだ!
『この調子で、好感度を上げていきますか!』
改めて、神が言っていた好感度を上げる行動の選択肢を思い出す。
『胸を撫でさせる』 『腕に胸を押し当てる』 『相手の顔を胸にうずめる』
なんだこの選択肢。元男がやっていい選択肢じゃないだろ……。
でも、好感度を上げるために、記憶を思い出すためにはやらなきゃだめなのか……?
うぅ……。
「……。」
「……。」
また沈黙が続いていた。
二人とも、ぐるぐるぐるぐると頭を悩ませていた。
口火を切ったのは、湊だった。
「あ゛。」
「え、なに……?」
「さっきの話……!私、胸をチラチラ見てなんかないからね!?」
「ああ、その話……。」
「私、エッチな子なんかじゃないし……!興味無いし……。」
またそっぽを向いてぶつくさと呟く湊。
まるで俺に宣言しながら、自分に言い聞かせているようだ。
違う、違う、違う、エッチであってはいけない、自分はエッチなんかじゃない……といった感じで。
……しかし、分からないものだ。別に胸を見るぐらいいいだろうよ。
なんでそこまで……。
『真面目な子ほど、一人で抱え込んじゃうことが多いから。……君がちゃんと支えてあげなよ。』
保健室の、一妻先生の言葉を思い出した。
……ああ、真面目って、そういうことか。
「……なあ。俺すこし寒くなってきたかも。」
「え、大丈夫?……わ、悪いけど人肌で温めるとかは私できないから……。」
「いやそういうんじゃないから。……手。」
「?」
不思議そうな顔をして、でも素直に差し出した湊の手を、しっかりと掴む。
「な、なに?」
「走る。傘、ちゃんと差せよ。」
「え、ちょ、待……。」
考えすぎたときは、雨の中をひた走るに限る!
古典にもそう書いてある!知らんけど!
湊の様子を伺いながら、そこそこの速度で走っている。
歩道の上を、何台もの車に追い越されながら、何人かの人を追い越しながら、そこそこの速度で走る。
湊がまあ、傘をちゃんと差せて、濡れないぐらいの速度。
それにしても、この体は走りにくい。
この体の小ささに慣れていないのもあるが、体の肉が抵抗になって走るのを邪魔してくる。
……と、そんなことを考えていた矢先。
俺は何かに躓いた。
「危ない!」
湊の声が聞こえた。
上手く受け身も取れず、前のめりに転ぶと思っていた俺は、湊に受け止められていた。
そう、湊に受け止められていた。湊の顔の上に、胸を押し付けるようにして。
「あ……!す、すまん!」
俺はすぐに湊から離れた。
が、湊は何もしゃべらず、倒れたままじっとしている。
……大丈夫なのか……?
「えっと……大丈夫か?」
「……ふふっ。ははははっ!」
「!?……えっと、悪い!」
「いいよ、別に。これでオアイコ、でしょ。」
「あ、ああ。そうだな……。……!」
俺は湊から目を逸らす。
上にブレザーしか着ていない湊のブラジャーは、完全に透けていた。
それに、髪に水が滴っていて……なんだか艶っぽい。
「……なに?」
「……その、胸……。」
「……!……み、見ないでよ……。」
「見ないです……。」
「……。」
「……。」
また沈黙が続いていた。
……先に動き出したのは、またしても湊だった。
立ち上がり、俺に手を差し出す。
「……ん。いくよ。」
差し出された手を取り、立ち上がる。
「走るよ。」
「え、傘は?」
「もう濡れちゃったし……。どうでもいいでしょ。」
そう言って、湊は走り出した。
さっき走っていたときよりも数段速い速度。そういえばコイツ、スポーツ万能だったっけ。
なんとか全力で走って、やっと後ろについていく。
雨の中、暗くなった町の薄明かりが水に反射して、夜の景色はいつもより綺麗に見えていた。
水でぐしょぐしょになって、逆に気分が高揚してくる。
水の中を走り抜けているようだった。
やがて、湊の家が見えてきた。
実は、ここが俺の目的地でもある。俺は湊の家に居候している。
「「ただいま……。」」
走りつかれた俺と湊は、二人して肩を並べてドアにもたれ掛かる。
廊下を濡らすわけにもいかないし。
「おかえりー。……ああ。今タオルとってくるね。」
「おかえり…………っっっ!」
湊の妹の藍ちゃんと弟のゆうくんが出迎えてくれる。
藍ちゃんはタオルを取りに向かった。
姉似のゆうくんは濡れ透けJKふたりに照れて逃げてしまった。
ぐったりした気分でタオルを待っていると、湊が話しかけてくる。
「今日……、何食べたい……?」
「温かい……お味噌汁かな……?」
湊にリクエストを聞かれたのは、これが初めてだった。
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ここで一旦0話は終わりです!
次からは馨と湊が出会う前の話になります!
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