第1話その5 妹とは、何か。
「……というわけで、こっちの世界に来た。」
お風呂から上がった私は、リビングでクロリアさんの説明を聞いていた。
その説明は、はいそうですかと納得できるものではなかったが、とりあえず受け入れることにした。
クロリアさんは、まさに西洋ファンタジーの世界からやってきたダークエルフだった……みたい。
そこでさすらいの旅を続けていたが、ある事情?によりこちらの世界に来ることを余儀なくされたらしい。事情というのは……あまり話したくなさそうだったので聞かなかったが。
それにしても、できることなら何か証拠のようなものが見たいけれど。
「……一応、魔法は使えるけど……。」
「けど?」
「……苦手。例えば、治癒の魔法。この緑の光に触れると、折れた骨ももとに戻る。」
「へえ、すごいじゃないですか。」
「……でも、副作用で熱くなって眠くなった上に記憶が少し消える。」
「地味にイヤな副作用が多い……。」
「……体験してみる?」
「遠慮しておきます。」
クロリアさんは、手から緑色の光を実際に出してそう質問したが、丁重にお断りさせていただいた。
「……私の妹は、魔法が上手なんだけど。」
「え。……妹さんがいたんですか?」
「……そう。私の999番目の妹は魔法が得意。」
「九百九十九!?」
「……旅の中で、出会った女の子と妹の契約を結んでは、涙のお別れを繰り返してきた。私には、5623人の妹と、3218人の弟がいる。」
「ええ……。」
あくまで契約上の妹のことか……といっても、妹の契約というのがそもそも意味不明だけど。
しかし、なんだか意外だ。そんなに妹?を作るなんて。……やっぱり、何を考えているのかわからない人だ。
……、とまあこんな感じでクロリアさんの説明を聞いていたら……。
気づけば、口から一つの質問がこぼれていた。
「その、クロリアさんは……寂しくなったりしないですか?」
「……?」
突飛な質問に首を傾げているクロリアさんに、慌てて言葉を足していく。
「あ、えっと、村の人と仲良くなっても、お別れして一人で旅するんだったら、寂しいときもあるのかなって。」
「……旅には、999番目の妹がずっと付いて来てくれたから、あまり寂しくない。」
「ああ、なるほど。」
「……ただ、妹や弟に会いに行ったら亡くなってることもあって。」
「え?」
「……私は、長寿種のダークエルフだから。そういうときは寂しい。」
「……、そうなんですか……。」
「……今は誰もいない。から、寂しいかも。」
話の内容に反して、表情は変わらず無表情で、あっけらかんとした口調でそう答えるので、本当にそう感じているのか、わからない。
でも、なんとなく……。さっきまでとは違う気がした。
「……由愛が妹になってくれたら、寂しくないかも。」
前言撤回。さっきまでとなんら変わっていない気がする!
少ししんみりした気持ちを返してほしい。
……この人は、何も考えていないような顔をしておいて、実のところ常に私を揶揄おうとしてるんじゃないかと疑っている。
……風呂場で私に脱衣を強要したあたりから疑っている。
『……、よし。』
本当に寂しいというのなら、慰めてあげようじゃないか……!
私は思い切って立ち上がり、そしてクロリアさんの横の椅子に座った。
そして、クロリアさんを見上げて、宣言する。
「妹が欲しいなら……、ちょっとの間だけ、妹みたく接してあげますよ。」
思えばこの人と出会ってからずっと、主導権を取られっぱなしだ。
私は人より少しだけプライドが高い。一方的にやられっぱなしなのは認められない。
むしろこっちが可愛がってあげるぐらいのつもりで、クロリアさんを挑発する。
「ほら、どうかしましたか。寂しいなら、……、私の胸に飛び込んできてもいいんですよ。」
自分でも言ってて恥ずかしくなるぐらいのセリフだったが、少しは効果があったのか。クロリアさんはしばしの間じっと黙っていた。
しかし、沈黙のあと、ボソっと呟いた。
「……じゃあ遠慮なく。」
クロリアさんの手が伸びてきて、私の頭の上に置かれる。
その手は決して大きくないのだけれど、大きい存在感がある。どっしりと構えていて決して動かない、深い森の奥にある大木のような。
しかし、やがてその手が動き出す。
『ぐぅっっ!?……やっぱり、触り方が上手い……。』
頭を撫でられて……、風呂場での出来事を思い出していた。
強制的に落ち着いたキモチにさせられてしまう、包容力のある撫で方。
……でも、このぐらいは想定内……。
「……クロリアお姉ちゃんって呼んで。」
「え?」
「……妹なら、お姉ちゃんと呼ぶべき。」
クロリアさんはさらなる一手を打ってきた。
ま、まあこれも全然想定内だから。お姉ちゃんと呼ぶぐらい訳無いこと……。
「クロリアお姉ちゃん……。」
「……よし。」
「え……?」
私は言いつけを守ってクロリアお姉ちゃんと呼んだのに、何故かお姉ちゃ……じゃなくてクロリアさんは頭から手を離した。
「……なにかしてほしいことがあるなら、オネガイ……して?」
無表情のまま、抑揚のない声のままだったが、それでも一つ、分かることがあった。
明らかに、明らかに調子に乗っている!
「な、無いですよ!してほしいことなんて……。」
「……あれ?妹みたく接してくれるんじゃなかったの?」
「妹だってこんなことしませんよ!」
「……私の世界では、妹はこんな感じ。」
無茶苦茶な理屈を振りかざすクロリアさんに、また振り回されそうになる。
そうだ、私が主導権を握るんだ……!
「クロリアさんこそ、したいことがあるんじゃないですか?」
「……?」
「頭を撫でたいなら……何か言うべきことがあるのでは?」
クロリアさんの、私よりちょっと高いところにある目をぎゅっと見つめる。
……あらゆる行動を見逃さないほどじっと見ていたから、クロリアさんの動きがゆっくり、はっきりとわかってしまった。
少し首を傾げて、ほんの少し目を細めて、私の顔にその顔を近づけてきて……耳元に口を持ってきた。
油断していた耳の中に、クロリアさんの囁きが入ってくる。
「……由愛。」
『ゾクッ』
「……頭、撫でていい?」
『…………、…………。』
あまり何も考えられなかった。
「どうぞ……。」
……クロリアさんが頭を撫でるのに合わせて、ただ首を揺らしていた。
「……イイコ、イイコ。」
『……、……、……。』
「……由愛、可愛い。」
『……、……、……。』
クロリアさんはまた、パッと手を離した。そして、腕を大きく広げている。
『……、……?』
「……ご褒美。おいで、由愛?」
私はただ、二つの柔らかい枕を目指して体を前に……。
……柔らかい枕……。……、なんだか……、イケナイことをしているような……。
『……ハッ。』
……私はなんとか、完全に屈する前に目を覚ました。
「……どうしたの?由愛」
「なんでもないです!」
「……甘えてくれないの?妹みたいに。」
「きょ、今日はこの辺にしといてあげます!」
私はクロリアさんから目を背けて、今あったことを思い出さないようにするので精一杯だった。
こんなのは絶対にダメだ……。私は委員長で弟と妹のお姉ちゃんなんだ、みんなのお手本にならなきゃいけないんだ……。
『ダメダメダメダメ……絶対にダメ……!』
「……由愛?」
「は、はい!?」
「……しょうがない。」
そういって、クロリアさんは腕を広げたまま体をこちらに寄せてくる。
二つの大きく柔らかいものが私の眼前によって来る。
「……!?……いやあのその、私そういうのはまだ今はまだ早いと思っ……、あっ。」
重心が後ろに偏りすぎて、椅子ごと倒れてしまう。
来るべき衝撃に備えて、ぐっと目をつぶると……ゴチーンと頭を床にぶつけた。
「っっっつうぅぅ……。」
頭にジンとした痛みが走る。少し尾を引く痛みを長く感じながら、一方で、この痛みに助けられた……と感じていた。
さっきまでの……、まるでエッチなことの前触れのような……、変な空気感から抜け出せたからだ。
「……由愛。……大丈夫?」
私の元に駆け寄ってきたクロリアさんを、起き上がって恨めしく見つめると、彼女は心配そうな目でこちらを見つめていた。
『ちょっとお姉ちゃんっぽいかも……なんて思わないけど。』
「……頭うったところ、どこ?」
私が黙って場所を示すと、クロリアさんはそこに手をかざす。
すると、手の周りから緑色の光が輝きだした。
「あの……これって……。」
「……ごめんね、由愛。でも、その気にさせた由愛が悪いから。」
「な、何を言って……、熱い熱い熱い!」
頭に激しい熱さを感じながら、私の意識は沈んでいった……。
「……眠った?」
クロリアは由愛を胸で受け止め、眠っていることを確認する。そして、左の肩を中心に、服をはだけさせた。
「……由愛が……、由愛が悪いから。」
「……由愛が、あんな生意気に、可愛らしく、私を挑発するから……。」
「……由愛が、チョロカワで、ほとんど堕ちかけなのに、最後の最後で強情だから……。」
「……妹にしたくなる。」
「……。……"契約魔法"。」
由愛の左肩に、ハート型の紋章が刻まれていく。
「……これが3重の紋章になったとき……、そのときが……。」
「……由愛が、身も心も、"妹"になったときだから……ね。」
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