第1話その4 ふたりで髪の洗いっこ

「それで、ここをこうすれば温度が調整できますから。」


シャワーやシャンプーのことなど、必要なことを手短に教えてお風呂場から出ようとした。


が、私の手を彼女が捕まえてきた。




「……せっかくだし、洗ってよ。」


クロリアさんは髪を指で示す。



確かに、服も脱いでしまったし、これで退散というのはいささか不自然だった。



「じゃあ、目を閉じててください。」



実は、他の人の髪を洗うのは慣れっこだ。


藍ちゃんは5歳まで、ゆうくんは小学生に上がるまで、私が髪を洗っていたから。



『ゆうくん、最近は一緒にも入ってくれなくなったし。懐かしいな……。』



シャワーを手に取って、彼女の髪を洗い始める。


髪についた泥を落とすと、金属を磨いた時のように、美しい銀髪が現れてくる。


髪の一房を持ち上げると、花畑のような香りが広がって、なんだか……。



『……、そういえば、あの本にもこんなシーンあったっけ。』



鏡越しに、クロリアさんと目が合った。なんだか気まずくて、すぐに目をそらす。


……なんとなく、少し高めのシャンプーを使って、自分でするよりも丁寧に洗った。




泡を流し終えて、水を止める。


「はい、終わりです。体は……、自分で洗ってくださいね。」



「……いったんいいや。次、由愛。」



「え、いや、私は…。」



「……いいから。」



言われるがまま座ってしまった。


クロリアさんが後ろにいると思うと、女性同士のはずなのに変にドキドキする。



「……目を瞑って。」


『ゾクッ』


クロリアさんの声が耳元から脳みそに届いて、ゾワゾワした気分になる。


気持ちを振り払うように、目をぎゅっと閉じる。




クロリアさんの手が頭に触れた。


『なんだか、頭を撫でられてるみたい……。恥ず……。』


ちょっと教えただけなのに、クロリアさんは上手にシャワーを使って、髪を洗ってくれている。


「……気持ちい?」



「え?……、はい……。」



「……素直。」



素直。そう指摘されると、なぜか気恥ずかしい。


別に気を許したとか、そういうわけじゃ……。



「……頭、少し後ろに向けて。」


「あ……、はい……。」


クロリアさんは私の前髪を後ろに下げた。視界が開いて、一瞬クロリアさんと目が合う。


……素直とかじゃないけど……、なんとなく従順に従ってしまう。



『気分が落ち着く……、からかな。』


洗い方、というより、頭の触り方がなんだか優しく・丁寧・上手なテクニシャンで、強制的に落ち着いた気分にさせられる。なんていうか……。



『姉がいたら……、こんな気持ちだったのかな。』





『って、いやいや、何を考えてるんだか、私……。』


自分の考えたことに恥ずかしくなる。まるで、姉がいないことを寂しく感じているみたいじゃないか。




少し混乱した気分になっていると、クロリアさんの手が耳に触れた。



「ひゃっ!」


「……あ、ごめん。」


「あ…、大丈夫です……。」


恥ずかしい声を聞かれた私に、抑揚のない声で謝るクロリアさん。


チラッと目を開けて、鏡越しに様子を伺っても、無表情のままだ。



一定のトーンで抑揚のない声に、無気力で変化のない表情。何を考えているのか、本当にわからない。


『本当に、なんでこんなことに……。』




……確かに、戸惑う気持ちももちろん大きい。


『……、でも……』


反面、少し喜んでいるというかその……懐かしんでいる自分がいた。




父がいなくなって、母が忙しくなって、もう数年が立とうとしている。


それに、こんな風にして髪を洗ってもらったことは一体何年ぶりだろうか?


『こんな……、甘えるみたいなこと、もうないと思ってたけど……。』




チラッと目を開けて、鏡越しに彼女の顔を覗き見ると、今度はクロリアさんと目が合った。


「……痒い所とか、ない?」


感情のこもってないような、そんな単調な声だったのに、なぜか温かく感じてしまった。




……自分でも、言葉にしたのかわからないぐらい小さな声で、返事をした。



「……、うん。」






聞こえたのか聞こえなかったのか、クロリアさんは何も言わずに洗い続けてくれた。




泡を流し終えて、水を止める。



「……よし、次は体。」



「か、体は自分で洗いますから!」



さすがに、体まで触られるのは……恥ずかしい……。

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