06:人間に好意的な亜人もいました
「あ」
メビオラでの日常がどれほど幸福であったかを実感していたそのとき、エリオスさんが小さな声を上げた。
視線を戻せば、エリオスさんの右腕にキノコを発見。
「すみません」
急いでキノコを摘まみ、放り捨てる。
時間が経過したせいか、痙攣を繰り返すばかりで棒のようだった指はある程度自分の意思で動くようになっていた。
「凄いな。本当に、いつでもどこでも生えてくるんだな」
エリオスさんに気を悪くした様子がないのは救いだった。
メビオラだったら怒鳴りつけられているところだ。
「はい。どうやら私は無自覚に魔法の胞子を飛ばしているみたいで……困ったものです。ところでエリオスさん、一度試しに下ろしてもらえませんか。指も動くようになりましたし、そろそろ歩けるかもしれません」
身じろぎしたけれど、腕の力で押しとどめられてしまった。
「そんな酷い顔色で無理するな。獣人は人間より体力がある。ユミナは軽いし、一日中抱えていたって平気だ。メルトリンデの家に着いたら下ろしてやるから、いまはおとなしくしてろ」
「でも……」
「いいから」
強引に会話を打ち切られた。
エリオスさんって優しすぎるのでは……?
悪人に騙されないか心配になりながらも、私は身体の力を抜いた。
村を行く私たちの左手には川が流れ、水車が動いている。
川があるから、亜人たちはここを開拓して村にしたのだろう。
人間も亜人も、水がなければ生きていけない。
ぽつぽつと点在する家屋の他には家畜小屋、畑や果樹園、物見やぐらもあった。
何の変哲もない田園風景だけれど、ここは瘴気漂う森の中で、ここに住む人たちは全員亜人なのだ。
亜人たちはエリオスさんに抱えられた私に気づいている。
みんな遠巻きに眺めるだけで近づこうとはしてこない。
好奇と嫌悪の視線が四方八方から突き刺さる。
少し怖いけれど、それでも、エリオスさんの腕の中にいれば平気。
彼が守ってくれる、そんな安心感があった。
「エリオス×××!! ××××!!」
エリオスさんの名前を呼び、道の前方から小柄な少女が駆けてきた。
外見年齢は十五歳前後。
肩口で切り揃えられた真っ白な髪。くりっとした大きな緑の瞳。
彼女の頭からは白い猫耳が、スカートからは尻尾が生えている。
長く伸びた猫の尻尾は白く、先端だけが黒い。
少女の身体を包んでいるのはお仕着せだ。
「××××、×××。××××?」
「××××。ユミナ××。×××?」
コルドさんと会話したときと違って、エリオスさんは特に警戒することなく、笑顔で猫の獣人と会話している。
猫の獣人はエリオスさんの友人かしら。
恋人だったら申し訳ない。
やましい気持ちは一切なく、純粋な善意による行為だとしても、自分以外の女性を恋人に横抱きにされて喜ぶ女性はいないだろう。
やっぱりさっき下ろしてもらうべきだったのではと、私はハラハラしていた。
「××××」
何か言いながら、猫の獣人は私を見た。
「初めまして。私の名前、フーシェ。エリオス様のお父様、ゼノ様の家で、妹と働く、しています。私たちの村へようこそ、ユミナさん」
フーシェさんはちょっと怪しいユーグレスト語で言って、にこっと笑った。
「人間の言葉が話せるんですか!?」
「はい。少し。エリオス様と違う。下手。ごめんなさい。私はエリオス様の家に行きます。エリオス様のお願い、部屋を泥。急ぎます。後でゆっくり話しましょう。さようなら」
フーシェさんは踵を返した。
エリオスさんもまた、フーシェさんの後を追うように歩き出す。
同じ方向に行くのかと思いきや、エリオスさんは道の途中で左に曲がり、橋を渡った。
「……部屋を泥ってなんですか? フーシェさんにどんなお願いをしたんですか?」
どんなに考えてもわからず、私はエリオスさんに目を向けた。
「ユミナを連れて帰るから、二階の客室を整えてくれと頼んだ。フーシェは父さんの屋敷で働いているけど、たまにおれの家に来て家事をしてくれるんだ」
「ああ! わかりました、フーシェさんは『部屋を掃除する』と言いたかったんですね!」
納得した。ユーグレスト語では『泥』と『掃除』は発音がよく似ているから間違えたのだろう。
「わかりにくくてごめんな。フーシェは人間の言葉を習い始めたばかりなんだ」
「エリオスさんが謝ることではありませんよ。人間の言葉に興味を持ってもらえるのは嬉しいことです」
村に来て初めて会ったコルドさんのインパクトが強かったから、みんな人間嫌いなのかと心配していたのだ。
エリオスさんの他にも人間に好意的な亜人がいることは純粋に嬉しい。
「せっかくですし、私も亜人の言葉を学びたいですね。そうだ、エリオスさん。教えてもらえませんか?」
「構わないけど、学ぶ意味はあるか? 元気になったらユミナは人間の街に行くんだろう? きっとこの先亜人に会うことは二度とない。学んだところで使う機会がないと思う」
エリオスさんは至極真っ当なことを言っているのに、何故か私は言葉に詰まってしまった。
「そ……そうかもしれませんけど。出会えた記念に、簡単な挨拶の言葉くらいは覚えておきたいです」
「ふうん。ユミナは変わり者だな。じゃあ、メルトリンデの家に着くまでいくつか単語を教えてやる」
その後、私はエリオスさんに十個ほど単語を教わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます