05:いざ亜人の村へ

 エリオスさんの言葉通り、亜人の村は森の中にあった。

 エリオスさんの腕に抱かれて森を進んでいたら、突然、広く視界が開けた。

 木々の代わりに現れたのは、高くそびえる土塀。

 恐らくは魔法で作られた土塀だ。

 不自然なまでに美しい土塀が、視界の端から端まで長く伸びている。


「凄い。想像よりもずっと大きい……」

「最初は小さい村だったんだけどな」

 独り言のつもりだったのだけれど、エリオスさんの優れた耳は私の呟きを聞き逃さなかった。


「おれの祖父が他の亜人たちに呼びかけて、各地でバラバラになった亜人たちを集めたんだ。獣人、鬼人、竜人、エルフやドワーフ。他にも色々。いまや三百人以上の亜人がここで共同生活を送ってる」

 説明しながら、エリオスさんは門に近づいていく。


 門の前には槍を構えた門番がいた。

 頭から獅子の耳を生やした筋骨隆々の大男は、威圧するように私たちを睨んでいる。


 短く刈り込んだ茶髪に、血のような赤い目。

 彼の右頬には目立つ大きな傷跡があった。

 首にも腕にも細かな傷跡が走っている。

 いかにも百戦錬磨の戦士といった風格だった。


「あの、私、やっぱり行かないほうがいいのでは……」

 視線で敵意がビシビシ伝わってくる。

 うかつに近づいたら槍で刺されてしまいそうだ。


「大丈夫。おれが守るから」

 エリオスさんは安心させるようにそう言って、獅子の獣人に声をかけた。


「××××」

「××、エリオス××。××××?」

 獅子の獣人は太い眉をつり上げている。

『人間を連れてくるとはどういう了見だ?』とエリオスさんを問い詰めているのがわかり、居心地が悪い。


「×××××」

「×××! ××××!!」

 獅子の獣人は怒声を上げ、槍の穂先で地面を突いた。

 反射的に身を竦める。

 縋るように腕の中の剣を強く握っていると、エリオスさんは私を抱く手に少しだけ力を込めた。

 怯えなくても大丈夫、というように。


「××××」

 永遠とも思える数分のやりとりの後、獅子の獣人は鼻を鳴らして横に退いた。


「×××」

 エリオスさんは短い言葉を発して獅子の獣人の横を通り過ぎた。

 視界から獅子の獣人の姿が消えたことで、ようやく息をつくことができた。


「あの人は何を言ってたんですか?」

「気にするな」

「無理です。気になります。教えてください」

 食い下がると、エリオスさんは仕方ないな、という顔で教えてくれた。


「コルドはユーグレストの違法闘技場で働かされていた元・拳闘士けんとうしだ。過去の経緯から人間を嫌ってる。人間を村に入れるな、村の情報を売るつもりかもしれない、村に災いをもたらしたらどうするつもりだと怒っていた。もしユミナが問題を起こした場合はおれが責任を取ると言ったら、やっと通してくれた」

「責任って……そんなこと言って大丈夫なんですか?」

「ユミナはおれの信用を裏切る気なのか?」

「いえ、そんなつもりは全くありません!」

 力いっぱい断言すると、エリオスさんは小さく笑った。


「それなら何の問題もない。だから言っただろ、コルドが何を言っていたかなんて気にしなくていいって」

「……そうですね」

 うまく言いくるめられたような気もするけれど、気持ちを切り替えるべく、私は空を見上げた。


 村の上に広がる青空には、うっすらと赤い霧がかかっている。

 赤い霧の正体は瘴気だ。目に見えるほどここは瘴気が濃いらしい。

 でも、この程度の瘴気なら大丈夫……だと思いたい。


 虐げられてはいたけれど、それでも私はメビオラの貴族だった。

 瘴気の中で生活していたことなんてないから、本当に大丈夫かどうかはわからない。

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