04:不意打ちの横抱き
「おれはただ事実を言っただけだ。別にユミナを責めたいわけじゃない」
エリオスさんは幾分か柔らかくなった声で私の名前を呼んだ。
それから跪き、再び目線の高さを合わせてくれた。
「心配しなくても、人間にも良いやつがいるのはちゃんと知ってるよ。悪いやつと良いやつがいるのは亜人も人間も一緒だろ。過去に酷いことをされたからって、人間という種全体を憎むほどおれは馬鹿じゃない。おれたちが森に住んでることは気にするな。いや、まあ、少しは気にしてほしいけど。気に病むな、っていうのが正しいかな」
「はい」
頷くと、エリオスさんも小さく頷き返した。そして私の足を見る。
「そろそろ立てるか?」
「……やってみます」
私は木の幹に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
どうにか立てたものの、生まれたての小鹿のように私の足は震えている。
支えとなっている木の幹から手を離せば、たちまちバランスを崩して倒れてしまうだろう。
「……歩けそうか?」
「いいえ」
「だろうな。わかった。これ持って」
エリオスさんは剣帯ごと剣を外し、渡してきた。
「? はい」
素直に受け取ると、エリオスさんは私を横抱きにした。
「ひゃあっ!?」
鍛えているらしく、エリオスさんの胸筋は意外と硬い。
彼の体温を肌越しに感じる。
すぐそこに――目の前にエリオスさんの秀麗な顔があって、心拍数が跳ね上がった。
「ちょ、え、エリオスさん? これは一体?」
私、丸三日入浴してないんですけど!?
これだけ密着して臭くない!?
狼の嗅覚は人間の何倍だったかしら!?
いや、彼はあくまで『狼の獣人』だから、本物の狼ほど臭いに敏感じゃないかも!?
お願いだからそうであって!!
「おれの村にはメルトリンデっていうエルフがいる。メルトリンデは村で唯一治癒魔法が使える。メルトリンデは人間を嫌ってるけど、おれが頼めばユミナを治癒してくれるはずだ」
色んな意味でどぎまぎしている私を抱えてエリオスさんは歩き出す。
「えっ、おれの村って、人間が亜人の村に行っていいんですか? メルトリンデさんは人間が嫌いだと言いましたよね? メルトリンデさんだけじゃなく、他にも人間が嫌いな亜人はたくさんいるんじゃないですか? 私を連れて行ったら、エリオスさんの立場が悪くなるのでは?」
「そんなこと心配しなくていい。人間嫌いな亜人とはひと悶着あるかもしれないけど、連中も衰弱した怪我人をどうこうするほど酷くはない。短期間の滞在くらいなら許してくれるさ」
「私を連れて行ったら、村中キノコまみれになってしまうかもしれませんよ?」
早速エリオスさんの肩に小さなキノコが生えようとしているのを見つけ、手で払い落とす。
エリオスさんはちらっと自分の肩を見てから、また前方に視線を戻した。
「覚悟の上だ。助けたからには最後まで面倒を見る。とりあえず今日はおれの村に泊まって、ゆっくり休め。体調が回復した後は好きにすればいい。メビオラに帰れないならユーグレストで暮らせばどうだ? 近くの街まで連れてってやるよ」
「すみません……ありがとうございます。本当に、受けた恩が大きすぎて、どうやってお返しすればいいか……」
エリオスさんの腕の中で、私は身を縮めた。
恩返ししようにも、私は無一文だし、私の魔法は役立たず。
いまほどローズマリーを羨ましいと思ったことはない。
私が聖女だったら怪我人を治癒したり、瘴気を祓ったりして役に立てるんだけどなあ……。
「いいよ。元気になったらそれで」
エリオスさんはさらりと言った。
「………」
もはや感動すら覚えた。
ここまでの善人は、人間にもなかなかいない。
本当に、なんて優しい人なんだろう。
この広い森の中で彼に出会えたことは奇跡だ。
――なんとかしてエリオスさんに恩返ししたい。
強く、強くそう思いながら。
私はエリオスさんの腕に生えようとしていたキノコを叩き落した。
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