02:魅惑の尻尾
獣人は左の腰に剣を下げている。
機嫌を損ねたら助けてもらえるどころか、あの剣でサクッと刺されたりして……。
「ええと……」
どうしよう。なんて説明すれば良いんだろう。
初対面なんだから、まずは自己紹介から始めるべきよね?
「私はメビオラ王国のフランメル男爵の娘で、ユミナといいます。三日前までメビオラの王立魔法学園に通っていました。それがどうしてこんな状況に陥っているのかというと、話せば長くなるのですが……私は物心つく前から『キノコを生やす』という魔法が使えました。自分の意思とは関係なく、ただそこにいるだけで所かまわずキノコを生やしてしまうんです。ご覧の通り」
私は周りを見回した。
赤、緑、青。水玉模様。まだら模様。縞模様。
私の周囲には多種多様なキノコが生えている。
「ああ。あんたの魔法だったのか。道理で。見たことのない種類ばかりだし、ここにだけキノコが生えているのは変だと思った」
獣人は納得したように呟いた。
「魔法で生やしたキノコには毒があるため、食用にも薬にもなりません。本当に、全くの無価値なんです。でも、嫌でも勝手に生えてしまうんです」
庭を台無しにしたと母に叩かれたのは、確か三歳のときだったか。
私がいると家がキノコだらけになると父に引きずられ、物置小屋での生活を余儀なくされたとき、私はまだ五歳にもなってなかったはず。
――キノコの魔女。存在するだけで迷惑。ねえ、お願いだから消えてくれない?
これまで投げつけられてきた罵詈雑言の数々を思い出す。
暗い気持ちになりながら、私は言葉を続けた。
「話を戻します。三日前、魔法学園では創立記念を祝うパーティーが催されました。ユーグレストの王子様も参加された格式あるパーティーです。私はそこでメビオラ王国の王太子カイム様の頭にキノコを生やしてしまいました。罰として獣害の刑に処された、それが私の現状です」
「ジュウガイノケイ?」
獣人はたどたどしく復唱した。
聞いたことのない単語だったらしい。
私も三日前、そんな刑があることを初めて知った。
「はい。要は『生きながら魔物に食われてしまえ』ということです」
「……王子の頭にキノコを生やしただけでそんな残酷な刑に処されたのか?」
獣人は眉根を寄せた。
「毒キノコだと言ったな。キノコは生やした相手の命を奪ったりするのか?」
「いえ、そんな力はありません。食べたら駄目なだけで、触れるのは大丈夫です。これまで何度か自分の身体にキノコが生えてきたことがありますが、全部簡単に取れました。キノコの胞子が体内に残る、なんてこともないです。ただ生えて終わりです。放っとけばそのうち枯れます。私は試しに自分の肩に生えてきたキノコを放置してみたことがあります。人差し指ほどの大きさまで成長したキノコは半日も持たずに枯れて床に落ちました。拾い上げてみると、キノコは粉々に砕けて金の粒子となり、そのまま風に吹かれて消えました。私の周りに生えているキノコも、明日になれば跡形もなく消えるはずです」
「……。食べなければ大丈夫なんだろう。じゃあ、あんたは無害なキノコを王子の頭に生やしただけじゃないか。本当にあんたの犯した罪はそれだけなのか? 同胞を殺したとか、家に火をつけたとか、大事な食糧を強奪したとかじゃないのか?」
「いえ、誓って私の罪は『王太子様の頭にキノコを生やしてしまった』だけです。いえ、『だけ』で片づけて良い話ではありませんが……恐れ多くも王太子様の頭にキノコを生やすなんて、あってはならないことです。罰を受けて当然です」
無数に生えたキノコの中心で、私は項垂れた。
国内の有力貴族の子女や周辺諸国の王侯貴族が集まるパーティーで――公衆の面前で頭にキノコを生やしてしまったのだ。
前代未聞の侮辱行為。許されるわけがない。
「…………」
俯いたきり押し黙っていると、足音が聞こえた。
開いていた距離を縮めて、獣人が歩み寄ってくる。
彼は私の前で片膝をつき、座っている私と目の高さを合わせた。
月を思わせる金色の瞳がまっすぐに私を射抜く。
「おれは亜人族をまとめてる狼族の長の息子だけど、頭にキノコを生やされたくらいで相手を木に括りつけて魔物に食わせようとは思わないぞ。あんたの言葉が真実なら、摘み取ればそれで終わった話じゃないか。メビオラの王子は心が狭い。罰にしては重すぎる」
獣人は怒ったような口調で言った。
いや、彼は本当に怒っているのだ。
ほとんど初対面の私のために怒ってくれている。
私は眩しいものでも見たような気分で、目をぱちくりした。
「木に括りつけられてるなんて、人間社会でどんな重罪を犯した極悪人だと思ったら。蓋を開けてみれば、酷いのは王子のほうじゃないか。なあ。あんたはさっき泣いてただろう。罰を受けるのは当然だとか言ってたけど、本当は死にたくないんじゃないのか。正直な気持ちを教えてくれ。おれがこれからどうするかは、あんたの返答次第だ」
獣人は私を見つめたまま、右手で腰の剣に触れた。
その剣は私を縛る縄を断ち切ってくれるだろう。
私が一言、正直に、助けてほしいとさえ言えば。
「……すみません。さっきは良い子ぶって、罰を受けて当然だなんて、殊勝なことを言いましたけど。本当は、死にたくないです。お願いします。助けてください」
「いいよ」
簡単な用事でも頼まれたかのように、獣人は至極あっさりとそう言った。
おかしな話だ。あの場にいた人間は誰も私を庇ってくれなかったのに、ついさっき出会ったばかりの獣人が私を助けようとしてくれている。それも、当たり前みたいな態度で。
獣人は立ち上がって剣を抜き放った。
私の傍に移動し、剣で縄を切断し始める。
慎重な動作から私を傷つけないように気を遣っているのがわかり、胸が温かくなった。
ふと、私は彼のズボンに目をとめた。
彼のズボンからは黒くてふさふさの尻尾が生えている。
さ……触ってみたい……。
無事に縄が切れるまで、私は彼の立派な尻尾を眺めていた。
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