隣国の森に追放されましたが、亜人たちと幸せに暮らしています~どうやら私が真の大聖女だったようですよ?~

星名柚花@書籍発売中

01:獣害の刑に処されました

 メビオラ王国の王立魔法学園で行われる創立記念パーティーは、学園に通う貴族子女にとって一大イベントだ。


 創立記念パーティーには周辺諸国の王侯貴族も招かれる。

 さらに今年は王太子カイムの婚約者である大聖女ローズマリー・フランメルも会場入りするということで、学園中が大騒ぎだった。


 婚約者がいる者は何か月も前から打ち合わせ、婚約相手とお揃いの衣装を仕立てた。

 婚約者のいない者にとっては将来につながる大事な恋人探しの場だ。


 たとえ婚約者がいようといなかろうと、生徒たちは誰もが気合を入れて己を着飾り、パーティーに臨んだ。


 過ごしやすい初夏の午後。

 華やかに飾りつけられたパーティー会場にて。


「ユミナ・フランメル。不敬罪で獣害の刑に処す」


 私は王太子カイム様に、死刑宣告を受けたのだった。




 晴れ渡った蒼穹の下、風を受けた木々の葉がささやかな音楽を奏でている。

 どこかで鳥が鳴く声が聞こえる。

 いや、あれは本当に鳥の声なのだろうか。


 ――ギィエエエエエエエ――ッ……


 鶏を絞め殺したようなあの鳴き声は、ひょっとしたら愛らしい野鳥ではなく恐ろしい魔物の声かもしれないけれど、その可能性は考えないほうが良い。精神衛生上。だって、深く考えたら怖くて怖くて発狂してしまいそうになるもの。


 幾度となく往復する風が私の髪や頬を撫でて通り過ぎていく。

 羽虫が顔の近くを飛び回っても、髪が頬にかかっても手で払うこともできない。

 私の両手首は縄で縛られ、木を背負うようにして後ろに回されているから。


 さらに私の上半身は木の幹に括りつけられている。

 メビオラ王国の兵士たちは特殊な結び方をしたらしく、どんなに暴れてもびくともしない。

 無駄に体力を消耗するだけだと悟り、私はおとなしく硬い地面に座って風に吹かれていた。


 ここはメビオラ王国とユーグレスト王国の中間地点に広がるエレギアの森。

 一応、地理的にはユーグレストの領土らしい。


 エレギアの森では人体に有害な瘴気が常時発生している。

 森の浅いところならば弱い魔物しか出てこないけれど、森の奥、瘴気の濃い地帯では冒険者ギルドで文句なくSランク指定されるような――Sランクの魔物は街一つを壊滅させる――凶悪な魔物が我が物顔で徘徊中。


 多額の金を費やして優れた戦士や瘴気を祓える聖女を大量投入すれば開拓は不可能ではないだろう。

 でも、メリットよりデメリットのほうが遥かに大きいため、ユーグレストは森の管理を事実上放棄している。


 危険極まりない森の中で、木に括りつけられて何時間経ったのだろう。


 魔物に食われるのが先か。

 それとも餓死するのが先か。

 私は三日前からまともな食事を摂っていない。

 もう鳴く元気もなくなったらしく、私のお腹はずっと沈黙している。


 私の周囲には無数のキノコが生えているけれど、私の魔法によって生み出されたキノコには毒があって食べられない。

 そもそも身体を固定されて動けないんじゃ、どうしようもない。


 これも全部、勝手に発動する私の魔法が悪い。

 時も所も場合もお構いなし。

 むやみやたらに毒キノコを生やす。それが最低最悪な私の魔法。

 この森に追放されたのも、あろうことか王太子様の頭に毒キノコを生やしてしまったからだ。

 由緒正しい魔法学園に通うことで少しでも魔法を制御出来たらと思っていたけれど、結局、全部無駄だった。


 不意に、一匹の蝶が目の前を通り過ぎていった。

 優雅に空を舞う蝶を見ていると、木に括りつけられている自分があまりにも惨めで、じんわりと目に涙が浮かぶ。


 どうして私は双子の姉のローズマリーみたいに、皆に望まれる聖女として生まれてこなかったんだろう。

 いや、聖女様だなんて贅沢は望まない。

 ただ慎ましく、ひっそりと生きていければそれで良かったのに。


 みんな私を『毒キノコの魔女』と呼んで蔑んだ。

 両親もローズマリーも私を厄介者扱いし、最後まで愛してはくれなかった。

 ローズマリーが最後に向けた眼差しを思い出す。

 まるで汚らわしい害虫でも見るような目で、ローズマリーは兵士に連行される私を見ていた。


「う。うぅ。うええええ……」

 一度泣き出すともう止まらず、私は声をあげて泣いた。

 どうせここには誰もいやしないのだ。

 大声で泣いたところで咎められはしない。

 子どもみたいにわんわん泣いていると、右手の茂みが音を立てて揺れた。


「!!!」

 涙が瞬時に引っ込んだ。

 呼吸が止まり、全身が強張る。

 ――冷たい指で心臓を握り潰されたような気分だ。


 ついに、ついに魔物が来た。

 私の人生はこれで終わるのだ。


「…………」

 声一つ出せず、ただひたすら震えながら待っていると、現れたのは魔物ではなかった。


 少し癖のある艶やかな黒髪。

 完璧な場所に、完璧な大きさで配置された顔のパーツ。

 私を見つめる黄金色の瞳。

 何より特徴的なのは、頭に生えた三角の黒い耳。


 私は目を見張った。

 この人、人間……じゃない。

 亜人の一種――獣人族だ!!


 獣人は人間よりも遥かに身体能力に優れていると聞く。

 もしかして、私の泣き声を聞きつけてやってきたのかしら?


「……××××?」

 木の幹に括りつけられ、涙で顔をぐしゃぐしゃにした少女との対面は予想外だったらしく、獣人は困惑顔で何か言った。


 彼が喋ったのは私の知らない言葉だった。恐らくは亜人の言葉。

 私は困ってしまった。

 自国のメビオラ語はもちろん、ユーグレスト語、マルカ語、イーサ語、古代オース語。

 勉学に励んだおかげで私は複数の言語を喋れるけれど、さすがに亜人の言葉はわからない。

 ああ、こんなことなら亜人の言葉も学んでおけば良かった。


「×××、×××××。どういう状況?」

 心底悔やんでいたそのとき、獣人は急にユーグレスト語を話した。


「!!」

 やった、これならわかる!!

 習って良かった、ユーグレスト語!!


「人間の言葉がわかるんですか!?」

 私は上体を乗り出した。

 おかげで腹部に深く縄が食い込んだけれど、言葉がわかった喜びに比べれば些事だった。

 言葉が通じるなら、助けてもらえるかもしれない!!


「わかるよ。人間とは取引もしてるからな。そんなことより、これは一体どういう状況なんだ? 何であんたは縛られてる?」

 獣人は茂みから出てきたものの、私から数メートルの距離を置いて止まった。

 彼が警戒するのも当然だ。

 レノリア大陸に住むほとんどの人間は先住民である亜人を劣等人種と見下し、迫害しているのだから。


 私自身は亜人を見たのはこれが初めてだし、見下すつもりは毛頭ない。

 でも、彼は私の気持ちを信じてくれるだろうか?

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