第6話 生配信①
福島県の温泉付近の遊歩道。
「いい、アタシが合図をしたら桜吹雪をまき散らすのよ」
俺は非常に御無体な指示を受けている。
女神が歩いているところで、桜吹雪を舞散らしたいということなのだが、桜自体は別に散る感じでもない。そこで強制的に俺が魔法で散らせ、ということらしい。
いや、ここ、桜の名所なわけで、俺がそんな勝手なことをして良いのか?
観光地独り占めとか、女神にあるまじき行為だと思うのだが……
しかし、そんな理非は女神には通じない。
「だったら、交通費払いなさいよ」
と、脅されたら貧乏学生としては従うしかない。
桜の満開予報とかしているお天気キャスターさん、許してくれ……
俺は女神の歩く先の桜を、風魔法で散らして華やかに染める。
天罰が下ったらいいのに。
撮り終えた動画を見て、女神はご満悦だ。
確かにモード風の美女が歩くところを桜吹雪が舞い散るのは幻想的ではある。
この動画だけを見たなら、「何て美しい人、まさに女神だ!」と登録する人がいるかもしれない。
しかし、この女神は自己最優先のタイプだ。
長期的には付き合いたくないタイプだ。動画だけでそれが分かるのかは不明だが、登録者があまり増えていないところを見ると、どこかしらで腹黒さが視聴者に伝わっているのだろう。
「で、アンタは何するんだっけ?」
自分の動画にご満悦な後、女神はもうやる気ナッシングな感じで話しかけてくる。
「午後6時半から、遊歩道近辺の人目のないところに移動して、従者さんを風魔法で浮き上げる予定です」
信じられるかどうかは別にして、風魔法で浮き上げる動画はやはり上げたい。
近くの道路に人がいるかにもよるけれど、何なら車ごと浮き上げるような動画もアップしても構わないとすら思っている。
どうせ、信じる人も信じない人もいるのだろうし。
「ふーん、まあ、頑張りなさいよね」
とりあえずそう言って、宿泊所へと移る。
女神……明上愛美の父はここも含めたフランチャイズ旅館のオーナーらしい。なので、娘の女神は好き勝手に泊まることができるらしい。
何とも羨ましい限りだが、俺はあくまで従業員枠だ。
だから、温泉その他については優先利用が一切ない。というか、基本的にシャワーで済ませろという立場だ。
まあ、交通費宿泊費が浮くのだから偉そうなことはいえない。
生配信の19時までに食事を済ませて、従者さん達と遊歩道に来た。
遊歩道前の駐車場は、この時間は誰もいない。
ここで従者さんと車を持ち上げて、動画にする。車が浮き上がる動画なんてのは中々ないだろうから、それなりに信用が置かれるのではないかという希望的観測だ。
時間になり、従者Cが動画を開始する。BとDが編集をしてくれているはずだ。
「ハッハッハ! 皆さん、ご機嫌よう! 私はファンタジアの大賢者だ。これから、皆さんに異世界の大魔法を披露しようと思う」
従者Bがコメント画面などを見せてくれる。
『本当なのかな~』
『結構入りこめている感はある』
『大賢者っていう設定で頑張るのは凄い』
『設定なんてどうでもいいのよ。最近の事件との関係が気になるのよ』
思い思いのコメントがある。
彼ら全員の期待に応えられるかは不安だが、とにかく、まずはこの駐車場で車を風魔法で持ち上げることだ。
「まず手始めに風魔法を披露しようとおも……」
と言ったところで急に道路の方から轟音が聞こえてきた。
「……何だ?」
戸惑っていると、見張り役をしていた従者Aが駆けこんできた。
「大変です! ワゴン車が事故って、川に落ちそうです!」
こちらが答えるより早く、視聴者が反応している。
『え、そういう設定?』
『よう分からんけど、こいつの周辺、色々起きているからその一環かも』
『でも、予想外の展開っぽい』
視聴者は呑気に構えているが、俺としては無視するわけにはいかない。
とにかく行ってみなければ!
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