異世界の農民モブに転生してしまった件

中村サンタロー

第1話:初めての敗北

俺は現実世界でいわゆる勝ち組だった。

学生時代全てリア充グループに所属し、勝負事で負けた事はなく、常に勝ってきた。

恋愛、仕事、学校、部活、ゲーム……

全てをトップレベルにこなし、誰もが俺に憧れた。

しかし、その日、唯一人生で負けることになるとはその時の俺はまだ思ってもいなかった……


ホワイト企業に入社した俺の毎日は華やかだった。

"煌びやかな女の子とのデートの約束"……

それに心躍らせながら俺は残りのデスクワークを片付ける。

「お疲れ様です」

部下の声が後ろから聞こえ、俺は振り返り「おつおつ〜。じゃあな!」と軽やかに言う。

勿論、定時に帰宅だ。

家に帰り服を着替えると俺は意気込むように家の中で言い放った。

「よし……!準備完了。香水スプレーもかけてと」

今日のデートはいつもよりも倍完璧にしてやるぜ……!

常に勝ち続ける俺に負けがあってはならない。

それが俺の常識のはずだった。この時までは……


すぐさま18時に約束した"好きな女の子"とのデート場所、ヨルノ水族館へと駆け付ける。

「あ、鷹くん!もう待ったんだよ?」

そこには煌びやかなオーラを放つ、桃色のロングヘアーの女の子がいた。

妖艶な空気もありながら軽いオーラのある彼女はまさに"ギャップ萌え"って奴だしさぞモテるだろう。しかしまぁ彼女が俺の手中に収まる未来は確定してるわけだし関係ないけどね。

彼女の名前は"朝焼あさやけ 夕美ゆうみ"

女子大学生の女の子だ。


「おう。ごめんごめん待たせたかな?」

少し笑顔でそう軽い感じで言う。

これが女の子には効くんだよな。特にイケメンの俺がやれば効果は抜群だ。

ポケ○ンで言うところの草に炎を当てた時だ。

「うんうん全然待ってないよ!さぁ水族館を回ろう?」

彼女は俺の戦略に見事にハマっていた。

もう顔は雌の色気を出し始める。

少し表現が下品かも知れんが……すまん。


その後俺たちは水族館を見て回った。

夜のイルカショーは特に盛り上がった。

そして…‥その帰り道。

俺は意を決して彼女に告白する。


「好きです…‥結婚を前提に付き合ってください!」

すると彼女は衝撃の言葉を言い放つ。

「ごめんなさい……!私、実は好きな人が居るんです」

「!?」

いやいやいや!嘘だよな!

俺は今の状況を全く信じられなかった。

少しニコッとして言い放つ。

「いやいや……嘘だろ?なぁ」

「……」

「黙り込んでどうしたんだよ?」

「ごめんなさい」

だんだんと俺は腹が立ってきた。

なんで?なんで?なんで?完璧なこの俺を何故認めようとしない?

「理由を教えてくれよ!」

ついに俺は荒々しくそう言う。

すると彼女はソッと答える。

「もう関わらないで」

すると後ろからゴツい体の男が出てきて俺を睨みつけていた。

「なぁにやってんだ俺の女に!怖がってんじゃねぇか!!」

そして俺は思いっきり蹴飛ばされた。

顎辺りに靴の先端が当たったらしい。ヒリヒリする。

しかし…‥俺も負けられないと思い、ついに反撃を開始する。

「何してくれんだ!!」

そう叫び俺の筋トレで鍛えたブローをお腹に喰らわしてやる!

「ほう……悪くない……だが!甘い!」

そうゴツい男は言うと俺は次に顔面に痛みが走る。

これは顔面にパンチ喰らったな……鼻がいてぇ……!あと、俺のブローが効いてないなんて……

ついに恐怖した俺はその場から逃げ出す。


「ひ、ひええええ!!!」

人生初めての敗北に心は震え上がる。

嘘だろ?嘘だろ?

心ではこの状況を認められない自分がいる。

ふと後ろを振り返ると夕美が泣いていた。 

その夕美をゴツい男はさも自分の所持物かのように涙を撫でている。

ゆるさねぇ!!覚えてろよ!!

そう心で叫びついに声にまで出る。

「覚えてろよ!!!」

水族館の駐車場で何やってんだよ俺…………

良い大人だし年齢はもう26だ。

そんな大の大人が子供じみたセリフを吐く滑稽な光景。 

プライドの高い俺には耐えられなくて目を瞑り嗚咽を出す。

ふと目を開ける……

「反転召喚……でいいんだっけ?」

「ああ!構わないそいつでいい……と思う」

「OK。悪いけどちょっとそこの兄さん"アルスト"に来てもらう」


モブのような顔をした男が2人そこにはいた。

1人は魔法使いローブを被り、杖を持っている。もう1人は王国の騎士の格好をしていて剣を片手に持っている。

(なんだ……?何の会話だ?)

俺はさっきまでの悲痛な叫びを上げるのをやめ、その2人の異様な姿に固まる。

「異界より、現世に蘇れ……反転召喚!!」

魔法のローブの男がいきなりそう叫ぶ。

何が何だかわからない俺は「!?」と首を傾げる。

その刹那、俺の足元にはゲームでよく見るお馴染みのあの魔法陣が現れた。


「これって……最近のアニメのお馴染みの…‥異世界召喚展開か?いやってか転生なのか?どっちだ!」

俺は今目の前に起こっている展開に勝手に考察を始める。ネガティヴな事が起きると人間は冷静になるものだ。さっき女の子に振られたのか俺の頭はやけに冷静だった。

「なんだコイツ…………多分この世界では有能なんだろう。他の奴よりオーラがちげぇ……」

「ふーん……」

2人の男は気に食わなさそうに俺を見る。

「な、なんだよ!!」

それに気を悪くした俺はそう叫ぶ。

「いいからさっさとアルストに来い!ルビー様の命令だぞ!」


その声を聞いた次の瞬間。身体が重くなる感覚がして、魔法陣の光が俺を包み込む。

「ま、眩しい!アルストって何だよ!ルビー様だか何だかしらねぇけどさ!どうせ俺以下だろ!?」

俺はそう叫ぶ。

その瞬間、身体が軽くなる感覚が走る。

「おわっ!?」


空気感が変わったのがわかる。何処か懐かしいような感じがした。

……思い切って目を開ける。

「ここは……」

どうやら今俺のいる場所は何かの倉庫のようだ。

周りを見渡すと麦やらカボチャやらの食料が棚に積んである。

「異世界……?いやまだ確証はないか」

俺は現状を把握すべく頭を回す。

さっきのモブ顔の男2人は何だったんだ?

魔法陣が足元に現れたけど……間違いなく魔法だよなあれは。

しかし、何の?"反転召喚"って言ってたしやっぱり異世界転移かな?

夕美ちゃんもあのゴツい男も居ないってことは俺だけが魔法にかけられたのか?

んーわからん……!

とりあえずここから出よう。

倉庫から出るためにその扉のドアノブに手を掛ける。


……開かねぇ。

どうやら鍵が掛かっているようだ。

「あーあ出れねぇ!」

すると、扉の奥から声が聞こえる。

「ちょいと待ってくれカルロ。今こちらから開ける」

その声は60歳くらいのおじさんのようだった。

(カルロ……?なんだそれ)

扉は開き、察しの通り白い髭を生やしたおじさんの顔が見える。そして身体はみすぼらしい布切れ一枚の服装をしていた。

農民……かな?

何となく俺はそう察した。

「お前さん。まーた悪戯されたのかい?」

そうおじさんは言いながら静かに微笑む。

俺はそれに受け答えする。

「あーなるほどあれは悪戯だったのか」

さっきのあの水族館の駐車場での出来事。

あれは悪戯……ドッキリみたいなもんか。

って事はこれは誰かの仕掛けた悪ふざけだ。

この世界も何かの仕掛けがある訳だな!

俺はさっきの駐車場の事をそう解釈する。

おじさんは俺の言葉に返答する。

「そうじゃろうな……!あの悪ガキ貴族の仕業じゃ。さっきカルロを閉じ込める為に鍵をかけるのを見たからのぉ……」

あの悪ガキ貴族?

俺は疑問に感じたがそれより怒りの気持ちの方を優先させる。

おじさんに俺は喝を入れるかの如く言う。

「このクソドッキリ早く辞めろ!何だよこれつまんねーよ異世界とかあるわけねぇだろボケが!」

若干恐怖心のあった俺はその気持ちを誤魔化したいのか罵詈雑言も無意識に入れていた。

「……はて?今日のカルロは虐められたってのに元気だなぁ」

「いじめ!?これいじめなのか!?誰だよ主犯格。あのゴツい男か!」

どうやらあのゴツい男が原因のようだ。

いやそうに違いない。

ふざけやがって!!

「カルロ……機嫌を悪くしてるようじゃな。農民の仕事、今日は休め」

「あークッソ悪りぃよ。ってかの、農民!?俺が低俗な農民!?」

「当たり前じゃろがっ!さっきからおかしいぞカルロ」

ついにキレたのかおじさんが大きくそう言う。

「い、いやだってよ……」

「ほら、家に戻ってなさい。また悪ガキ"アルカ"がからかいに来るぞ」

少し脅迫するようにおじさんは言った。

そしておじさんの指差す方向に家がある。

どうやらそこに行けって事らしいが……

俺は仕方ないから従うことにした。

いやおじさん如きに怯む俺ではないはずだが、あのゴツい男に負けた事が起因してやる気が出なかった。


畑林の道を抜けてその木造りの家の前に来る。

中に入るため、木造りの扉を開ける。

「お邪魔しまーす……」

「だ、誰!?」

女の子の声がして俺はその方向を見る。

な……なんだと!?か、可愛い。

そこには青い首飾りをした、水色のワンピースの女の子がいた。金髪のロングヘアーを振り翳し俺に振り返る。

俺はつい口説くモードに入る。

「いや失礼!そんな事より君可愛いね何歳?」

「な、何この子……私は19歳ですわ。というか、女性に年齢を訊くのは無粋ですわよ!」

「この子……って俺はガキじゃねぇよ26歳だ」

ついカッとなり俺はそう言い返す。

(この子顔は可愛いが性格はイマイチだな)

「その見た目で26!?ちょっとぼくぅ?冗談よして」

「はぁ?何言ってんだよ……」

俺はそこで遂に悟り始める。

(あれ……?もしやこれ本当に異世界転生してんじゃねぇ?)


思い立った俺は家の中にあるトイレに駆け込む。

(あったあった……)

そこにある鏡を見つけ中を覗く。

「な、何だこりゃあああああああ!!」

そこには緑色のアホ毛のあるボブヘアー、幼い中性的な顔が映っていた。年齢は11歳とみた。

「ちょっとぼくー!お会計をお願い!!」

先程見た女の子の必死な声が聞こえて俺は慌てる。

お会計…‥って事はどうやらこの家は店でもあるみたいだな。

いわゆる家+商売。


そう察した俺はすぐさまトイレから出て、女の子の元へ戻る。

どうやらこの家の扉から入って4メートル奥にお会計をする場所があるようだ。

そこには、木で作られたテーブルの上に魔法で作られたかのような機械がある。

(どうやらレジみたいだな)

その機械に触れてみるが、俺はそこで思う。

(使い方わかんねぇぞ……どうする?)

チラリと女の子の方を見るとドリル髪をクルクルと指で弄りながら待っている。

「ご、ごめん!わかんねぇ!」

俺は正直に気持ちを表明する。

すると、その子は形相が鬼のように変化する。

「な、なんですって!!貴族である私をここまで待たせるなんて……!」

そう叫ぶと女の子は何やら右手の平を右腹部の前に留め、呪文を唱える。

「ジュセル」

その女の子特有の高い声が小さく響く。

(な、何やってんだ?)




〜第二話へ続く〜

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